第2話

 ミレアが目を開けるとそこには何も無い。少女はこれが死後の世界だと、本能で無自覚的に悟った。暗く何も見ることが出来ない場所、そこにはただ黒一色だけの空間が広がっている。重力を感じなければ浮いている感覚も無い。自分のいる位置や五感を感じることも、何もかもが理解不能な空間だった。慣れ親しんだ自分の手足も見えず、光が一つも存在しない世界が広がっている。

 しかし、そんなことなど今のミレアには全く関係が無い。少女はただただ、自身の身に降りかかった理不尽さを怨んだ。自分を殺した相手が憎い、母親を殺そうとしていた相手が憎い。命令を下したという女王が憎い、助けてくれなかった王が憎い。

 ミレアの目と耳から入ってきていた、頭の中に残っている楽しかった記憶。その全てが憎しみによって、塗りつぶさていく。

「やり返したい。苦しめたい。同じ目に合わせてやりたい。私から奪った分だけ、同じものを奪ってやりたい――――お母様に会いたい」

 ズッと、ミレアの中で何かがずれる感じがした。

 動かせる顔があるわけでもないのに、わけもわからず辺りを見回した感覚に陥る。今の自身に起こった現象を考えだす。

「……もしかして、私はあの場所へ帰れるの? お母様に会えるの?」

 負の希望という名の感情が、急速に溢れ出していく。

 ズズッと、再び何かが動き出す。『無』のような空間の中で、『有』のような現象が起こり始めた。

「帰りたい、私はお母様に会いたいっ!!」

 ミレアが心のままに念じる。強固な意志が少女の中で爆発的に膨らんでいく。そして、何かが連続性を得たようにズレの反復運動を繰り返していった。

 先ほどまでと全く違う音がし始める。それは布を引き裂くような音に似ていた。やがてその音も連続性を増して繰り返されていく。力を得た歯車が残像を残す回転をかけるようにして。

 あるところまで辿り着いたとき、なにかが破れた。蛹から蝶が羽化する瞬間に、それは似ていたのかもしれない。ぱっと、今まで見えなかったミレアの体が出現し鑑写しのように二つへと分離しだす。

 本来ある魂から、一部の業だけが切り離されることを意味していた。

「……なんで泣いているの?」

 業としてのミレアに対して、本来の魂であるもう一人の自身が必死に手を伸ばしてくる。魂の側であるミレアの表情が歪み、とても悲しそうに泣きだす。

 対して、その意味が解っていない業だけのミレアが、嬉しそうに笑いながら答えていく。

「なんで悲しむ必要があるの? 私はもう一度あの場所へ戻るの。だから私が帰ることに、貴方も祝福して欲しいわ」

 自身の同じ顔をした魂のもう一人がどんどん遠ざかっていく。豆粒のように完全に見えなくなると、ミレアは水中から酸素を求めぬくように現世へと再浮上した。戻る際に、少女は最後に無限に広がるほどのおびただしい渦を見た。

 現実では死体が二つ転がっている。ミレアの頭部は既に無く、胴体は腐り始めていた。デジレの胴体とミレアの死体には野犬達が群がり死肉を食い漁っている。死後何日かの死体は、既に原型を残しては居ない。

 死体を食い漁っていた犬の一匹が突然吼えだす。群れの犬も何事かと警戒をし、辺りを満遍なく見回していく。群れの一匹が、ミレアの死体から噴出した黒と紫の混じった煙に覆われた。覆うようにして赤い線が人体の血管のように形を形成していく。

 仲間の犬達は未知の光景に幾遍か吼えた後、脱兎の如く逃げ出す。煙の中で犬が断末魔のような叫び声をあげていく。しばらくの間だけ続くが、最後はこと切れたように声が聞こえなくなった。


     ◇


 ある日、とある村は年に一度のお祭りで賑わっていた。村人がはしゃぎ、商人が稼ぎ、踊り子が踊っている。村の中心部にあたる広場では、年に数回ほどやってくるサーカス団の一座が訪れていた。いつも通りに演目が行われ、劇団員の人間離れした動きに村人が一喜一憂している。喝采と拍手が団員に送られ、今年の売上も上々のようだった。

 出し物も終わりに近づくと、盛り上がりもピークに達していく。中央で締めくくりに団を纏めている座長が現れた。村人たちに膝を曲げての一礼し、喉を整えるようにして一つの咳払い。最後の挨拶にあたるスピーチかと思い、村人が余韻に浸るようにして静かになる。

 今年の出し物は一味違う。座長はほくそ笑むようにして手招きの合図を行う。村人の予想が外れ、演台の中央にとても大きい正方形のものが運ばれてきた。赤に金の刺繍が施された布がかかっており、中が全く見えないようになっている。

 大きく手拍子を二回、座長が声を張り上げて観衆に呼びかけだす。

「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃいっ! 我が一座が誇る最大の出し物をこれから皆様方に御覧にいれましょう。子供が檻の中におりますが、それは仮初の姿に御座います。本性を曝け出せば、見るもおぞましい物の怪になってしまうのです。見なければ一生の損、見れれば最大の娯楽を得れましょうっ!! それでは、オープンですっ!!」

 運んできた団員たちが、覆っていた布を剥ぎ取る。現れたのは何重にも頑丈な囲いをしてある堅牢な檻だった。鍵も普通の人間では破れないような、無骨で丈夫な錠前が使われている。

 檻の中にいたのは、ぼろ布を着せられたミレアだった。死ぬ寸前の頃までと違い、目に精気はない。髪も殆ど整えられず、ざんばらになっている。膝を抱えて座りこみ、ただぼんやりと周りを見ていた。

「ここにいる一人の子供、見た目通りの子供ではありません。今はおとなしくしています。ですが本性を現せば、たちまち人を襲う化物になってしまうのです。されどご安心下さい。この檻は大男でも歯が立たず、かの有名なドラゴンですら破ることが出来ません。さあ、今から皆様には世にも珍しい、生き物を御覧に入れて見せましょう!?」

 座長が指を鳴らして合図した。団員の一人が、床にあらかじめ用意しておいた木の棒へと火を点けだす。棒の先には油を染み込ませていた布が巻かれていた。布に着火すれば、一気に辺りを赤く染めて燃え上がる松明ができあがる。村人たちはそれをどうするのか見守っていたが、やがて半分ほどの人間がその先の行動に息をのむ。

 燃え上がる火の先が、真っ先に檻の方へと向かっていく。そのまま触るように近づけると、ミレアは火の手から逃れるため即座に動きだす。

 ジュッ!!

「ああぁあああっ!!」

 いくら広い檻の中でも逃げ場には限度があり、火がミレアの脇腹辺りを焼く。肉の焦げる匂いと悲痛な叫び声が辺り一面に木霊す。余りの惨い行いに村人が驚き、誰一人として動けない。

 次に彼らは違う意味で、二度目の驚きを体験する。

「ぁああァアアァアアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアッ!!』

 ミレアの叫び声が少女のそれから、いきなり獣のような咆哮へ変貌した。着ていたぼろ布が細かく千切れて弾け飛ぶ。突然現れた野生の熊より大きな獣の牙が、盛大に村人を威嚇しだす。

 体長はゆうに人間の大きさを超えて、その場にいた人間の全てが見下ろされるほどの高い。さっきまで中に入っていた少女姿のミレアに比べて大きかった檻。今は一匹の化物によって、動作のとれる限界の大きさになってしまった。

 全身が緑の毛に覆われている。火や他の灯りに照らされた部分が反射し、エメラルドグリーンのような輝きを放つ。そして両の目は無く、長い首の先にある頭部から地面に着くほどの耳を垂らしていた。

 一言で例えるなら犬の化物だろうが、あまりに大きい巨体が野生の熊や狼なども連想させていく。

「どうぞご安心下さい。この強固な檻によって、皆様の安全は確保されて下ります」

 座長は丁寧なお辞儀をして、なにも危険はないと余裕の笑みを称える。村人たちもおっかなびっくりしながら、周囲から様子を見守った。ミレアは化物の姿のままで少し興奮していたが、その後はまたおとなしくなる。やがて外敵がいないと判断し、床で丸くなって寝転んだ。

「しばらくは、このままの姿をしております。皆様、どうぞ心ゆくまでご鑑賞ください」

 村人たちはその場から動かず様子を眺めるだけ。全員が生れて初めて見るであろう生き物だ。興味の尽きない様子が、顔の表情から理解できる。座長は今日の入りも上々だと思い、内心で銭勘定を弾き始めていく。良い拾い物だと、化物を売ってくれた奴隷商人には感謝しなくてはならない。

 数年前、座長は怪我をして抜けた団員の補充に奴隷市場を訪れていた。そこで一人の少女が、明らかに場違いな檻に入れられていたのを不思議に感じたのだ。商人に価格を聞くと、とても一般人やどこぞの貴族、富豪では手の出しにくい値段。あきらかにおかしい価格設定せいもあり、ものすごく気になった。

 興味が湧いて近くまで行くと、一緒にいた商人が石を少女に投げつけだす。わざと自分の商品を傷つけるなんて、なんと阿呆なのだろうかと思った。次の瞬簡に少女が化物に変わると、今までの考えも吹き飛ぶ。座長は商人から化物の少女を買い上げることを即決したのだった。

「あら、もとの姿に戻ったわね」

 一人の村人が声を上げると、犬の化物だった形が元の少女の体へと戻って行く。座長は今日の見世物も終了だなと、時間の潮時に次の街へ移動する算段へと思考を切り替える。お開きをするため、再び声を張り上げた。

「さあさ、今日の演目もここまでとさせて頂きたく思いますっ! ご見物下さり、誠にありがとう御座いましたっ!!」

 村人が大満足している様子を眺めて座長自身も収支にご満悦だ。大成功を収めたことを確信し、今日は美味しい酒を引っ掛けられそうだと感じた。

「まあ、鍵が掛かっていることが解るなんて頭も良いのね」

 座長は村人の感嘆する声に疑問を感じ、強固な檻の方を見る。大きいや化物といった単語を観客は上げていたが、今まで一度足りとも賢いと言われたことは無い。

 裸でいるミレアが立ったまま、檻の中で一箇所に留まり続けている。数秒ほどすると、さらに檻の鍵をしげしげと観察するように覗き込んでいく。その行為は、まるでどの部分に力を加えれば、鍵が壊れるかを確認しているような仕草だ。すっと片腕を伸ばして手で鍵を触り、今度は両手で掴む。子供が難しい知恵の輪に苦戦すると、次はどのような行動に出るだろうか。答えは至極単純だった。

 バキッ!!

 最悪の音が響く。ミレアは両手で鍵の脆い部分を力任せに引き千切った。

 余りのことにサーカス団の全員や村人全てが動きを止める。ミレアは檻の扉になる部分をゆっくりと押す。酷く錆びた鉄の音を鳴らして扉が全て開ききると、ゆっくりと檻の外に出た。綺麗なお辞儀をして軽く一礼していく。

 気が動転しかけた座長は、慌てて指を檻に向けて指示を飛ばす。

「なにをしている、早く檻に戻れっ!!」

「座長様、今までお世話になりました。これは、ほんの些細なお礼です」

 ミレアの片腕だけが猛烈に膨らみだし、獣の出で立ちに変わった。座長は剥き出しの敵意にさらされ、その場で腰を抜かしそうになる。

「今まで、よくも火で炙ってくれたわね? 死んで償いなさい」

「ひぃ――

 短い悲鳴があがりきることも無い。ミレアが獣の腕から放つ一振りが、座長の体全体を近くにある建物まで吹き飛ばす。ベチャッと、張り付く音がして座長の体が建物にめり込んだ。状態は言うまでもなく即死だった。

 瞬く間に村人たちから悲鳴があがり、団員たちも一目散にその場から逃げ出す。ミレアはまた一礼してから顔を上げていく。これは座長の真似に他ならない。何故なら生き返った後で意識はあったが、今までそれを体に反映することが出来なかったのだ。何度も足掻いたが、結局はどうにもならず諦めかけていた。

 だが今は体の自由が効く。足のつま先から手の指まで思い通りに動く感覚は、ミレアに何者にも代え難い感動を与える。

「さあさ、御覧の皆様。これからが、面白いショーの始まりですっ! お代はお安いものです、それは貴方様方のお命だけですので。どうぞ、ごゆるりとご鑑賞下さいっ! あは、あはははははははははははははははははははははははははははははははっ!!」

 顔が綻んで、血色の良い朱色に頬が染まりだす。村中が大混乱に陥っている。一人も逃がすものか、干からび光を失った目が狂気的に語っていた。

 この日、村で年に一度の楽しい祭りが大虐殺によって様変わりする。一日とかからずに、村の人間は一人も残らずこの世から消えていく。後は地図から村の名前自体が消滅した。


     ◇


 その日、男爵は一日の政務を終えて帰宅の途に着こうとしていた。疲れた体で馬車に揺られ、自宅の屋敷へ御者と二人で向かう。人気の少ない森の道を進んでいると、慣れ親しんだ御者が気さくに話しかけてくる。

「お館様、明日はお嬢様の誕生日だそうですね。おめでとうございます」

「ああ、ありがとう。あれには、いつも淋しい思いをさせてすまないと思っているんだがね。しかしこうもやることが多くては、なかなかに骨も折れるものだな」

 話が我が子のことに触れられて、世間話にも華が咲く。男爵は外で馬を操舵している御者に、申し訳なさそうな顔をしてしまう。

「君にも私が多忙なせいで迷惑をかけるね。本当にすまないと思っている」

「よして下さい。お館様がいるおかけで、この国は持っているようなものです。あっしらのために、粉骨砕いて働かれてるんだ。これくらいのことなんぞ、わけはありやせん」

「ありがとう」

 御者は己が主を褒め称え、男爵は苦笑いをする。彼の手には、一体の人形が大事に抱えられていた。高価な西洋人形で、目には光が反射するガラス球があしらわれている。着せられている服も随分と豪華なドレスの衣装だ。我が子は喜んでくれるだろうか、父親は帰宅を待つ家族へと思いを馳せる。

 トンッと、馬車の屋根から何か音が鳴った気がした。少し大きな枝か何かが落下してきて当たったのかと、特には気にしない。だが、次に起こった出来事で考えを改めた。

「こんばんわ、男爵様。月が綺麗な良い晩ね、少しの間だけ私にお付き合いくださいな?」

 ドアが開けられてから、今度はゆっくりと閉められる。馬車の中に入ってきたのは、真っ赤なドレスを着た少女だった。にんまりと笑った口元、真逆の鋭利な視線に男爵は妙なちぐはぐ感を受ける。彼は視線だけを動かし外の様子を観察していく。

 速く流れる景色を確認した。できるだけ冷静さを装いながら、心中から発される警鐘を隠し通す。

「どうやって、この走っている馬車に乗り付けてきたのかね?」

「木の上に座って待っていましたの。後は、馬車が来たら飛び降りるだけですから」

 どう、簡単でしょうと少女は笑い、男爵は人間離れした芸当に驚く。そして、自身が全く予想していなかった答えに行き着いた。

「……最近、噂で貴族を殺してまわっている者が、いると聞いてはいたが」

「そうですわね、もちろん私のことですわ。流石、知恵の財と周りから称されるだけのことがおありですわね」

 少女がクツクツと笑い、男爵は眉間に皺を寄せる。彼はここ数ヶ月の間に妙な噂を耳にしていた。神出鬼没で、貴族ばかりを狙った殺人鬼がいる。部屋が荒らされた形跡が無いことが最大の問題で、殺人鬼がどういうルールを課しているのかわからない。殺害対象の狙われた本人のみ以外は盗られず、殺されずが基本になっている。

 まれに犠牲者がいたが、怨恨が目的にしても殺された貴族間同士などの接点などが見つからず、共通点が見出せない。そのせいで国中の人間が誰一人として、犯人像を思い描くことすら出来ずにいた。多分に漏れず男爵もその内の一人だったが、目の前にいる異質な少女の存在に思わず納得してしまう。半信半疑で聞いた疑問の末に、少女が間髪いれず答えたことで確信にいたった。

「そうか、君が貴族殺しの正体か」

 男爵の内心で、まさかこんな子供がと認めたくない部分もあった。だが、大人顔負けの身のこなしや子供の外見を装えば、案外簡単に物事を進められるのかもしれないと思考していく。

「ええ、そうですとも。引きつった顔がとてもお似合いですわよ、男爵様」

「外には御者がいたはずだが?」

 馬車の外には、彼と先ほどまで話していた御者がいる。少女と話していれば二人分の声に気づく筈だ。だが未だに反応は全く無い。返事をくれるのは子供の声だけ。

「ああ、それなら邪魔でしたから。さっき飛び降りた時に、首の骨を折っておきましたわ」

 男爵はそんな馬鹿なと思った。外からの反応が無いことによる答えから、心のどこがで確信に変わってしまう。少女の言っていることが、正しい現実なのだと。

「君は、無益な殺生を好むタイプなのかね?」

「無益かどうかなんて知りません。私は邪魔になりそうな存在を真っ先に排除するだけですから。もちろんそれは、貴方も含まれていますわ」

 少女の口と目もとが張りついたように笑い、男爵は自分の娘以下の歳格好をした少女に憂いた。

「目的はなになかね、私を殺してなにを得れる?」

「良いでしょう、お教えしますわ。私の名前はミレア=パドルー、現国王と妾の間に生まれた子。一度は首を切られてしまい、死んでしまいましたの」

 ミレアが年頃の子供のように自身の舌を出して、手を平たくし首元に当てる。 それは『私は一回死んだのよ』と、言うような仕草だった。甘えるような猫なで声に不快感が場を支配する。

「生き返った私は考えましたわ。助けてくれなかった父である王に、復讐してやろうと。だとすれば、どうしたら王が一番の苦悩をしいられるのかを」

 一旦言葉を切ると、目を見開きながら両手の平を合わせるようにして軽く叩きだす。とても良い閃きを浮かんだような表情で、得意げに語っていく。

「私は気づいたのです、男爵様。じわじわやるのであれば、周りの囲いや足場を壊してしまえば良い。だったら、有力な貴族や協力的な富豪を殺せば良いと。しかしですね、適当に一人目の貴族を殺したら周りから喜ばれてしまいましたの」

 最後につまらなそうな顔をすれば、なにかを自分の手で台無しにしたようにもの悲しげにしだす。

「周りの人間に聞けば、その貴族は圧制や汚職だらけで酷い人間だというのです。お解りになりますか? そこから辿り付く結論の末に、このお話の顛末が男爵様へと、どういった経緯で繋がるのかを」

 男爵は押し黙り難しい顔をする。言っていることを半分以上理解できない。今までの話から、なぜ自身が狙われたのか。他の殺された者達との共通点を見出すことはできる。

 だが、生死の話や復讐といった内容が、全くもって理解不能な内容だった。人は死ねば、あとは屍が残るのみとなる。だがこの話だと人が蘇ったことになっているのだ。男爵が今まで生きてきた人生で、ここまで眉唾しい話など聞いたこともない。

 とりあえずは目の前の与太話をするミレアと話を進めるため、男爵は口を開く。

「君は、智慧のある賢い人間を狙ったのかな?」

 ミレアが歳相応の少女らしい、とても嬉しそうな顔をする。

「正解ですわ、頭のよろしい方は会話がしやすくて助かります。私が崩すべき囲いや足場は、民衆を第一に考えて身を粉にする人々だと思いました。そんな人々がいなくなれば、強欲の限りを尽くす輩のブレーキが利かない状態になり、国は勝手に崩壊していくのです。上出来な、良い案だと思いません?」

「聞かせてくれないか。君に命令をしている手荒な連中は、一体どこにいるのかね?」

 男爵はここまでの会話で、誰かに洗脳された上で命令されているのだと結論づけた。ミレアは嬉しそうな顔を崩すことはない。

 ああ、的外れな回答だと少女は内心で大笑いする。

「いませんわ、そんなもの。残念ね、これだから頭の固い大人はお頭が足らない。正真正銘これは私の考え、行動、その結果なのです。おわかりかしら、男爵様?」

「君はどれだけの罪を重ねるつもりなのだ? 我らが神がそのような大罪を許すことはない、いずれ必ず神罰が下る。今からでも遅くはない、こんなことは辞めるべきだ」

 男爵の真剣な顔にミレアが笑いを堪え切れなくなり、ついに噴出してしまった。

「あはははは、貴方で九人目よっ!? そう言って、何人もの人間が私を説得しようとしたわっ!! おかしいわ、とてもおかしいのっ!!」

 貼りついていた布が落ちるようにして、真顔へと表情が変化する。

「もう手遅れなのです、男爵様。私は死に、生きていると信じていたお母様も死んだ。お母様の首の無い腐った死体を見て、私は決めた。私がすべきは、復讐だけだ」

 ミレアの眼球の形が変わりだし獣のように瞳孔が細まりだす。次いで片腕が膨れ上がり、ドレスの一部が風船のように千切れ飛ぶ。

 右腕が獣ようになると、男爵は初めて見る光景に衝撃を受けて言葉を失った。

「そうそう、良い事を教えてあげるわ。死者からのアドバイスよ、死んだ先は暗闇しかなかった。そこには天国も地獄も無いし、神様なんていなかったの。さよなら男爵様」

 馬車の窓の内側がバシャリと、赤黒いペンキを撒いたように塗りつぶされた。

 返り血を浴びたミレアが馬車のドアを開け、ゆっくりと地面に降りる。馬車を引っ張っていた馬は止まっていて、首の骨を折った御者はどこで落ちたのか、もう姿は見当たらなかった。

 ミレアは、もう一度だけ馬車の中を覗く。そこには男爵の死体と彼の血を被った西洋人形があった。誰か親しい者への贈り物だったのだと思い、ボソリとその場で呟く。

「男爵が大事だった誰かさん。私を殺したければ、いつでも相手になってあげるから」

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