ピアス穴
抱擁に満足した頃、セリーナが囁く。
「……せっかくピアスをいただいたことですし、ピアス穴を開けてくださいませんか?」
「え? ああ、いいけど……俺がしちゃっていいのか?」
セリーナの耳にはピアス用の穴がない。こっちではピアスもさほど普及しているわけではないから、これも普通のことだ。
ピアスをあげておいてなんだが、俺が穴を開けるのは少々気が引ける。
「ラウルに開けていただきたいです。ラウルの手で、わたくしに生涯消えない傷をつけてください」
「……そう言われると責任重大だ」
「生涯わたくしと生きてくださるのでしょう? それに比べれば、耳たぶに穴を一つ開けるくらい、たいしたことではありませんよ」
「まぁなぁ。……とはいえ、大切な人に傷をつけるっていうのが、すごく抵抗あるな」
「最初に交わったとき、もう既に傷をつけたではありませんか。あれは元には戻りませんよ?」
「いやー、あれはまた話が別って言うか……」
あれはもともと破られるためにあるというか、なんというか。
破られるためにあるってわけでもないんだろうけど、必要なものではないし、普段人目につくものでもないし、男女ってそういうものだし。
ねぇ?
「……ラウルの手で、開けてくださらないのですか?」
嘆願するように、セリーナが見つめてくる。最愛の人から乞われて断れるわけもない。
ここは覚悟を決めよう。どうせ、セリーナのことは一生背負っていくつもりなのだ。耳たぶに穴を一つ開けるくらい、どうってことないさ。
「……わかった。俺がやるよ」
「お願いしますね」
二人で起きあがり、セリーナが素っ裸のままで裁縫用の針を一本取り出す。ピアッサーなんて便利なものもないんだよなぁ。針でぷすっといくしかない。ああ、想像するだけで妙に血の気が引いていく。モンスター退治ならいくらでもやってるんだけどなぁ。
「……ピアスって、一つの場合は左右どっちにつけるのがいいかな?」
「特に決まりはありません。好きな方につければ大丈夫です」
日本だと、左右どちらにつけるかで意味が変わり、同性愛者だの異性愛者だのを示すことがあったはず。こっちではそういうのは定まっていないようだ。
「じゃあ、右でいい?」
「ええ、いいですよ。ちなみに、何か理由があるのですか?」
「たいしたことじゃないよ」
いつか、左手には指輪を填めてもらうつもりでいるから、ピアスは右にしようかな、っていう程度の話。
「たいしたことではなくても、意味はあるんですね?」
「ああ、あるよ」
「……いつか、教えてくださいますか?」
「もちろん。たぶん、そう遠くないうちに」
「わかりました。では、お願いします」
セリーナをベッドの端に座らせて、俺は右隣へ。
金糸のように滑らかな髪をかきあげて、綺麗な耳を露出させる。横顔が美しくて見とれてしまうな。
「……どうかしましたか?」
「いや。綺麗だなって、思っただけ」
「もうっ。そんなことばかり言われたら、またしたくなってしまいますよ? できるんですか?」
先ほどまでに、俺はほぼ限界まで力を使い果たしている。しかし。
「セリーナが望むのなら、頑張るさ」
「……では、ピアス穴を開け終わったら、しましょうか?」
「望むところだ」
想像しただけでもまた下半身に力が……。うん、いける。
右手に消毒した針を持ち、セリーナの耳たぶに先端を当てる。あ、ダメだ。これから穴を開けると思うと下半身の力が抜ける。……まぁ、今はこれでいい。
ピアスをつけた姿を想像し、一番綺麗に見えるだろう位置を探った。
「この辺、かな?」
「ラウルにお任せします」
「……了解。じゃあ、いくよ?」
「……ええ、どうぞ」
緊張で手が震える。セリーナも、来る痛みを想像してか表情が固い。
ただピアス穴を開けようとしているだけなのに、緊張から、何故か初めて交わったときのことを思い出す。意外と入る場所がわからなくて、なかなか苦労したもんだ。わけもわからず進入して、セリーナにも苦労をかけた。今回は、一発できっちり終わらせよう。
最後に深呼吸を一つ。そして、指先に力を込めた。
「んっ」
セリーナが痛みに顔をしかめる。
針は無事に耳たぶを貫通しているので、これでピアスを着けられるようになった。
とはいえ、体に穴を開ければもちろん血が出るわけで、滴る赤い血に慌ててしまう。
貫通して血が出るって、もう変な連想しかしないな……なんてどうでもよくて。
布切れを使い、血を拭う。これ、どれくらいで血が止まるんだろうか。
俺の焦りを余所に、セリーナは冷静に針を引き抜き、布で耳を押さえて止血に努める。しばらくするとひとまず出血が止まり、一安心。
それから、セリーナは穴を維持するための金具を取り出す。金具というか、ほぼピアスだな。セリーナは使ったことがないそうだが、たまにお客さんからピアス穴の開け方を訊かれることもあり、店にいくつか置いてあるそうだ。
その金具は、俺がセリーナの耳に付けた。また少し出血したので、布で押さえて止血した。
「痛む?」
「ええ……。でも、さほど大きな痛みではありません。以前、ダンジョンで裂傷を作ったときよりはましです」
「そのレベルと比べりゃ、さほどでもないだろうけどなぁ。あ、回復薬で治そうか? 貫通した状態で使えば穴は残るだろ」
「いえ……。せっかくなので、しばらくこのままで。おそらく、これもわたくしの人生においてはたった一度だけの痛みです。この痛みとともに、今夜のことを忘れられない思い出とします。
……とはいえ、経過を見て、すぐに治した方が良さそうであればそうします」
「……そっか。わかった。今夜のことは、俺も忘れないよ」
傍から見れば、あえて痛みを我慢するなんておかしな話。
だとしても、痛みを特別なものと捉えて愛おしむセリーナの姿は、とても健気で愛らしかった。セリーナへの熱い想いが募るばかりだ。
「セリーナ。俺と出会ってくれて、ありがとう」
「それは、わたくしからも同じことを言わなければなりませんね。ラウル、わたしくしと出会ってくださって、ありがとうございます」
数秒見つめ合って、どちらからともなくキスをする。
今までも散々してきたことだけれど、どうしてか今はまた新鮮な感情を抱く。
唇を離したとき、その溢れる気持ちを、そのまま言葉として溢す。
「俺と結婚してください」
あ、指輪用意してないのに言っちゃった。似たようなことは既に話しているけれど、改めてきちんと言うつもりだったのに。
俺の思惑なんて関係なく、セリーナが花の笑みを浮かべる。
「……喜んで」
そして、セリーナは再度キスをしてくる。
慈愛の籠った柔らかなキスで、激しさはない。それでも、どうしてか今までで一番深く繋がっているように感じた。
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