二人言
「結婚式はいつにしましょうか? 以前も少し話しましたが、そろそろ具体的に進めましょう」
もうその気になっているらしいセリーナが、俺に寄り添いながら尋ねてくる。
結婚かぁ。ついに俺にもそういうときが来たわけだな。前世から考えれば四十年ほどの人生で、ようやく結婚。なかなか感慨深いものがある。
「セリーナは、いつがいいとかの希望はある?」
「特定の日はありませんが、なるべく早めがいいですね。……ラウルが他の女性に目移りする前に結婚しておきたいので」
「それは大丈夫だってー」
「……ラウルはそう言いますが、やはりどこか不安ではあるのです。こればかりは、結婚していただかないと払拭できないものです」
「そうかぁ。なら、結婚するしかないな」
「はい。結婚するしかありません」
セリーナにここまで言われたら、早期に結婚するしかないな。
ちなみに、この国でも日本と同じく重婚はできない。ただ、側室的な関係の相手がいても、当人同士が認めていれば特に問題にはならない。
「それなら、次にセリーナが休みを取れるときに、セリーナのご家族にご挨拶でも行くか。それで話が付いたら、都合のつく日に結婚式挙げよう」
「はい。では、ひとまず手紙を出しますね。両親は今でも、わたくしが生まれ育ったイミティスという町に住んでいます。手紙の往復には五日もかからないでしょう」
「わかった。話はそれからだな。そういえば、セリーナはイミティスの魔法学校に通ってたんだっけ?」
セリーナと色々な話をするなかで、生い立ちについても多少は聞いている。でも、まだまだ知らないことばかりだ。学生時代がどうだったとかももっと聞いてみたいところだな。
「一時期、わたくしも魔法学校に通っていました。卒業はしていませんが、三年次まで修了しています」
「三年かぁ。それだけ通えば基本は全部学べるらしいもんな」
この国には七年制の魔法学校が存在しているが、日本でイメージする学校とは少し趣が違う。そこに通う者が必ずしも卒業を目指しているわけではない。
卒業に至るのが非常に難しいということもあるけれど、そもそも卒業しても人によってはあまりメリットがないのだ。
卒業生の進路で一番多いのは、国に仕える国家魔法使い。収入も待遇も良いのだけれど、国の命令に従う義務があるし、国家魔法使い同士での権力闘争も苛烈らしい。
よほど才能があれば権力を手にして国家運営の中枢に入り込めるのだが、そこまでいけるのはごく希。東大を卒業したところで、必ずしも国家の中枢になれるわけではないのと同じ。
卒業して国家魔法使いになったところで、しがらみの多い立場になってしまうのは面白くない。ある程度の基本を学んだら、あとは学校外で魔法の修練を積むというのはよくある話。
それを見越して、ある程度才能がある者を弟子として迎える在野の魔法使いは多い。他にも、誰かの弟子になるのではなく、ダンジョンに潜って実戦経験を積み、冒険者としての大成を目指す者なんかもいる。
セリーナは薬屋をやっているから、基本を学校で学んだ後、誰かに弟子入りでもして専門知識を学んだのだろう。学校で七年も過ごすより、よほど効率的に知識を学べる進路だ。
「わたくしは十歳から三年間、魔法学校で基本的なことを学び、あとはとある薬屋の店主に弟子入りして魔法薬学を学びました。薬屋になる道筋としては効率が良いのですが、それ以外の魔法には疎くなりますね。戦闘経験は浅いですし、使用できる魔法の幅も狭いです」
「必要な知識があれば十分だよ。何でもできたって器用貧乏になるだけさ」
「確かに、それはそうですね。仕事をしていると、何でもできるよりも何か一つの分野で専門性を持つ方が、役に立つように思います。薬屋をするなら、モンスター退治の技術は必要ありません。……対人の戦闘については、もう少し学んでおくべきだったとは思いますが」
どんな店にも、厄介な客というのはやってくるものである。そういう連中とやりあうには、ある程度の武力が必要だ。
今では俺やスラミと多少の訓練をしているが、冒険者という戦闘のプロに対して有効な武力を持っているかというと、そこまではない。
「ま、それは追々な」
「そうですね。すぐにどうこうできるものではありません」
「うん。とにかく、そろそろ結婚の準備を、ってことで」
「はい。まだまだ未熟者ではございますが、宜しくお願いします」
「それを言うなら俺の方が未熟だって」
「では、お互い様ということで、共に成長していきましょう」
「うん。それがいい」
「子供は何人欲しいですか?」
……俺が女性とこんな会話をする日が来るとは。これもまた感慨深い。
「うーん、二人か三人くらいかなぁ」
「意外と控えめですね。可能な限り何人でも、とおっしゃるかと……」
「なんでそんな発想に……?」
「女性をたくさん囲って、その全ての女性に子を産ませるつもりだとすれば、子沢山が希望なのかと……」
「べ、別にそういう意図があるわけじゃないって」
「でも、結果的にそうなるでしょう?」
「……このままいけばな」
果たして、俺の周りにはそんなにたくさんの女性が集まるものだろうか? そこまで魅力的な人間であるという自信はないのだけれど。
「わたくしとしては、家族が増えるのも賑やかで良いと思います。苦労は多いかもしれませんが、様々な困難を乗り越えて、明るく健やかな家庭を築いていきましょう」
「そうだな。うん……楽しみでもあるし、こんな話ができるのが感慨深いよ」
「そうですね。わたくしも、いつかこういう日が来るのかな、っとぼんやり考えていたことが、こんなに早く具体的になるとは思っていませんでした。
……とはいえ、子供は欲しいですが、もう少しラウルとの時間も欲しいですね。焦る必要はないでしょうから、子供は二、三年後にしましょう」
「ん。いいと思う」
「ああ、でも、それまでに他の女性と子供を作ってはダメですよ? 無意味かもしれませんが、ラウルとの最初の子供を産むのはわたくしです」
「ああ、わかった。気をつける」
「フフ。気をつければほぼ妊娠しなくなるという状況はありがたいですね。ラウルのおかげです」
「アイディアだけはな。後でスラミにもお礼言っといてくれ」
セリーナと今後の話を続けていると、店の入り口を誰かが控えめにノックする。この世界に正確な時刻がわかる時計はないし、一般家庭には時計そのものが普及していないが、体感としては夜十一時過ぎくらいだろうか。人が来るなんて珍しい。ノックが控えめだったことから、暴力的な相手ではないと思うが……。
「……こんな遅くに、誰だろう?」
「……もしかすると、急病人かもしれません。対応してみます」
「あ、俺がとりあえず声かけるから、セリーナは服を着てて」
「はい」
俺は、ひとまず下半身にシーツだけ巻き付けて出入り口へ。
「どうかされましたか?」
「え? あれ? この声は……」
「ん?」
あれ? この声は……と思ったのは、俺も同じ。
今日ギルドで出会った、聖騎士の隣にいた女性の声だ。
強盗の類ではなさそうなので、鍵を開けて少しだけ扉を開いてみる。すると、やはりあの女性がそこに立っていた。
俺を見て驚き、それからほっとしたような顔をする。
さて、これはどういう状況だろうか?
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