花言葉

 セリーナが宣言していた通り、始めたときから既にセリーナの準備は整っていた。

 とはいえ、闇雲に交わるのも気が引けて、ゆっくりと進めようかと思ったのだが、むしろセリーナの方から急かされた。


「どうせ何度もするのですから、まずは一度ラウルと繋がりたいです」


 そんなお願いをされて、断れるわけもない。

 セリーナをベッドに寝かせて足を開いてその美しい体の中に俺の先端を埋めて……お互いに溢れる欲望を満たしあった。

 何度も交わって濃密な時間を堪能した後、二人でぐったりとベッドに横たわった。夏の夜に夢中で抱き合ったから、お互いにだいぶ汗をかいてしまったな。自分の汗は嫌だが、セリーナの汗には余計に興奮してしまうね。

 さておき。

 お互いに呼吸を整えたところで、俺はベッドサイドに脱ぎ捨てていた服から、例のピアスを取り出す。


「……これ、どうかな? セリーナに似合うと思うんだけど」

「それを、わたくしに……?」


 寝そべったままのセリーナがピアスを手に取り、愛おしそうに撫でる。


「素敵です。ありがとうございます。今日、買ってくださったんですか?」

「いや、カナリアラの家の掃除してて見つけたんだ。それで、報酬としてもらった」

「そうでしたか……。ということは、ラナリアラの曾祖母様のもの、だったのでしょうか?」

「わからない。あの家の詳しいことは、カナリアラにもわからないんだ」

「……引き継ぐ者が何も覚えていないというのは寂しいですね。

 どなたのものかはさておき、男性から女性に贈られたものではあるでしょうね」

「へぇ、これって、何かそういう特徴的な何かなの?」

「このピアスについている花はティーラと言って、花言葉は『忘れえぬ愛』です」

「……ちょっと切ない雰囲気の花言葉だな」

「そうですね。昔、まだ戦争が絶えなかった時代に、戦地に向かう男性が愛する女性に贈ることが多かったそうです」

「へぇ……それはかなり重い代物だな。あ、けど、そういう意味なら、女性から男性に贈りそうじゃないか? たとえあなたがいなくなってもずっと忘れません、みたいな」

「女性から贈る場合もあります。でも、これは女性用のピアスなので、男性から女性で間違いないでしょう。そして、その意味は『たとえこの身が滅んだとしても、彼岸からあなたをずっと見守っています』という具合ですね」

「あー、なるほど。立場によって込める想いが変わるわけか。うーん、そういうものだったら、セリーナに渡すものじゃなかったかな? 俺、死なないし」


 最後の一言で、セリーナが柔らかく微笑む。


「絶対に、死んではいけませんよ? それはそうとして、特に死を身近に感じているわけでなくても、ティーラの贈り物をする方はいらっしゃいます」

「あ、そうなの?」

「時代が変われば、意味も変わります。『あなたのことを片時も忘れません』という意味で贈るのが、今の主流ですね」

「へぇ、じゃ、俺が贈っても問題ないわけか」

「そうですね。……いいですけど、ちゃんと忘れないでくださいね?」


 不意にセリーナの視線が鋭くなる。


「だ、大丈夫。忘れない」

「他の女性を抱いているときも、わたくしを忘れないでくださいね?」

「あー、それは、えーっと……」


 流石にそれは相手に失礼な話であって、しかし、片時も忘れないというのならそうしなければ嘘になる……。

 俺が返事に困っていると、セリーナが溜め息を一つ。


「……まぁ、そういうときはいいです。片時も忘れないと言ったって、そんなのは土台無理な話ですからね。でも、一番にわたくしを想っていてください」

「……わかった。約束する」

「それが嘘になったときには、もぎとりますからね?」


 何を、とは言わないが、その意味がわかって、そのナニがしゅんとなる。


「……大丈夫だ。問題ない」

「フフ。わたくし、本気ですよ?

 まぁ、それは置いといて、この花言葉を知った上でお贈りいただけたのなら、もっとロマンティックだったかもしれません」

「……悪いな、花言葉には詳しくないんだ」


 花言葉なんて、あえて気合いをいれて調べないとほぼ知る機会はない。花屋にでも行くか、図書館にでも行くかしなければならない。気軽に検索できるわけじゃないのだ。Google先生がやはり恋しいぜ。


「花言葉に詳しい男性は、生粋の女ったらしかよほどの変わり者です。ラウルが詳しくないのも仕方ありません。

 ロマンティックでなくても、この贈り物をいただけてとても嬉しいですよ」

「気に入ってもらえて良かった。悪く言えば拾い物になっちゃうのも気にはなるが……」

「構いませんよ。捨ててしまうには惜しい、素敵なピアスです。もはや誰も知ることのない様々な歴史があったことでしょう。新品にはない奥深さが、わたくしとしては好きです」

「……拾ってきて良かったよ。これで、『いつも身につけていられるものを渡す』って約束は果たせたかな」

「あら、覚えていてくださったのですね? もうあれから一月経つので、もしや忘れられているのではないかと……」

「遅くなってごめんよ。忘れてたわけじゃないんだ。もう一つの方もな」


 十万ルクで何を贈ろうか? 高価過ぎてちょうどいいものがなかなかないのである。


「……では、楽しみにしていますね?」

「期待に応えられるように頑張るよ」

「今か今かと胸を高鳴らせながらお待ちしております」

「ハードル上げるなよー。高価な贈り物って難しいしさぁ」

「フフ。ラウルがくださるものなら、何でも嬉しいですよ。本来なら、金額で対抗する意味もないのかもしれませんね。……とはいえ、せっかくですから、約束は守っていただきます」

「異論はないよ」


 フフ、とセリーナがまたいたずらっぽく笑う。可愛すぎて、思い切り抱きしめてしまった。

 セリーナにはどんなプレゼントを渡せばいいのだろう。豪華なドレスでも贈ってみようか? でも、豪華すぎて普段は全く使い道のないものでは少し寂しい。いつもではなくても、基本的に身につけていてくれるとか、手近に置いてもらえるものがいいな。

 魔法使いだから杖でも贈るか……。しかし、正直言ってセリーナの実力からすると、高級な杖は分不相応でもある。運転が下手なのに高級車を所有しているようなものだ。持て余してしまうのが目に見える。

 装飾品でもいいだろうが、自衛ができないのに高価すぎる装飾品を身につけると、強盗に襲われる危険が増すばかり。これもあまり良い案ではない。

 色々考えてもなかなか妙案は浮かばず、時間だけが過ぎていく。

 これは、エミリア先生に相談かな。 

 結論を出すのは後回しにして、今は黙ってセリーナの柔らかな体を抱き締めた。

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