隠し部屋

 スラミの言う通り、一階の角部屋の床に地下に続く扉があった。一見するとただの床なのだが、近寄ってよく見ると木目に微妙に切れ目があるのがわかる。親戚連中はこの扉に気づかなかったようだ。


「へぇ、隠し部屋なんて、ドキドキすんね。早速開けてみようか」


 とはいえ、取っ手などはないし、どう開ければ良いかわからずに迷う。が、スラミが微細な隙間から侵入し、中からあっさりと開けてくれた。

 その際、パチン、と何か音が聞こえた気がする。


「ん? なんだ?」


 俺が首を傾げると、リナリスが教えてくれる。


「何か封印の魔法がかけられていたようだな。おそらくは、扉の存在を認知させないようにするものと、単純に扉を開かなくするもの。見ろ、この扉の裏に描かれた模様は、高度な魔法使いがよくやるやつだ。

 ……こんなのはトラップ解除の専門家などでないと気づかないし、破壊もできないのだが、それを容易く打ち破ったのは不思議だ。スラミ、何か特別なことをしたのか?」

「うん? 何もしてないよ? 普通に気づいたし、普通に開いたよ?」

「妙なやつだ。モンスターには効かない魔法だったのか? 封印を施した者はモンスターの侵入には気を配らなかった?」


 リナリスはここにいた魔法使いの正体が気になっているが、考え込んでも答えは出ないだろう。


「とりあえず入ってみないか? 危険な場所って感じじゃないだろ?」

「そうだな。危険な気配はない。中を見てみよう」


 扉の奥には、地下へ続く石造りの階段があった。俺が先頭に立ち四人で下りていく。地下は暗いので、魔法の灯りも点けた。

 階段は地下一階分程度までの長さで終わり、広い地下室が現れた。学校の教室一つ分くらいはあるだろうか。

 まず、その壁は全て本棚になっていて、所狭しと本が詰まっている。

 本は、ものによっては一冊千ルクから五千ルクする高級品。それを考えると、千冊はありそうな本達の価値は相当なものになるはず。

 また、ここは何かの研究施設なのか、中央には机が並び、実験器具らしきものもや魔法石、モンスターから取る素材などが放置されている。

 放置されている割にはどれも保存状態が綺麗だから、状態保持の魔法でも使われているのかもしれない。

 カナリアラが室内を興味深そうに見て回る。


「これ、曾祖母も知っていたんでしょうか……? 魔法とは無縁の人だったと聞いていますが……」

「どうなんだろうな。旦那さんのものかもしれないし」

「……曾祖父のものだったんでしょうか。あたし、曾祖父のことも、曾祖母のことも全く知らないんですよね。親とも仲が悪いので、尋ねることもできません……」


 十二歳で一人暮らし。家族仲が悪いだろうことは察していたが、俺と似たようなものかもしれない。


「この部屋のことは、親には言わない方がいいな。本も放置されてる素材も適当に売りさばきそうだ。紅蒼竜クリムゾン・ブルーの瞳とか、お金で換算できない価値があるぞ? 確か、もうこのモンスター自体が絶滅してて手に入らないだろ?」

「え、そんなに価値のあるものなんですか?」

「一千万ルクくらいにはなるんじゃないか? 普通に国宝級だろ」


 紅と蒼が相克するように光る球体を見て、カナリアラがヒョエエ、と奇声をあげる。


「そ、そんな高価なもの、あたし、持ちたくないですよ!? ラウルさん、持って行ってください!」

「え? お、俺もこんな高級品はちょっと手に余る……。急に大金手に入れても色々トラブルを招くだけ……。リナリスは、どうだ?」

「流石にわたしの手にも余るな。こんなものを持っていても争いの火種になるだけだ。国に寄贈するとかが無難だが、虹色の慈雨レインボウ・レインの連中にあげてもいいかもしれん。噂では、あいつらは色々と慈善事業をしたいらしいから、そのための金になる」

「ああ、ルー達にあげるのもいいかもな。強いから管理もできるし、お金に換えてもいい感じに使ってくれそう。

 他にも色々あるから、それもあげちゃうか? 噂でしか聞いたことないけど、たぶんこいつらって、極光石オーロラ・ストーン神海魚イマジン・フィッシュの鱗、灯の鳥シャイン・フェニックスの羽とかじゃないか? 無造作に放置されてるのがおかしい、宝の山だろ」

「……あ、あの、あたし、そんなもの、手元に置いておきたくないです。このお家の補修とか、ラウルさん達への報酬とかで多少はお金が欲しいですけど、大金はいりません。お金の持ちすぎは怖いです」

「自分の身の丈に合わないものは手放すのが無難だな。宝の処分については、ルー達が帰ってきてから考えようか」

「はい……。ところで、虹色の慈雨レインボウ・レインって、あの虹色の慈雨レインボウ・レインですか? すごいお知り合いがいらっしゃるんですね」

「知り合ったのは割と最近だよ。特別に親しいかっていうとよくわからない」

「……お前達の関係で、特別に親しくないわけもないだろうに」


 リナリスが指摘してくるが、会った回数は数えるほどなのだ。親交の深さはそこまで深くない……と思う。


「俺達は……まぁ、いいか。とにかく、この部屋のものはルー達に任せるとして。それまで再度封印とかできるかな? 泥棒が入ったりしたら困るし」

「簡易的な封印ならわたしでもできる。腕のいい封印師も知っているから、長期間になりそうならそっちに依頼する。あと、土地の所有者がカナリアラの親戚になっていることについては、必要ならわたしがこの土地を買って解決しよう」


 リナリスが気軽に土地を買うと言うので、カナリアラがびっくりしている。リナリスはAランクの冒険者なのだ、と説明すると、また驚いていた。


「そんな方が何故遺品整理なんか……」

「色々と事情があるんだ。ま、そのことは追々な。アイテムはさておき……」


 ふと、本棚に入っている背表紙のない本が気になって、一冊抜いて見てみる。すると、なんだか懐かしい文字が書かれていた。


「……ホーエン、ハイム」


 日本語で書かれていたわけではない。だが、「Hohenheim」と署名があり、今は見ることのなくなったアルファベットの文字を、何の気なしに読み上げてしまったのだ。

 そして、自分のミスに気付く。


「ホーエンハイム? あのお伽噺のか?」


 リナリスが寄ってきて、俺の持つ本の表紙を見る。そこで実に怪訝そうに眉をひそめた。

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