整理
三階建ての館には部屋がいくつもあり、一つ一つの部屋も広かった。俺達の新居も割と広めだが、規模が全く違う。
しかし、残念なことに、長年ろくに手入れされていなかったのか、壁紙がカビていたり、クモの巣が張っていたり、ホコリを被っていたりした。また、強盗にでも入られたかのように荒らされている部屋も多く、どの部屋にも金銭的に価値のあるものは存在していないように見えた。あるのは持ち運びに不便な古ぼけた家具くらいか。
「ここの前の住人って、カナリアラの親戚か何か?」
「はい。あたしの曾祖母です。十日ほど前、八十七歳で亡くなりました」
「へぇ。そりゃ大往生だな。それで……カナリアラがどうしてこの館の遺品整理をしてるの? 他に親戚は?」
「……親戚はたくさんいます。顔も名前もよくわからない方がたくさん……。皆さん、曾祖母が亡くなったと聞いて一度集まりましたが、お金になりそうな遺品を全部持っていって、それきりです。
あたしは、まぁ、親族の中で一番立場が弱くて、財産分けでこのお家をもらいました。もはや傷みだらけで人が長く住める場所ではないので、体よく要らないものを押し付けられた形ですね……」
「へぇ……。なんかワケありだな。でも、そういう親戚って、土地とかも欲しがるんじゃなない?」
「そうですね。そして、欲しいのは土地だけで、それも売るためです。けど、売るにはこの建物をどうにかしないといけないらしくて……。
実際、土地はあたしのものではないんです。形式的には、あたしが親戚の一人から土地を借りているということになっています。それで、毎月利用料を払わなければいけなくて……。建物を処分して、土地を返せばそれも必要なくなるんですけど……」
「なんだそれ? 全部いいように使われてるだけじゃねーか。よくもまぁ、そんな外道な真似ができたもんだ」
「……そういう親戚だから、曾祖母が、昔、皆を追い出したのだと思います。ニ十年くらいは一人暮らしをしていて、ついに孤独の中で亡くなったのだとか……。情けないお話ですが、あたしは曾祖母の顔さえ知らなかったんですよ」
「……複雑だなぁ。っていうか、その親戚連中が気に入らないね。カナリアラもさっさと縁を切った方がいいな」
「そうですね。でも……この館をどうすればいいか、迷っているんです。完全に処分してしまうか、残していくのか……。といっても、あたしにはお金がないので、処分するしかありませんけど……。全体の補修よりは安く済みます」
「見知らぬ曾祖母の物でも、何か思い入れがあるのか?」
「お金になるものはありませんが、せっかくの立派な建物ですから、活用できたらいいなって思います。
ボロボロなのを考えなければ、素敵な館なんですよ? 百年以上前の職人さんが丹精込めて作ったこともわかりますし、所々落書きなんかもあって、その歴史を感じると嬉しくなって……」
「なるほどね。じゃ、とりあえず補修する? 手を加えれば、まだまだ人が住めるように改良できるぞ」
「え? でも、お金なんてありませんよ?」
「お金はいらないよ。まぁ、無償でってのもなんだから……そうだな、将来的に一部の部屋を貸してくれない? 何かに使いたくなることがあるかも」
この町には公営の学校があるが、芸術系の学校はない。先生役をどこかから引っ張ってきて、絵画教室なんかを開いてもらうのもありかもしれない。詳しいことはエミリア先生に相談だ。
「何かに、ですか……」
「うん。あ、ちなみに、土地代って月いくら払うの?」
「月に三千ルクです」
「高いな……。規模からすると安いだろうけど、土地を無理矢理貸し付けて、月三千ルクの利用料……。裏家業かよ」
「早く館を処分してどっかに行け、ってことです」
「だよな。んー、その辺はなんか考えよう。先に遺品整理と掃除と補修だ! 今日一日であらかた終わらせよう」
「ええ? この広い館を? できますか?」
「できるさ。俺には強い味方がいる」
スラミを見る。スラミはニッコリと笑った。
「うん! ボクの力があれば、大体のことはすぐに終わるよ!」
というわけで。
スラミにスライム型に戻ってもらい、さらに本来のサイズまで大きくなってもらう。避妊具作成などで日々体の一部を消耗しているが、体を大きくするために色々と行っているので、逆に成長している様子。
まずは俺とリナリスが水と風の魔法を使ってざっくりと掃除。クモの巣やらホコリやらを除去した。その後、スラミが部屋を包み込むことで残った諸々の汚れのほとんどを消し去った。カビなんかも綺麗に食べてくれて、見た目がすっかり見違えた。
次に、各部屋に残っている不要品を外に出す。綺麗にしたら使えそうなものは残し、それ以外は撤去。
俺とリナリスも手伝ったけれど、スラミが一度体内に取り込んで運ぶと、作業が一気に進んだ。
破けた服や朽ちた椅子、各種日用雑貨、昔は使っていただろう家の手入れ用品などが大量にあって、庭にゴミの山ができてしまった。
また、ざっくり室内の整理が終わったら、伸び放題だった雑草などをスラミが食べて回った。スラミ、本当に有能過ぎる。
二時間程で、館とその周辺はすっかり綺麗になった。
「うわぁ……こんなに早く片付くなんて……。それに、こんなに綺麗なお家だったんですね……」
汚れを落とすと、館は良い雰囲気のレトロな建物だった。日本なら撮影スポットとして賑わいそう。
「まだまだ傷みが残ってるから、それは補修だな。あと、このガラクタをどうするか……。修理して使うか、処分するか。焼却処分なら、俺達が魔法でやっちまうけど?」
「うーん……ガラクタですけど、惜しいですよね……。修理すればまだ使えるのに……」
「じゃ、修理出来そうなものと、処分するものに分けよう」
この作業に時間がかかった。一つ一つ具合を見て、使えそうなものを探した。
修理でどうにか使えそうなものも多いが、やはりどうしてもゴミにするしかないものも多数。
そんな中、虫食いだらけになったドレスを一着発見。昔のデザインで今では着られないだろうが、元々は立派な代物だ。こっちでは一般の服でも一着一着が高価だから、これは本当に高級品だったに違いない。それがボロボロになってしまっているのは非常に惜しい。
「修繕して使うのは……無理だよなぁ。一部を切り取ってハンカチにでもするか……。手間がかかりそうだけどなぁ……。ん?」
ドレスを広げていたら、何かが落ちた。拾ってみると、それは金でできたスタッドピアスだった。飾り部分は非常に小さく精緻な花型で、作り手の技術力の高さがよくわかる。
「へぇ……綺麗だな。服のどっかに引っかかってたのかな? それか、スラミが床に落ちてるのを拾って、たまたま服の中に落ちたのか……」
「どうした? 何か見つけたか?」
リナリスが寄ってきて、俺の手のひらに乗ったピアスを見る。
「片方だけのピアスか。小さすぎて、落としたまま見落としてしまったのかもしれないな。で、当然わたしへのプレゼントだな?」
「待て待て。リナリスにあげるとは言ってない。というか、これをもらっていいのかもわからないだろ」
カナリアラを呼び、発見したピアスを見せる。すると、カナリアラは驚きに目をパチパチさせる。
「なんでわざわざあたしに見せるんですか? こんな小さいもの、こっそり持って帰っちゃえばいいのに」
「そんなせこいことしないってー。別にお金に困ってないって言ったろ? 俺は整理を手伝ってるだけだし、家のものはカナリアラの所有物だよ」
「……そうですか。あなたのような方もいらっしゃるんですね……」
カナリアラがぽうっとした目で俺を見つめてくる。雰囲気が恋する乙女なんだが……気のせいか?
「あの、『欲しいものがあれば差し上げます』と依頼の条件に書いていますので、お持ちいいただいて大丈夫ですよ。たくさん働いてくださってますし、これくらいはお渡しします」
「いいの? なら、もらっちゃおうかな」
「はい。どうぞ。……それ、リナリスさんにプレゼントするんですか?」
「んー、違うかなー」
「え? 違うんですか?」
「……色々と複雑なんだ」
俺はセリーナに渡そうと考えているが、カナリアラはリナリスを俺の恋人だと思っている。それなのに、他の誰かにプレゼントするというのは不可解だろう。
そこで、リナリスが言う。
「わたしには、こんな拾いものではなくて新しいものを買ってくれるつもりらしい。これは薬屋をやっている知り合いにでも渡すんだろう」
拾いものと言われるとセリーナに渡しにくいな……。それに、さりげなくセリーナがただの知り合いに格下げされている。
でも、先日の約束である、『いつも身につけていられるものを渡す』というのが、まだできていない。色々悩んでいたので、こういう偶然の出会いで手には入ったものは、贈り物にはいいのではないかと思う。
「ラウルさんは、色んな女性とお知り合いなんですね……。素敵な人なので、それも当然ですよね……」
カナリアラが悩ましげに言う。どういう心境なんだろうか……。
「とにかく、これ、もらっていくな。ありがとう」
「お礼を言うのはこっちですよ。この館の整理なんて、一人でやっていたら何ヶ月かかったことか!」
「ま、こういう仕事は割と得意だからな。さて、まだ分別しなきゃだから、続けよう」
「はい。お願いします」
それからも、夕方まで分別を続ける。その中で、細々した落とし物が見つかった。ボタン、ネックレス、髪飾り……。親戚連中は、流石に部屋の隅に落ちているようなものまで丹念に探したわけではないのだろう。
「それ、全部差し上げましょうか?」
カナリアラが提案してくるが、俺は首を横に振る。
「俺はこのピアスだけでいいよ。ああ、でも、リナリス達はどうする?」
「わたしはラウルに買ってもらうから必要ない」
「ボクも何か買ってもらおうかなー。頑張ったし」
「……まぁ、いいけどな」
それから、スラミがポンと手を叩いて、教えてくれる。
「あ、そうだ。ボク、建物の探索してて気づいたんだけど、このお家、地下室があるよ。しばらく開けられた形跡がなかったから、親戚の人も誰も気づかなかったんじゃないかな?」
「え、本当? なにそれ気になる。……なぁ、別に何があっても取るつもりはないから、一緒に見てもいい?」
カナリアラに尋ねると、快く頷いてくれた。
「そんなものがあったんですね……。気づきませんでした。むしろ、一人で入るのは怖いので、一緒についてきてほしいです」
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