ちょっと寄り道

 掲示板を見ていると、ちょっと珍しい依頼クエストを発見した。


「遺品整理と清掃? ギルドってこんなのも来るんだな」


 冒険者になってそれなりの年数が経っているが、遺品整理と清掃なんて見たのは初めてだ。冒険者ギルドは便利屋さんというわけではないので、こういうのを頼むなら別の業者があるはずだが……。


「ああ、報酬が極端に安いのか。三十ルクじゃ、専門のとこには頼めないよな」


 このギルドでは、依頼料の下限を定めていない。何かの事情でお金を出せない人がいたときのための処置だ。

 ただ、それを引き受けるかどうかは冒険者次第。お金にならないならやらない、という者が大半で、結局誰も引き受ける者がいないということもよくある。


「引き受けるのか?」


 隣で見ていたリナリスが尋ねてくる。


「そうだなー。他にめぼしいやつもないし、依頼人の様子次第で引き受けてもいいかな。あ、一応、『遺品の中に欲しいものがあれば差し上げます』だって」

「期待するなよ? こういうのは、金銭的に価値のあるものはひとまず回収して、残りのゴミを整理させるんだから」

「期待はしてないさ。とりあえず、話を聞いてみよう」


 エニタのいるカウンターに戻り、遺品整理と清掃の依頼書について確認。


「あの遺品整理とか、どんな人が依頼してきたの?」

「え? まだ残ってましたか? 午前中に誰かが引き受けていたような……」


 エニタが首を傾げていると、別の職員が事情を説明してくれる。どうやら、一度引き受けはしたものの、家が思ったよりも大きく、三十ルクではとても割に合わないとして放棄したらしい。そういうことはたまにある。

 ただし、冒険者として、依頼クエストを放棄するのは良いことではない。信用がなくなると、仕事を引き受けさせてもらえなくなるのだ。

 基本的に、引き受けた仕事は最後まで完遂するもの。だが、こういう地味な依頼クエストを引き受ける低ランクの冒険者は、信用がどうのとかをまだ考えていないことも多い。ギルド側も、低ランクのときは失敗や放棄も付き物だと認識している。


「家が大きい割に残っているのはガラクタばかり、ってことかな? まさか、曰く付きの幽霊屋敷ってわけじゃないと思うが……」

「幽霊屋敷ではないと思います。ただ、広い家なのにお婆さんが一人で住んでいたらしくて、全然手入れが行き届いていなかったんだとか。遺品整理も掃除も大変そうですね。

 ああ、それで、依頼をしてきたのはまだ十二歳の女の子です。ちょっと危うい感じでしたから、ラウルさんが引き受けてくださるなら、私としても安心です」

「そっか。なら、俺が引き受けようかな」


 俺が手続きをしていると、リナリスが顎に手を当てながら呟く。


「十二歳か……。流石に若すぎるとは思うが、この男は見境がないからな……」

「おい、なんの話をしてやがる。俺だってそんなに若い子をどうこうしようなんて思わないよ」

「そうか? だとしても、あと三年もすれば女の範疇だろう。お金がなくてこんな依頼をしてくる辺り、何かしら事情があるのだろうし、ラウルの餌食になりそうな女じゃないか」

「……俺をなんだと思ってんだ」

「ワケあり女収集家」

「そんな奇特で変態的な収集家になった覚えはない」


 書類にサインして、依頼クエスト受注を完了。依頼主は遺品整理と清掃を実施する館にいるらしいので、そのまま向かえばいとのこと。

 最後に、エニタが心配そうに言う。


「……あの、私も流石に十二歳は若すぎると思います」

「エニタまで何を言い出すんだよ……。大丈夫だって」

「……小さい子供を自分好みに育てるというのは、男性の夢の一つだと聞きます。それもどうかと……」

「だから、そういうことはしないって。普通に依頼クエストをこなして帰ってくるよ」

「そうですか……。わかりました。でも、安心してください。ラウルさんがたとえどんなことをしようと、私はラウルさんの味方です」

「おい、何もわかってねぇだろ。大丈夫だって」

「……そういうことにしておきます。では、行ってらっしゃいませ」

「……納得はしてくれないわけね。もういいや。とにかく行ってくるよ」


 いい笑顔で送り出してくれるエニタに、ヒラヒラと手を振って返す。それを見て、リナリスがぼそり。


「夫婦みたいなことをやっているな。セリーナにもこのやりとりは伝えておいてやろう」

「別に後ろめたいことなんて何もないから好きにしてくれ。ギルド職員と冒険者の一般的なやりとりだ」

「ほぅ? エニタ以外と、そんな親密な態度でやりとりをしている姿は見たことがないがな」

「……気のせいだ」


 ともあれ。

 ギルドを出発し、徒歩三十分くらいのところに件の館があった。町の中心地付近であり、比較的裕福な人が住むエリアだ。このエリアでも比較的大きめの館で、小学校の校舎半分くらいはありそう。かなり立派な代物だ。

 ただ、残念ながら手入れが行き届いていないのが丸わかりで、そこかしこに雑草が生い茂り、建物もボロくなっている。雨が降れば雨漏りもしそう。


「幽霊屋敷じゃないが、なかなか野性的だな」


 俺がこぼすと、リナリスが続く。


「遺品整理より、建物を丸ごと焼き払った方が簡単かもしれん」

「物騒なこと言うなよ。ボロいけど、丁寧に補修すればまだまだ使えるさ」

「丁寧に補修する金があるなら、三十ルクで遺品整理など頼まないだろう」

「……確かに」


 そこで、スラミがピョンピョン跳ねながら言う。


「補修なら、ボクがある程度できると思うよ? 穴とかをボクの体で埋めればいいんでしょう? それに、この辺の雑草、いらないならボクが食べるよ? そしたら綺麗なお家に戻ると思う!」

「おお、確かにそういうこともできるか。スラミは本当に色んなことができるなぁ」


 スラミの頭をワシャワシャと撫でる。相変わらずそれを嬉しそうに受け止めてくれるのが嬉しい。髪が乱れるからやめてよ、とか冷静に言われたらちょっとショックかも。


「……雑草駆除くらいわたしでもできるさ」

「そこ、張り合うところか?」


 雑草駆除ができることを主張するAランク冒険者なんて、リナリスだけだろうな。


「ま、とりあえず入ろうか」


 前庭を抜けると大きい玄関があり、入り口のドアを強めにノック。これで住人に聞こえるかな……と心配していたら、タタタ、と内側から足音がする。

 ドアの前で音が止まり、女の子が声をかけてくる。


「どなたですか?」

「冒険者ギルドで遺品整理と清掃を請け負ったラウルと他二名です」

「ええ? 受けてくださるんですか?」

「受けますよ。報酬も三十ルクで大丈夫です。もちろん、何かいいものがあれば欲しいですけど」

「……そうですか。ありがとうございます!」


 ドアが開き、中からまだ年端もゆかない女の子が出てくる。年齢通りのあどけなさで、邪気のなさが初々しい。濃紺の髪はやや乱雑に肩口で切りそろえられ、野暮ったい印象なのが少し残念。肌は病弱に見えるくらいの青白さ。こんな大きな家に住んでいるのに、不釣り合いな安物の服を着ているのが気になるところ。

 ついさっきまで面倒臭い聖騎士と対峙していたから、この純朴そうな女の子には癒されるな。……決してこの子をどうこうしようという気持ちはないが。


「あの、初めまして。依頼主のカナリアラ・アンバールです」

「改めまして、俺は冒険者のラウル・スティークです。これ、ギルドからの紹介状。それで、こっちが……」

「ラウルの相棒のスラミだよー。人間の形してるけど、本当はスライムなんだ」

「リナリスだ。肩書きを言うなら、ラウルの恋人だ」

「待て、恋人になった覚えはない」

「まだそんなことを言っているのか? 優柔不断も程々にしてほしいな。同棲までしているのに」

「……まぁ、いいや。ここで言い争っても仕方ない」


 俺達のやり取りを見て、カナリアラがきょとんとしている。


「混乱させてしまいましたね。まぁ、とりあえず名前だけ覚えてもらえればいいので」

「はい……。あ、その、そんなに丁寧な話し方はしなくても大丈夫です。ちゃんとあたしと向き合ってくれている感じはありがたいですけど、あたしの方が子供なので」

「そう? じゃ、いいか。とりあえず、何をどうすればいいか、教えてもらってもいい?」

「はい。わかりました。その……でも、本当にいいんですか? 報酬は低いですし、この館にはもう、おそらく価値のあるものは残っていませんが……」

「いいよいいよ。ケチって安く済ませようなんて考えてるわけじゃないんだろ? あんたが払えるだけ払ってくれれば十分。お金はたくさん持ってる人からもらえばいいさ。俺はお金に困ってないし」

「そう……ですか」


 カナリアラが俺をじっと見つめてくる。頬が少し赤いような……。


「こんなに綺麗な人が恋人になるのもわかります……。優しい方なのですね」

「金勘定がいい加減なんだ。ま、とにかく詳しく依頼内容を教えて」


 こんな慈善活動じみたことができるのも、避妊具などの販売が上手くいっているからだよな。他人に優しくするには金がいるものである。


「わかりました。では、中へどうぞ」

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