女性問題

 あの女性のことは気になりつつも、俺はエニタに声をかける。


「大丈夫か? 面倒臭い客もいたもんだな。ギルド職員も大変だ」

「……はい。私は大丈夫です。助けてくださってありがとうございます。なんというか……非常にユニークな戦い方で、びっくりしましたが」


 エニタがちょっと複雑そうな微笑みを浮かべる。俺の作戦勝ちではあるが、かっこいいとかたくましいとかいうものではない。女性からすると反応に困るものだったろう。


「力のない奴は色々と工夫しないとやっていけないからな。あ、スラミ、もう戻っていいぞ。変なことさせて悪かった。ありがとうな」

「ん」


 ギルド内の男性陣に惜しまれつつ、スラミが一人に戻り、服を着た状態になる。そこらで男性が女性に小突かれているが、何かしら深い関係の男女なのかもしれない。あんなことができるならスライムマスターも悪くねぇなぁ、とかぼやいている男もいるが、それはさておき。


「ラウルさんなら、正面から戦っても勝てたんではないですか?」

「んー? どうだろう? 勝てたかもしれないけど、勝ったとしても後々面倒だろ? 教会に対する反逆行為だとか言われたら困るし。あれなら、キューリアってやつも本部に報告とかしないんじゃないかな? 女性の裸を見て茫然自失状態となり戦意を喪失しました、とか聖騎士のプライドが傷つくようなことは言えないはず」

「ふふ。そうですね。そうやって余計な争いを避けようとするところは、素敵だと思います」


 エニタの目に熱が籠もる。エニタの気持ちは知っているし、ここがギルドでなければもっと直接的に好意を伝えてきたかもしれない。

 二人で見つめ合っていると、リナリスがウウンと咳払い。


「おい、ラウル。わたしを無視して話を進めるな。事情は知らんが、あのムッツリ騎士を追い払えたのはわたしのおかげでもあるだろう。とりあえずわたしに感謝のキスをするのが先じゃないのか?」

「感謝はしているけど、キスはまた別の話だ。さっきはありがとうな。助かった」


 礼を述べると、リナリスが瞬時に距離を詰め、俺に抱きついた。身体能力の高さを遺憾なく発揮しすぎである。

 周囲の目など全く気にせず、リナリスは幸せそうに俺に体を預けてくる。流石に恥ずかしい。


「そういうのは後にしてくれよ……」

「嫌だ。今がいい」

「甘えんぼか」

「そうさせてるのはお前だ」


 どうしたものかね。助けてもらったのは確かだし、積極的に追い払うわけにもいかない。

 俺達の隣で、スラミがエニタに尋ねる。


「ねぇねぇ、エニタ。とりあえず追い払えたけど、パーティーの募集はどうするの? 三千ルクでAランク冒険者三人は集まらないでしょ? そしたら、またあいつ、怒り出すかも」

「あ、そ、そう、ですね……。は、はっきり、言って、こんな依頼は無理……で、す。ど、どうしま、しょうね」


 エニタが落ち着かない様子で、どうにかスラミの問いかけに答える。


「俺達がいれば追い払うことはできるけど、それじゃ解決にはならないんだよな……」


 教会関係者が厄介なのは、対立した際に個人同士の争いで終わらず、バックについている教会との争いに発展してしまうこと。こちらも相応の組織を後ろ盾にしないと、対抗するのは容易ではない。ギルドは冒険者の引き起こす問題に積極的な介入はしないので、助力は期待はできない。

 ローレン商会に協力してもらうという手段はあるが、かなり強力な切り札でもあるし、できるだけ温存しておきたい。

 どうすれば解決になるのか……。考えていると、リナリスの腕が締まる。


「おい。わたしと抱き合っているのに、余計なことを考えるな。失礼な男だな」

「あ、ああ、悪い。ってか、ここじゃそんな集中できないって……」

「ふん。まぁ、いい。そうやってつれなくされると、わたしも燃えるものがあるからな」


 ギリギリと締め付けられ、かなり苦しい。

 俺が余裕をなくしていると、スラミが淡々と続ける。


「そういえば、ダンジョンの下層に行くって言ってたよね? なんの目的で行くのかな? 何か欲しいものがあるってこと? ラウル、どう思う?」


 あ、俺に訊いちゃう? こっちに集中しろ、とリナリスに怒られているのに? っていうか、スラミ、少々機嫌が悪いのか? ほやんとした微笑みに、いつもは感じない迫力があるぞ?


「んー、どう、かな……」


 ギリギリギリ。スラミに反応したことで、リナリスがさらに締め付けを強くする。このままだと背骨が折れてしまうぞ?


「今回だけのことを穏便に済ませるなら、ボク達でその欲しいものを取ってきてあげるっていうのもいいのかな? ボク、ラウル、リナリス、イヴィラ、ラディアが協力すれば、下層の探索も不可能ではないよね?」

「そ、う、だな……」


 呼吸が苦しい。意識がもうろうとしてきた……。


「ラウル、顔色が悪いよ? 大丈夫?」

「……ダメかも」


 そこでようやく、リナリスが俺を解放する。


「ふん。抱きしめているときくらい、わたしのことだけを考えればいいものを」

「……こ、ここじゃ無理だ、って」


 ようやく思い切り息を吸い込んで、少し落ち着く。


「続きは帰ってからだな」

「……続きがあるのか」

「わたしはまだ満足していない」

「そうか……。まぁ、わかったよ」


 普通にリナリスを抱きしめるだけなら、もちろん嫌というわけではない。帰ってから続きをしよう。


「……ボクも頑張ったんだけどなぁ。お礼だけかぁ」


 スラミが呟く。リナリスの影響なのか、スラミが少し嫉妬を表に出すようになったな。それに、スライム型より少女型でいることも多くなり、性格が女性的になってきているような感じもある。姿が変われば精神も一緒に変わっていく……ということなのか。


「ああ、スラミ、今日もありがとうな。えーっと……まぁ、いいや」


 ギルド内であるにも関わらず、俺はスラミをそっと抱きしめる。スラミは幸せそうに満面の笑みを浮かべて、俺の胸元に顔をすり付けた。

 周りから呆れられつつ、しばしのハグ。感触が完璧に少女のものとしか思えず、柔らかさが心地よい。

 それが終わると、スラミは勝ち誇ったようにリナリスに言う。


「リナリスみたいに強引なことしなくたって、こんな風にすればラウルは優しく抱きしめてくれるんだよ? お互いに幸せになれるハグの方がいいと思わない?」


 その挑発で、リナリスが頬をひきつらせる。


「ほほぅ……。それはわたしに対する挑戦状だな? ラウルにまとわりつくだけの愛玩少女型スライムと思っていたが、女としてわたしに戦いを挑む、と? いいだろう。ラウルの相棒とて容赦はせん」

「ボクだって、いつまでも見てるだけじゃないよ? ボクはラウルの子供を産めないけど、女としても、相棒としても、一番になりたいなぁ、って思い始めてる。負けないよ?」


 キューリアが去ったのに、今度はスラミとリナリスが睨み合っている。できれば仲良くしてほしいのだけれど……俺が誰も拒絶しないのが原因なんだよな。申し訳ない。


「あ、あの! 勝手に二人で盛り上がらないでくださいね!? 私だって、まだ負けたつもりはありませんから!」


 職場であるにも関わらず、エニタまで参戦してきて、また場が混乱する。


「まさかエニタちゃんまで……」「なんであの冴えないやつがこんなにモテるんだ……」「スライムマスター、単純に死んでほしい」


 様々な恨み節が飛び交う。俺、このギルドに出入り禁止にならない? っていうか、ギルドに来る度に命を狙われるとかないよね? 大丈夫?

 そこで、エニタの同僚である女性職員が、パンパンと手を叩く。


「はいはい、ギルドに女性問題を持ち込まないでくださいね! ラウルさん、厄介な客を追い払っていただいたのは感謝しますが、これ以上騒ぎを大きくしないでください! 女性を囲うなら、相応の甲斐性を身につけてくださいね!

 エニタも勤務中は仕事に集中!

 リナリスさん、今やこの町で随一の実力者であることは認めますが、大人の女性として場をわきまえてください! その方がよほど魅力的です!

 スラミさんも、きちんと場をわきまえて、パートナーとして叱るべきときは叱って、支えるべきときは支えて、甘えるときには存分に甘えてください! 相手の成長を促せてこそ良きパートナーてすよ!」


 その言葉に、俺達はうなだれながら返事をする。なかなかに鋭く的確で胸が痛いぜ。

 エニタの同僚さん……。名前も知らない相手だけれど、このギルド内ではかなりの実力者なのかもしれない。憧れるなぁ。


「さ、皆さん、休憩は終わり! お仕事を再会しましょう!」


 そのかけ声で、ギルド内が通常運行に切り替わる。

 俺も、当初の予定通り、とりあえず何か依頼クエストを受けようかな。

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