弱点

「貴様は何者だ?」


 まとわりつくハエを疎むような態度で、吐き捨てるように男が言う。


「見ての通り、しがない冒険者ですよ。ランクはCなので、あなたのご期待に添える人材ではありませんが」

「Cランクだと? ふざけるな。そんな下等なゴミ虫が、聖騎士たる私に話しかけるなど大罪に等しい。……今すぐ目の前から消えるのなら、寛大な心でその思い上がった言動を許してやる。失せろ」

「おいおい、話しかけただけで大罪かよ。それはちょっと言いすぎだろ」


 相手があまりに失礼なので、いつもの口調に戻ってしまった。

 そんな俺をひと睨みし、男は底冷えする声で告げる。


「私は失せろと言ったのだ。人の形を保ちながら、人の言葉を解せぬケダモノよ。蒙昧な害獣にかける情けはない」


 男が攻撃の雰囲気を出した瞬間、俺はバックステップで距離を取る。さっきまで俺がいた場所を刃が通り抜けた。

 ……避けてなかったら首を切断されていたのだけど、本気で殺しに来たってことか?


「ほぅ、今のを避けるか」

「感心してる場合じゃねーよ。お前、今、本気で俺を殺そうとしてなかったか?」

「それがどうかしたか?」

「……本気で何も悪いと思ってないやつだ。怖いな、こいつ」


 自分の意に沿わぬ者は全て殺しても良いと思っているのだろうか? どんな育ち方をすればこんな極端な性格になってしまうのだろう? 聖騎士だって無闇に人を殺せば罪になるし、処罰を受ける。はずだ。まだ色んなところで未成熟な世界とはいえ、横暴な殺人が許されるほどトチ狂ってはいない。


「お前は、人類に仇なす害虫の駆除を罪悪だとでも言うのか?」

「……そんなこと言うほど俺は聖人じゃねーや。

 ただし、お前の考えている「人類」ってやつが、この世界に住むいったい何パーセントのことを指すのかは大いに疑問だ。ごくごく一部の人間だけに価値があるとする発想なら、そのアイディアこそが罪悪だと思うな。

 お前は、おそらくとても敬虔なラミラト教徒なんだろう。ラミラト教徒の世界では、お前はいつも正しくて、正義の体現者なのかもしれない。

 だけど、自分達は正しい、自分達は優れている、自分達は神に愛されている……そして、自分達以外の全ては間違っている。そう思い込んでる人間は、実は異質のものを受け入れる勇気のない、引きこもりの臆病者なんじゃないか?

 特に、極端にラミラト教を崇拝してるお前みたいなやつは、神にすがらないと何もできないし、わからない、そして、己の心も意志も表に出せない、悲しい存在なんじゃないか?」


 話の途中で邪魔してくるのではないかと思ったが、男は案外おとなしかった。

 しかし、男はフッと嘲るように笑う。


「邪悪な魂を持つ者は口が達者だと言う。まさに、お前のようなやつだ。悪の化身を討つことは、我ら聖騎士の使命。……ここで滅びよ」


 男が魔力を解放し、本気で戦う気になっている。あまり余計なことを言うべきではなかったか。この男と戦って勝てる保証などない。

 ここは無責任に逃げるが勝ちかな。俺には命懸けで戦う理由などないし、逃げ切るくらいはなんとかなるのではなかろうか。

 俺が逃げる方法を考えていると。


「おい、そこの駄騎士。誰に刃を向けている?」


 ギルド内が急に真冬の気温になり、リナリスの凍った声が響く。どうやら、リナリスは一度家に帰ってから、再度ギルドに戻ってきたらしい。俺を追いかけてきたのだろう、とは容易に察する。リナリスの行動パターンは概ね把握済みだ。

 そんなリナリスの凶悪な気配に、男が初めて怯みを見せる。


「……何者だ」

「これから死ぬ人間に名乗る意味はあるのか?」


 リナリスが弓を構える。込められた魔力から、本気で殺しても構わないと思っているのがわかる。


「……私を殺すだと? そんなことをすれば、教会を敵に回すことになるぞ。その意味がわからないわけではあるまい?」

「暗に、わたしには敵わないと認めたな。実力差がわかる程度には利口なようだ。しかし、お前は誰かに刃を向けることの意味がわからぬ愚か者だ。

 刃を向けたからには、刃を向けられる覚悟くらいはあるのだろうな? まさか、ただ弱者をいたぶっていい気になっているわけではあるまい。気高き聖騎士様がそんな見苦しい真似をするはずないからな」


 男は額に冷や汗を浮かべる。正確にどちらの実力が上かは俺には計りかねるが、二人がぶつかれば両者とも無事では済むまい。

 リナリスは非常に頼もしいが、危ない真似はしないでほしいとも思う。まぁ、俺が首を突っ込んだのが原因ではあるのだが。

 両者が睨み合う。男が少しでも動けば、リナリスは容赦なく矢を射るだろう。男もそれはわかっているようで、どう動けば良いかわからず途方に暮れている印象。

 うーん……リナリスが勝てるとしても、結局後々面倒なことになりそう。ここはうやむやにしたいというのが正直なところ。


『なぁ、スラミ』


 こういうとき、念話でこそっと相談できるのは実に便利だ。


『うん? どうしたの?』

『悪いんだけどさー、ちょっと俺のお願い、聞いてくれる?』

『うん。いいよ。何をすればいい?』

『たぶん、この男はこういうのが弱点だろうなって思うのがあってさ……』


 リナリス達が膠着状態にいる中、俺はスラミとささっと作戦会議。難しいことをするわけではないので、話はすぐに終わった。


『……いいかな? こういうこと、スラミでもしたくないかな?』

『んー、ま、いいよ。ボクは人間じゃないし、気にならない』

『なら、頼む』

『うん。わかった』


 スラミがその場で三人に分裂し、さらに容姿を変化。青髪ツインテールのロリ巨乳から、清楚っぽい黒髪女子、グラマラスな金髪美女、胸の強調されない桃髪の正当派ロリっ子になった。

 睨み合う二人とも俺達の行動に疑問を抱いているようだが、男はこちらに意識を向ける余裕はあまりない様子。

 三人娘になったスラミは、ある程度距離を置いて男の前に立つ。

 男は警戒を見せるが、戦意があるわけではないスラミに困惑している。

 そこで。


「せーの」


 清楚っぽい黒髪女子の合図で、三人の服がパサリと床に落ちる。

 露わになる、三者三様の美しい裸体。

 一人目。大人と子供の中間にあり、瑞々しく、新緑のまぶしさを感じさせる清楚女子。豊かすぎない程良い大きさの胸部がまた魅力的で、あどけなさを残した青春のきらめきが胸を疼かせる。

 二人目。成熟した女性の持つ妖艶さを遺憾なく発揮した、グラマラスな金髪美女。個人的には大変好みな豊かな膨らみに顔を埋めたくなる。大人の女性が持つ包容力は、いつまでも大人になりきれない男心をくすぐってくる。

 三人目。純真無垢の笑顔が庇護欲をかき立ててやまない、いわゆるつるぺた体型のロリっ子。年齢設定は十一歳くらいだろうか。処女雪の汚れなき輝きに、背徳的な欲望を刺激される者もいないわけではない。

 三人が、それぞれの特性に合わせたセクシーポーズで、聖騎士の男を魅了する。

 男は思考が途切れたように惚けた顔になり、三人の裸体を順に見ていく。その視線の流れから察するに、どうやらこいつは清楚女子がお好みなようだ。

 というか、この反応を見るに、俺のある予想も当たった。

 この男、ほぼ間違いなく童貞である。

 ラミラト教においては、結婚前の性交渉は禁止されている。全員が生真面目にそれを守っているわけではないだろうが、この堅物そうな聖騎士であれば、きっとその決まりを守っているに違いない。

 しかも、ラミラト教において性欲は汚れであり、克服すべきものである。自涜行為は恥ずべきものとされ、敬虔な信者は性的なものから距離を置く。

 だが、まぁ、若い男子にそんな禁欲生活は確実に体に毒である。

 適度に排出しないと生殖機能が衰えてしまうとか、排出されない精子は古くなるので妊娠に悪影響だとか、前立腺ガンになる可能性が高まるとか、そういう医学的な話は別として、本当に精神的に辛いものである。溜めすぎると、性的なことしか考えられない桃色脳になってしまうのである。


「な……? は? え?」


 男の言語能力が劇的に退化し、惚けたまま呻くばかり。

 ああ、そうか。こいつは、女性の裸を見ることさえ初めてなのだ。こっちにはそういう商品は少ないし、写真もない。二十歳程度まで童貞で、初めて裸体を拝んだら、そりゃ思考もスパークするわな。

 男の様子を見て、リナリスが完全に構えを解き、やれやれと肩をすくめる。


「まったく。男とは本当にしょうもないな」


 リナリスだけでなく、ギルド職員も、他の冒険者も、クスクスと笑いながら男の反応を見ている。一部、スラミを凝視している者もいるが、俺とスラミからのサービスだ。スラミは、モンスターだからか裸を見られて恥ずかしいという感覚がないらしいし、今は存分に楽しんでくれ。

 さて、完全に呆けてしまったこの男をどうすべきか。

 思案していると、今まで静かだった女性の方がパンッと手を叩く。

 そこで、男の方が少しだけ我に返った。視線はちょいちょいスラミに向いているが。


「……キューリア様。用件は済みました。一度離れましょう」

「あ、ああ……」

「剣をお収めください」

「……ああ」


 キューリアと呼ばれた男は、剣を鞘に収め、女性に引かれながらひょこひょことギルドの出口に歩いていく。

 キューリアを外に出した後、女性の方が一度戻ってきて、ペコリと頭を下げた。


「大変、失礼いたしました。申し訳ありません」


 丁寧に告げて、最後に俺を見た。何かを言おうとして、しかしそれは言葉にはならず、唇だけが動いた。


『助けて』


 そんな風に動いたように見えたのは、気のせいだっただろうか。

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