聖騎士

 それから、二十分程はソラの部屋に居座っていたのだが、俺がいると落ち着かない、ということで追い出されてしまった。


「……私のために色々してくれるのは、感謝してる。でも、あまり私に近づかないで。あなたといると……ううん。なんでもない」


 切なそうな顔で言われて、俺は上手い返しもできなかった。

 ソラの心情は、俺にはわかってやれない部分も多い。

 いつかセリーナも言っていたが、ある程度俺に対する好意があるからこそ、その気持ちに目を向けるのが辛い、とかもあるのかもしれない。心の傷は目に見えず、本人にしかその具合はわからない。何も焦る必要は何もないし、じっくり見守っていこう。

 おとなしくソラの部屋を出て、しばしスラミと遊んだり納品物を作成したり。

 昼頃になったら、俺、スラミ、ソラの三人で食事を摂る。ぼちぼちリナリス達が帰ってくる頃かなと思っていたのだが、食事を終えても三人は帰ってこなかった。

 イヴィラ達はこれくらいの時刻で眠気のピークが来るはずなので、そろそろ帰ってくるとは思う。もしくは、外出先で耐えきれずに寝てしまっただろうか。

 気にはなるが、リナリスがついているなら特に心配もいらないはず。帰りを待ってから出掛けようと思っていたけれど、納品もあるし、スラミと共に家を出た。

 まずはエミリア商店に赴き、避妊具と生理用品を納品。

 実のところ、避妊具と、改良を重ねる生理用品の販売はすこぶる好調で、お金には全く困っていない。直近の一ヶ月でもニ万ルク以上の儲け。この販売の勢いはさらに増していて、今後もどんどん稼ぎは増えていくだろう。

 それでも、冒険者業は続けていきたいと思う。避妊具の販売は俺からするとちょっと簡単すぎて、充実感も特にない。これだけやっていたら退屈だ。

 納品が終わったら、今度は冒険者ギルドへ。

 ギルドに到着したら、ひとまずカウンターのエニタにリナリスがいるかを確認。すると、朝、ギルド長と何かしらの話をした後、三人でちょっとした依頼クエストをこなし、さきほど帰ったのだとか。入れ違いになってしまったようだ。

 あの三人とはどうせまた家で会うのだし、わざわざ急いで帰る必要もない。俺は俺で仕事をこなそう。


「今日は何か優先した方がいいやつはある?」


 尋ねると、エニタは親密な笑みを浮かべながら首を横に振った。


「今のところはありません。ラウルさんが日々こなしてくださるおかげです」

「そっかそっか。ならよかった。じゃあ、何かあまり時間のかからないものでも受けようかな……」


 カウンターを離れ、掲示板に向かっていたところ。

 ギルドには場違いな雰囲気の若い男女が二人、カウンターに向かってきた。

 男女とも二十歳前後で、男の方は教会関係者とすぐわかる、特徴のあるプレートアーマーを着ていた。鎧自体のデザインは割と一般的だろうが、肩の部分や剣に特有の竜の紋章があしらわれている。

 つまり、あの男はこの世界ではかなり大きな勢力である、ラミラト教の聖騎士だ。


「関わりたくないのが来たな……」


 誰にも聞こえないような声で呟く。

 教徒全員がそうではないが、聖騎士はちょっとした選民思想を持っている者が多く、プライドも高くて、特に他教徒を見下しがち。そいつは金髪碧眼のハンサムな男ではあるのだが、横柄さがにじみ出ていて好感は持てない。

 しかし、何故こんなとこらろに来たのだろう。連中は冒険者ギルドを『異端者の掃き溜め』と呼んで毛嫌いし、訪れることはほとんどない。

 何か異常事態でも起きたのだろうか? ついに天喰いの獅子帝グラトニー・ライオン達が森の外に出てきたか? それなら何かしら知らせがあるよな……。

 もう一人の女性は、修道女か何からしき露出の少ない恰好。竜の紋章を象ったペンダントを身につけているし、男性の仲間なのは間違いない。ただ、男性とは対照的にかなり控えめな印象で、おどおどしているとさえ感じる。クセのある珊瑚色の髪もややパサついているし、同色の瞳も陰っている。ラミラト教の信者は無闇に自信に満ちた者が多いので、かなり違和感がある。

 それにしても、ラミラト教か……。姉の一人がそこで聖女様をやっているはずだが、元気にしてるのかね?


「おい」


 男の方が、見た目通りの高圧的な態度でエニタに話しかける。


「はい……。ご用件は、どういったものでしょうか?」

「一緒にダンジョンの下層に向かう者を探している。ランクはA以上で、三人」

「Aランク以上、ですか? しかも、三人も……?」

「金はある」


 男はカウンターに金の入った袋を置く。中身は見えないが、それでも大した金額は入っていないだろうことを察する。エニタも戸惑いながら中身を確認。


「えっと……三千ルク、ですか? 一人、千ルク……?」


 Aランクの冒険者を指定して雇うなら、一人十万ルク以上を払うのが一般的。ヴィリクが毒花の姫君ポイズン・プリンセスの討伐に十万ルク出したのも、相場からすれば安いくらい。それくらい、Aランクの人材とは貴重なのだ。


「何か問題でも?」

「あの……一時的なパーティーの募集依頼を承ることは可能ですが、この金額では」

「パーティーなど求めていない。私のために働く駒を探している」

「駒……です、か」


 男の言葉に、俺だけじゃなく、ギルドに集まっているの冒険者、そしてギルド職員が冷ややかな態度になる。

 冒険者と教会は、だいたい仲が悪い。それなのに、わざわざ冒険者を駒呼ばわりとは、どういった神経をしているのか。


「そうだ。異端者が聖騎士の仲間になれるなどと思われては困る。私の命令に従い、命を懸けて戦う駒を求めているのだ」

「……そうですか。募集をかけることは可能です。ここでは依頼料の最低額を定めておりませんので」

「明日にはダンジョンに潜る予定だ。それまでに集めろ」


 あくまで高圧的に、無茶なことを言ってのける。命懸けで戦う凄腕の駒を、たった千ルクで集めようなんて正気とは思えない。


「……恐れ入りますが、ギルドとしてできることは、募集をかけたり、目ぼしい冒険者にお声かけしたりする程度のことです。募集に応じるかどうかは冒険者次第。この金額では、到底人は集まりません」


 エニタの至極真っ当な意見に、男は眉をひそめる。


「お前の意見など聞いていない。集めろと言われたら集めろ。無能が」


 エニタが珍しく機嫌悪そうに相手を睨む。

 しかし、あくまでギルド職員としての職務をまっとうするつもりのようで、文句などは言わない。


「至らぬギルドで申し訳ございません。しかし、事実として、この少額で募集をかけても、実力者は集まらない可能性が非常に高いです。報酬だけでもお考え直しいただければ……」

「異端者に渡す金などこれで十分だ。むしろ、その汚れた魂で神のために働けることを光栄に思うべきだ。本来なら、自ら金を払ってでも志願するのが筋であるところを、慈悲の心で金を払ってやると言うのだ。これ以上の金は払わぬ」

「……そうですか。承知致しました。しかし、この報酬では人は集まらないだろうことは……」

「何度も言わせるな! 私は集めろと言っている! これは命令だ! 従わぬなら、教会への反逆罪で処罰する!」


 男の恫喝に、エニタが怯む。理不尽過ぎる物言いで、居合わせた冒険者もギルド職員も苛立ちを見せる。

 しかし、面と向かって文句を言う者はいない。どれだけ横暴であろうと、教会の力は絶大。この男を力で圧倒したところで、奥に控える教会組織全てを敵に回すのは得策ではない。

 この男の実力は、冒険者で考えるならAランク行くかどうか。リナリスなら倒せるはず。しかし、教会本部にはSランク以上の実力者も何人かいて、この男を倒すなら、そんな大物も相手にする覚悟がいる。

 その上、ラミラト教の信者は世界に無数にいるわけで、そいつらにまで嫌われると普段の生活もしづらくなる。この町は比較的ラミラト教の影響は小さいのだが、それでも何かしら支障は出てくるだろう。

 様々なリスクを考えると、こんな連中は敵に回したくないのだ。

 俺だって、応対しているのがエニタでなかったら、何も見なかったことにしたかもしれない。

 俺は、ふぅ、と溜め息を一つ。それから。


「無理な命令をして、それができなければ反逆罪で処罰ってのは、流石に横暴過ぎるんじゃないか?」


 割って入ると、エニタはほっとした表情を見せた。一方、男の方はあからさまに顔をしかめ、俺を侮蔑の目で睨んできた。

 あーあ、厄介なことにやりそうだ。

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