説明を終え、ガリ版印刷に必要な道具を一式手土産にしてやると、ヴィリクが席を立つ。


「当初の目標は達成できなかったが、有意義な時間となった。手始めに、避妊具の普及に尽力した男は、屈指の女好きであったことを本にして広めよう」

「んなことするなら、ローレン商会の長は護衛と称して若い娘を囲う変態紳士だ、っていう暴露本を出してやる」

「なるほど、そういう使い方もあるわけか。成功者や教会、王室の暴露本……飛ぶように売れるだろうな」

「代わりに命を狙われるだろうよ」

「世の中には密売というものがある。公に見つからぬように商売をするのも、そう難しいことではない」

「おい、危険なこと言うな。あんたが言うと冗談にならねー」

「冗談ではないからな」


 ヴィリクがクククと腹黒く笑う。正々堂々とやってるだけで上手くいくほど世の中単純ではないだろうが、やはり裏社会の一端を見るのは怖いな。

 渋い顔をしていると、ヴィリクはフッと健全に笑う。


「では、またいずれ会おう。特に、ラウル君」

「……あんまり会いたくないが、必要なときは仕方ない」


 ヴィリクが去るのを店先で見送り、俺は一息吐く。厄介ごと、と言ってしまうのは失礼だろうが、とにかく一つ難題が片づいた。

 リナリスはヴィリクの姿が見えなくなるまでずっと立ち尽くしていたが、やがて吹っ切るように首を振る。


「なぁ、リナリス。昔、ヴィリクと何があったかとか、訊いてもいいか?」

「……面白い話ではないが、聞きたいなら話そう」

「おう。聞きたいな」

「わかった。その代わり、わたしと熱烈なキスをしろ」

「……おい。またそういう話になるのかよ」

「当然だ。タダで情報を渡すほど、わたしはお人好しじゃない」

「うーん……」


 リナリスの過去は気になるが、この分だと少しお預けかな……。俺の思案をさえぎり、エミリアが言う。


「ところで、ずっと気になっていたが、お前達はどういう関係だ? ラウルはセリーナとだけイチャついてるんじゃなかったのか? 私を差し置いて、どうして他の女とそんな話をしている? まさか、セリーナ以外の女と寝たりしてないよな?」


 エミリアの目が鋭く光る。おおっと、これは危険な予感がするぞ。


「わたしはもうラウルと肌を重ねた。お前も、欲しいものはすぐに手に入れないと他の誰かに盗られるぞ? ラウルを求める女は少なくない」


 リナリスが挑発的に微笑む。エミリアの顔がひきつり、俺を睨む。


「どういうことかな? セリーナを振ったのか? ん? じっくり話を聞かせてもらおうか?」

「待て待て。セリーナとは仲良くやってるよ。リナリスとのあれもちょっと話が違う。説明するから、サラーに目配せするのやめろ。サラーも臨戦態勢になるな」

「すみませんラウルさん。このサラーはエミリアさんの命令には逆らえないのです」

「命令はされてないし、単純に愉快そうに笑っているのは気のせいかな!?」

「単なる光の加減の問題ですよ」

「随分都合のいい光の加減だな……。謎の光か」

「謎の光とは?」

「いや、こっちの話」


 アニメでよくある謎の光。なんてこっちで通じるわけもない。

 さておき、店先で何をやっているんだか。

 俺が色々なきっかけになっているのは事実だから、自分できっちり背負っていかねばならないのはわかっている。こんな展開が嫌なら、もっと明確な意志を持ってリナリスも拒絶しなければならなかった。

 それができない俺は、この先もこんなことがたくさんあるんだろうな。


「ラウル、安心しろ。わたしにかかればサラーなど敵ではない。それに、この先どんな敵が現れようと、わたしがラウルを守る」

「おい、リナリス。勝手に俺をか弱いお姫様にするな。っていうかエミリアもサラーも敵じゃない」

「ラウルに近づく女は敵だ。ラウルに近づかない女は、チャンスをうかがっている敵だ」

「どこで覚えたそのセリフ……」


 どっかで聞いたことがあるような、ないような。

 リナリス、エミリア、サラーが睨み合う中、スラミがやってきたお客さんの対応をして、場がふと緩む。やはりスラミの癒し効果は最高だね。


「もうっ。営業中なんだから、そんなことやってる場合じゃないでしょ?」


 スラミが可愛らしくサラーとエミリアを叱る。それでひとまず騒ぎは終息し、俺はスラミの頭を思い切り撫で撫でした。ちょっとスラミに甘えすぎかもな。

 しかし。


「ちなみに、ボクだってリナリスの敵なんだから、忘れないでね?」


 スラミが耳打ちしてきて、俺は気まずさに頭を掻くばかりだった。

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