それぞれの……
「それは君のワガママではないかね?」
「かもしれません。結局は、私が商人として大成する足がかりを失いたくない、というのが大きな理由の一つです」
「そのワガママで、苦しむ人は無数にいる」
「わかっています。避妊具の普及が遅れることについては、世の女性から非難されても仕方のないことでしょう。
しかし、あえて私がこの商売をやることに意義があるとも考えます。女の身で全国規模の商売を進めていくことが、社会的にも大きな変革をもたらす可能性があるのです。
長年、大きな商売は男が取り仕切っています。それは男の方が優れているからではなく、極端に言えば男が女を押さえつけ、社会を支配しているからです。私がこの状況を打開することは、長期的に見れば非常に意義があることでしょう」
「ふむ……それは確かに悪い話ではない。私とて、男が牛耳る社会を良いと思っているわけではない。女性の大商人の出現は良いことだ。
ただまぁ、ある程度、男女で性格的な向き不向きはあると思う。男も女も多くの従業員を抱えているが、比較してみると、男は女よりも商売に向いている者が多い」
「……それを否定するつもりはありません。男と女では往々にして見ているものが違います。
女は、商売よりも身近なことに目を向けがちです。利益や社会云々よりも、家庭や子供、そして自分の直近の未来への関心が強い。それに、感情を排し、ただひたすら最大効率、最大利益を求めるのも苦手かもしれません」
「そうだな。女性は、商売よりも芸術に向いている者が多い印象だ。男より豊かな感情を、何らかの形で表現したがっているように見える」
「それも否定はしません。たとえば、男が中心になって作る社会と、女が中心になって作る社会。その発展の仕方を十年比べてみれば、後者は様々な面で彩りが豊かになりそうですが、前者の方が圧倒的に発展が速いとは思います。ああ、ただし、長期に渡る戦争期間がなければ、の話ですがね」
エミリアは皮肉っぽく付け加えたが、ヴィリクは静かに頷いた。
「……戦争は概ね、男のくだらない暴力性や野心、思いこみから起きるもの。
世界征服の野望を持って進軍するなどは特にそうだな。世界を征服し、全ての富を我が物として、それが何になるだろう? 世界を己の思い通りにして、それが何になるだろう? 一人の人間に持てるものなど高が知れているし、ままならぬからこそ世界は面白い。
世界征服や世界統一を何かたいそうな物と捉える者も少なくないが、本当に幼稚で浅慮な行いだ。五歳児の妄想を引きずっているようにしか見えん」
エミリアが眉をひそめ、やや気勢を削ぐ。
「……あなたは、商売で世界征服でもなそうとしているのかと思っていましたよ」
「まさか。私はただ、必要なものを必要な場所に届けているだけのこと。そうやって世界の安定を試みる。物が充足すれば、少なくとも物資を巡る争いはなくなるだろう。……もちろん、物が充足したからこそ、他者を支配したいなどというくだらない野望を持つ者も現れるがな」
「……物があってもなくても、争いの火種にはなりえます。
とはいえ、あなたの志は素晴らしいとは思います。しかし、結果として、あなたは世界を征服するに至るのではないでしょうか? 商売が上手くいきすぎれば、究極的には世界の物資をローレン商会が握ることになります。そうなれば、世界はあなたの望み通り自在に操れるでしょう。それは間接的な世界征服では?」
「そうなる可能性はある。だが、私は世界を我が物としたいわけではない。ただ、世界から余計な争いを排し、ありのままで発展できる土壌を作りたいだけだ。多少、私の主観が反映されることにはなるだろうが、大多数にとって良い世界となるだろう」
「……大多数以外の人はどうなりますか?」
「残念ながら、世界の全ての人を等しく幸福にする手段は、私にもわからない。しかし、それでも私の目指す未来では、多くの人が幸福を手にするだろう。少なくとも、今よりは良い状況になっているに違いない」
「……あなたの、商人としての最終的な目標はなんなんですか?」
「最終的な目標は、まだはっきりとはしていない。途中で変わることもあるだろう。ただ、当面の目標としては、世の大多数の人間が安心して暮らせる世界を作ることだ。そのために、欲しい物がきちんと人々の手元に届くよう、全国あまねく商売を広げている」
「なるほど……。ローレン商会に悪い印象は持っていませんでしたが、長がその志を持っているのならば当然のことでしょう。
……それでも、ローレン商会は、かなり利益の追求にこだわる側面があると感じますね」
「利益の追求は当然行う。それが商売であるし、見返りとして、私も相応のものはいただく。
ただし、私にはこれでも浪費癖はないつもりだ。大金を貯め込んでいるが、それは不測の事態に備えるためでもある。
例えば、不意に強力なモンスターがこの町を襲ってきたらどうする? 人々を逃がすのにも、新しい住居を見つけるのにも、被害にあった町を復興するのにも、大金が必要だ。必要とあれば、私は貯め込んだ金を使って人々の救済をして見せよう」
ヴィリクは、それが実際に起こるかもしれないことを知っている様子。ギルドから情報は仕入れているようだ。一方、エミリアはそれをまだ知らないので、やや不審そうにしている。
「……口では何とでも言えますが?」
「苦しい反論だな。これでも多少は実績もある」
「……まぁ、そうなのでしょうね。護衛の二人を見たところ、ただ金で雇われているだけの者にはない気概を感じます」
「君は人を見る目があるな。そして、人を引きつける力もある。表の娘も、ただ金で雇われているだけではないのだろう。良い人材だ。私のところに欲しいくらいだよ」
「サラーは渡しません。非常に有能な人材なのでね」
「むしろ、君自身もローレン商会に欲しいと思い始めている。私の傘下に入らないかね?」
ヴィリクの提案に、エミリアが言葉に詰まってきょとんとする。
「は……? あなたに、雇われろ、と?」
「そうだ。君は、女性商人の台頭も目指しているようだ。ならば、私がその環境を用意しよう。
そうだな、君がローレン商会に入り、そこで避妊具販売の責任者となるのはどうだろう? 君の商売がやりやすいように、こちらで場所も人員も用意する。ローレン商会の名前を利用し、君は女性商人としての地位を確固たるものにする。良い話ではないかね?」
「お断りします」
「……ほぅ。即答か」
ヴィリクがニヤリと笑う。誘いを断られて苛立つ雰囲気はない。
「私は、私の力でのし上がらなければいけません。結局は大商人の後ろ盾があってこそ成功した、というのでは意味がないのです」
「……なるほど。君はなかなか意志が固い」
「昔から頑固者ですよ」
「厄介な娘だ。……ラウル君、ひとまずここまでの話を聞いて、君はまだエミリアにだけラミィを売るのかね? 私に預けることにも、大きなメリットがあると思うが?」
話を振られて、全員の視線が俺に集中する。二人で話し合っていたが、生産者は俺なので、決めるのは俺か。
迷うような、既に答えは出ているような……。さて、なんと答えたものかね?
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