会議

「むむ、今日はとんでもないお客様を引き連れてますね……」


 俺達の顔を見るなり、エミリア商店の店頭に立っていたサラーが渋い顔をする。


「急に悪いな。 っていうか、ヴィリクの顔、知ってるのか?」

「つい最近知りました。凄腕の護衛を引き連れる初老の男性のことは、近頃ちょっとした噂になっていましたので。その人が、 まさかあのヴィリク・ローレンさんだと知ったときは驚きましたよ。その上、ご本人がこのお店にやってくるとは思いませんでした」

「まぁ、ちょっとわけありでね」

「エミリアさんに用事、ですよね? それはそうとして……やたらと親しげなそのエルフさんは何者です? 好みの美少女が現れたから、セリーナさんのことは即座に切り捨てたんですか?」

「まぁ、そういうことだ。最初に恋愛関係になったというだけで、よく考えるとたいした女でもなかった」

「待て、リナリス。勝手に俺の気持ちをでっちあげるな」

「いずれ真実になる」

「ならねーよ」

「ふむふむ。どうやら随分と仲が良いようですね。息ぴったりじゃないですか。本当にセリーナさんから乗り換えるんですか?」

「そのつもりだ」

「だから、リナリスは勝手に俺の気持ちをでっちあげるなって」


 俺達がわちゃわちゃし始めると、スラミが冷静にサラーに問う。


「ねぇ、エミリアは中にいる? 忙しい?」

「今日はまだ中にいらっしゃいますよ。忙しいでしょうけど、ラウルさん達は優先してくださるはずです。エミリアさん! お客様です!」


 サラーが店舗内に声をかけると、エミリアが顔を出す。そして、ヴィリクの顔を見て目を細めた。


「……ローレン商会。まったく、ラウルと知り合ってから落ち着く暇がないな」

「いつも騒がせて悪い。急な話だが、俺と一緒にヴィリクの話を聞いてくれないか?」

「ラウルの頼みは断れん……。中に入れ。サラー、しばらく店は任せる」

「承知です! ごゆっくりどうぞ!」


 エミリアに促され、俺達は店舗内に入る。生活空間ではないから、総勢七人が入るにはやや手狭だな。

 俺、エミリア、ヴィリクが一つのテーブルを囲んで席に着く。スラミとリナリスは俺の後ろに立ち、ヴィリクの背後に護衛二人が控える。


「ラウルの新しい女も気になるが……それはさておき。ローレン商会の長様が、何をしに来たんでしょうかね?」


 エミリアがヴィリクを睨みつつ、問いかける。その眼光の鋭さに、護衛の二人に緊張が走る。


「不遜な態度だな」

「力の差がわかっていないのか?」

「田舎の小売店が、ローレン商会と対等と思うなよ?」

「ヴィリク様が手を回せば、こんな店など……」

「止めなさい。その脅しには品性が足りない」


 ヴィリクが諫め、護衛二人がシュンとなる。そして、ヴィリクはリナリスと視線を交わし、肩をすくめる。二人だけで僅かに微笑みあって、リナリスも肩をすくめた。


「……悪いね。ローレン商会とて、全ての者に教育が行き届いているわけではない。たまに、ローレン商会の名の下に横暴を働く者もいる。悲しいことに、権力とは容易に人を狂わせる……。そこのリナリスはそんな真似はしなかったのだが、ラウル君に盗られてしまった」

「構いませんよ。私の店がまだまだ弱小なのは事実です。……で、ラウルに盗られた? ラウル、何をしたんだ?」

「いやー、話すとちょっと長くなる」

「ラウルに抱きしめられて、全身をくまなくまさぐられた。だから責任を取ってもらうことにした」

「待て、リナリス。ある意味間違ってはいないが、その省き方には悪意がある」


 俺の抗議にリナリスが口を開く前に、エミリアが割って入る。


「……なんだかわからんが、後で聞かせてもらおうか。えっと、本題はローレン商会の方だな。私に何の用事でしょうか?」

「簡単な話だ。ラウル君には、ラミィをローレン商会に売ってもらおうと思ってな。エミリア君には手を引いてもらおうと思ってやってきた」

「お断りします。あれは私のところで売ることになっていますので」

「しかし、君では扱い切れまい。国中どころか、国外への輸出さえ視野に入れても良い商品だ。輸送の手段も何も持たない君が、これからどうやって商品を普及させていくのかね?」

「……お察しの通り、確かに私が即座にラミィを普及させることはできません。しかし、それも時間の問題です。様々な商人とも連携して、これから急速に普及していくのは間違いありません」

「期間はどれくらいかかるかね?」

「一年以内には」

「私がやれば、一ヶ月で国中にラミィを普及させられる」


 ヴィリクの一言で、エミリアが眉をひそめる。十分の一以下の期間で普及させられると言われれば、差を感じざるを得ない。


「我がローレン商会には、既に全国に支店があり、各所に商品を輸送する手段も整っている。物さえあれば普及させるのは容易だ。売上を確保できるだけでなく、避妊具を必要としている者達にそれを届けることができる。

 君が一年もぐだぐだやっているうちにも、世の女性は望まぬ妊娠に怯えながら暮らすことになるだろう。それでもなお、君の手で販売することにこだわるかね?」


 ヴィリクは容赦がない。単純に利益のためと言えば、エミリアも反論しようがある。しかし、避妊具を求める人のことを考えれば、ヴィリクに任せた方が良いのは確か。

 エミリアはしばし思案。そして、毅然とした態度で返す。


「それでも、私の手で販売を進めていくつもりです。望まぬ妊娠に怯える人がいることも承知の上で」

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