帰宅

 道中、比較的頻繁にモンスターに遭遇したものの、リナリスの活躍により問題なく進むことができた。被害はゼロ、俺の出番もゼロ。……楽な旅路ではあるが、少々情けないとも思う。

 しかし、これは俺が怠けているわけではなく、リナリスの射程が広すぎることが一番の原因だ。一キロ先にいるモンスターでもまず問題なく撃ち落としてしまう。一般的には、そんな遠くにいるモンスターには攻撃を当てることさえ難しい。

 近接、もしくは中距離での戦闘であれば俺も活躍できただろうが、リナリスが全くモンスターを寄せ付けなかったので、俺はただ見ているだけだった。

 また、往路に比べてリナリスがはりきっていたのも原因の一つ。


「わたしがモンスターを退治してやるから、ラウルはその度にご褒美でわたしにキスをしろ」


 そんな要求をしてきて、セリーナが止めに入った。なんやかんやと揉めたのだが、最終的に、ご褒美としてリナリスを三十秒ハグするということで落ち着いた。

 セリーナに見せつけるようにハグされるリナリスは、随分と意地の悪い笑みを浮かべていた。それを見てセリーナが少し苛立ち、俺とリナリスのハグが終わると、決まって自分もと要求してきた。さらに、セリーナはリナリスに見せつけるようにキスをせがむので、それにも応じないわけにはいかなかった。

 二人とも可愛いなと思ってしまったのが正直なところ。ただ、あまり加熱しすぎるとよくないので、節度はわきまえるように抑えていた。御者がやたらと舌打ちしていた気がするが、たぶんちゃんとわきまえていた。

 なお、スラミのことをほったらかしにしていたわけでもなく、平時には基本的にスラミが俺にひっついていた。ちょっと拗ねていたので、帰還して落ち着いたらちゃんと触れ合おうと思う。

 そんなこんなで、日暮れ前にはホルムに到着。

 とりあえずギルドに報告に行ったのだが、閉店後なのでほとんど人は残っておらず、またギルド間である程度情報共有もされていたので、明日詳しく報告してくれと言われた。

 一段落して、イヴィラを背負って自宅を目指しつつ、呟く。


「俺の部屋も手狭になってきたよなぁ。近いうちにどこか引っ越さないと」


 イヴィラとラディアに加え、リナリスも俺の家に住み着くことになった。一人暮らし用の部屋に、スラミを入れれば七人が暮らすのは流石に狭い。寝る場所を確保するのも一苦労だ。

 真っ先に反応したのは、リナリス。


「どうせなら家を買ったらどうだ? ラウルはホルムに永住するつもりでいると聞いたし、借りるのではなく購入もありだと思うぞ」

「あー、なるほど。それもありっちゃありだな。そういうのはもっと未来の話って思ってたけどさ」


 自分が家を買うというのは、なんだか遠い未来の話のような気がしていた。いつかは買うのかもしれないが、今ではない。かといって、いつ、というのも明確なイメージができない。そんなぼんやりとした実体のない行為。でも、俺も一人前に生活しているし、家の購入も選択肢の一つなのだ。


「ただ、俺が買うにはお金が足りないな。そこまでの貯金はない」


 この世界にはローンという名前の借金はないが、地域によっては家を買うための大金を貸してくれるところは存在する。ただし、条件は割と厳しくて、いつ死ぬかもわからない冒険者は当然のごとく対象外。家を買うには、お金を貯めて一括で支払うしかない。


「わたしが買ってやろうか? わたしには二百万ルク程度の貯金があるから、家を買ってやるくらいできる。どうせ大金を持っていてもさほど使い道はないしな」


 リナリスが、セリーナに意地の悪い笑みを見せつけつつ、提案する。セリーナにはそんな財力がないことをわかった上で、マウントを取る形だ。相変わらずセリーナに喧嘩を売りまくるのは困ったものだな……。

 セリーナも鋭く目を細めつつ、応える。


「……お金が足りないということは、まだわたくし達には分不相応ということだと思います。十分お金が貯まってから買えば良いでしょう」

「……うん、俺もそう思う。リナリスに全部出してもらうっていうのは気が引けるし、お金を貯めてから自分で買うよ」

「そうか。まぁ、それでもいい。ちなみに、家を買うときが来たら、その負担割合はどうする? わたしとラウルとセリーナで三等分かな?」


 当然のごとくリナリスも負担するということは、ずっと俺と一緒にいるつもりなのか? 一時的な関係のつもりでいるのか、永続的な関係のつもりでいるのか、まだ曖昧だ。あえて今はっきりさせる必要もないけれど。

 ともあれ、リナリスが意味深な笑み。なんだろうか、と思っていたら、セリーナが少し顔をしかめながら言う。


「……そう、ですね。三等分が妥当だと思います……」

「ほほー。そうかぁ。それは大変だなぁ。家を買うなら、安くても三十万ルクは必要だろう。それを三等分で一人十万ルク。ラウルは避妊具の販売ですぐに金を貯めるだろうが、セリーナはどうだろうな? 薬屋だけでの収入では、十万ルクを貯めるのに何年かかるか……。ああ、ただ、セリーナは堅実な仕事だから金を借りるのも不可能じゃないか。それでも、若い身空で高額な借金を背負うのは大変だ。頑張って返済してくれ」


 なるほど、この三人で等分するとしたら、セリーナが一番経済的に辛いのか。一番堅実な仕事をしているが、一気に大金を稼げるわけじゃない。その弱点を突くなんて、リナリスも意地が悪い。


「……そうですね。しかし、十万ルクであれば、五年もあれば返済できるでしょう。それくらい、頑張って返しますよ」

「ああ、でも、十万ルクとは限らないな。ラウルはこれからも色々な女と関係を持つだろうし、何人住むことを想定して家を選べばいいかな? ラウルの場合、単純に遊びの女を大量に囲うことはないだろうから、女に加えて、その子供が生まれてもいい広さにする。となれば、百万ルク程度の大きな家にする方が良さそうだ。となると、単純に考えればセリーナは十五年程度借金を返済し続けるのか……。体を壊さないようにな?」


 セリーナの表情が強ばる。一人前に働いてはいるが、セリーナはまだ十七歳。日本円にしたら三千万以上の借金を背負う決断は簡単ではあるまい。

 っていうか、それ以前にリナリスは俺をなんだと思っているのか。手当たり次第女性を我がものにする強欲な男ではないのだが。


「えー、とりあえず、俺、そんなにやたらと女性を囲うつもりはないぞ?」

「そうか? ラウルの性格上、成り行きで色んな女と関係を持つことになりそうだぞ? 例えば百万ルクの貯金があったとして、旅先なんかで行く当てのない貧しい女に出会ったらどうする? どうしようもなければ俺の家に来い、と家に連れ帰るんじゃないか? それとも、切り捨てて放置していくか?」

「……それは、連れて帰ると思う」

「だろうな。お前は、分不相応のことはしないが、できることならば多少自分を犠牲にしてもやってしまう。見境なく何人でもとはいかないとしても、収入次第で十人くらいは家に住まわせるんじゃないか?」

「……いや、そんなこと言ってたらきりがないし、自分の家に住まわせるより、他に家を借りてそこに住まわせるよ」

「ならいいがな。いくら女好きだからって、多少は自重してくれよ?」

「当然だ」


 ニヤニヤ笑うリナリス。俺だって、自重すべきときは自重するのだ。特にセリーナを泣かせる真似はしない。……きっと。


「……ところで、三等分って言ってるけど、ボクも入れて四等分にしようね? ボクだって仲間の一人なんだからさ。まぁ、ボクはお金を持ってないし、四等分のうちの二人分をラウルとボクのペアで負担かな」


 ラディアを背負うスラミが、やや拗ねたように言う。


「ああ、そうだな。俺とスラミ、二人で一人なんだし、買うときにはそれでいこう」

「ん。細かいことは任せるけど、三人だけで勝手に話を進めないでよね」

「わかった。俺はスラミがいないとなんにもできないのに、勝手に進めて悪い」

「別に怒ってないよ。ちょっと寂しいだけ」

「……悪いな。でも、俺はスラミと離れることは絶対ないから。それは心配しないでくれ」

「うん。わかってる」


 スラミがニヘラと笑顔を見せる。強がってるのもわかるから、あまりセリーナとリナリスのことばかりではいけないと反省。

 また、スラミが割って入ってくれたおかげで、セリーナとリナリスも気勢が削がれた様子。不穏な空気はなくなって、セリーナが言う。


「……未来のことはわかりませんし、ラウルの元にどんな人が何人集まるかも不明ですが、皆が幸せになれる形を目指しましょう」

「そうだな。じゃないと、俺も楽しくないし幸せでもない」

「……一応言っておくが、わたしとてそれに協力するつもりではいる。四六時中セリーナを挑発して遊びたいわけじゃない」

「おい、遊びなのかよ。止めてやれ」

「セリーナ次第だ。わたしはまだセリーナを認めていない。だいたい、今後もラウルの正妻で居続けるつもりなら、このくらいで音を上げてもらっては困る」

「でも……」

「ラウル。構いません。確かに、今後を考えれば、わたくしもラウルに守られているばかりではいけません。リナリスさんの相手ができるくらいにはなります」

「……そう」


 心配ではあるが、セリーナがそう言うのなら様子を見ておくべきか。

 そんな話をしているうちに、俺達は自宅に帰り着く。

 ドアを開け、中に入ると、机に向かって絵を描いているソラを発見。まだ痩せすぎなのは変わらないが、何かに熱中する気力があるのは良いことだ。俺の方を向いてくれない寂しさを誤魔化すわけではなく。


「ただいま。ソラ、元気そうだな」

「……ああ、おかえりなさい。早かったのね」


 ソラがようやく俺の方を向く。そして、見知らぬ顔が三人増えたのを認めて、眉をひそめる。


「……三人も増えてる。見境なさすぎじゃない? どれだけ女を囲う気なの?」

「いやいや、背負ってる二人はそういう関係じゃないんだって」

「二人はってことは、そっちのエルフさんはそういう関係なわけね? ふぅん……? 何か弱みでも握ったの? ラウルがセリーナと仲良くなったときも実は思ってたけど、ラウルには釣り合わない相手じゃない?」

「弱みなんて握ってないよ。俺の魅力にメロメロになっただけさ」

「……幻想を抱くのは勝手だけど、言葉にはしない方がいいと思う。単純に気持ち悪い」

「気持ち悪い……。率直な言葉が胸に痛い……。まぁ、セリーナもリナリスも、俺にはもったいないようないい女だよ。それくらいわかってるさ」

「自覚があるなら、とりあえずもっとカッコよくなったら? 目と鼻と口と輪郭とスタイルを作り替えたら、少なくとも見た目だけは釣り合う男になるはずよ」

「それ、完全に別人じゃねぇか。俺の容姿全否定は酷いぜ」


 離れていたのは数日だが、こんなやり取りもどこか懐かしい。


「ま、とにかく今回の依頼クエストは一段落だ。ほったらかしにして悪かった」

「別に、ラウルがいなくても困ることなんて何もなかったわ」

「寂しいこと言うなぁ。俺はソラに会いたかったぞ」


 ソラの顔に赤みが増す。唇も引き結んで、俺から視線を逸らす。


「あ、そ」


 端的な返しがむしろ愛おしい。照れてるソラ、可愛いね。

 ともあれ、毒花の姫君ポイズン・プリンセスの一件が落ち着いて、また明日からは別のことに取りかかることになる。ヴィリクとも話さなきゃいけないだろうし、エミリアとの商売もあるし。

 ルー達のことも心配ではあるが、俺にできるのは祈ることくらいか……。歯痒いね。

 とにかく、こっちはこっちで頑張っていこう。皆の幸せのために。

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