帰り
少し気まずい朝食を終えたら、俺達はすぐに荷物をまとめ、眠っている吸血鬼姉妹も俺とスラミで背負い、宿を後にした。それから、リナリスが手配してくれていたローレン商会の竜車に乗り込んで帰路につく。
今回は往路と違い、他の馬車四台も一緒に移動することになった。近隣にモンスターが増えているため、主にリナリスが他の馬車を含めて護衛をすることになったのだ。単独で飛ばすよりも少し到着は遅れるが、問題視するほどでもない。
移動中、俺の右にセリーナ、左にリナリスが座り、二人が俺の両腕をがっちり掴んでいた。また、スラミは俺の正面に来て、俺を背もたれにして座った。三人に囲まれて実に嬉しい状況だが、相変わらずセリーナとリナリスはあまり雰囲気が良くない。
気まずさを感じつつ、少し二人の意識を逸らそうと、昨夜のイヴィラ達の様子を尋ねておく。
「えっと、昨日、イヴィラ達はどうだった? なんか遊んだ?」
先に反応したのはリナリスで、挑発的に俺にしなだれかかる。
「この状況で他の女の話か。お前、もっとこっちに関心を持ったらどうだ? 今すぐにでも、他のことなど考えられないようにしてやろうか?」
「な、何をするつもりなのかは想像がつくけど、今は護衛中だから、流石にそれはダメだろ……」
反対側から、セリーナも呆れたように続く。
「そうですよ。あなたはとても強いのでしょうけれど、いつモンスターと遭遇するかもわからない状況で、そんなことをするものではありません」
「ただの冗談だ。わたしとて、護衛任務中にラウルを誘惑しようとは思わない。そういうのは到着してからにしよう」
「到着してからでもダメです。特別な事情もないのに、ラウルを預けるつもりはありません」
「それはラウルが決めることだろう?」
「……ラウル。わたくしのお願いは聞いていただけませんか?」
「そりゃー、聞かないわけないだろ。リナリス、悪いが、セリーナが望まないなら、俺とリナリスでそういうのはなしだ」
「……寂しいことを言うじゃないか。まぁ、わたしとて色欲に狂っているわけでもない。お前がいつまでそうやってセリーナを立てていられるか、見守っておいてやろう」
リナリスが俺の左手を導き、鎧の隙間から自身の胸部に押し当てる。服を着ているので直にというわけではないのだが、確かに伝わってくるやんわりした感触に心臓が跳ねる。
「ラウル、ボクのお尻に当たってるよ」
スラミがちょっとふて腐れ気味に言う。何が当たっているかはお察しである。
「ちょっと! 護衛の最中に何をしてるんですか!」
セリーナが状況を確認し、俺の左手をリナリスから引き剥がす。
「案ずるな。ラウルが咄嗟に動けずとも、モンスターが出ればわたしが対処する。多少濡れていても行動に支障はないからな」
「そういう問題ではありません! あんまりふざけてばかりいるのなら、ラウルに触れるのも禁止にしますよ!」
「怖い正妻様だな。己に自身があるのなら、もっとゆったり構えていたらどうだ? 放っておくとラウルが離れていきそうだから、そうやってことあるごとに不安になるのだろう? お前達の間に、本当に愛はあるのか?」
「あります! これは信頼とかそういう問題ではなく、女として気分が良くないということです! この先ずっと独占できるとは思っていませんが、他の女性が寄り付くのを歓迎しているわけでもありません! 愛があっても嫉妬くらいはしますよ!」
「そうやって余裕をなくしていると、ラウルがだんだんお前を疎ましく感じるかもしれんぞ? いいのか?」
「ラウルがこれくらいで疎ましく感じることなどありません!」
「さぁ、どうだかな? 人の心はわからないからなぁ」
俺を間に挟んで、バチバチと睨み合う二人。俺の甘さが招いた結果ではあるものの、気まずいものは気まずい。
「セリーナ、俺はずっとセリーナのことが大好きだから、リナリスの挑発に乗らなくていいぞ」
「……わかってます。ただ……なんだか……」
「俺のせいで、辛い気持ちにさせてごめんな。にしても……セリーナって、意外と可愛いところあるよな」
「な、なんですか、それは」
「セリーナって、すごくしっかりしてるじゃん。お店もきちんと経営して、自分のことは自分でやって、ソラみたいに事情を抱えた相手にも配慮できて……。自立した立派な大人なのに、こういうときはウブな乙女って感じで、可愛い」
「や、止めてください……。可愛いって、要は未熟ということじゃないですか。未熟と言われても、嬉しくはないです……」
嬉しくないと言いながら、赤らんだ顔は嬉しそうに見える。
「未熟ってのとはまた違うけどなぁ。セリーナはとにかく可愛い。惚れ直した」
「……っ! もう、ラウルも護衛中なんですから、わたくしのことなんてそんなに構っている場合じゃないでしょう!」
「だな。いい加減な奴で悪い」
俺とセリーナのやり取りを見て、今度はリナリスがやや機嫌を悪くする。
「……正妻という立場にあろうとするのなら、女としても、人間としても、こいつには敵わないと思わせてほしいものだな。そんなことでは、わたしだけでなく他の女からも、最初に付き合い始めただけの女、と思われてしまうぞ」
また挑発していることに、俺も苦笑するばかり。二人が仲良くなれる日は来るのかな……?
「そんなに厳しいことばっかり言うなよ。俺だってそんなにきっちりした人間じゃないんだから、完璧にしっかりしようとする女性とは上手くいかないよ。
恋愛って、優れている人だからその人を好きになるんじゃなくて、相性がいいから好きになるんだろ? リナリスが、俺の兄に見向きもしなかったみたいにさ」
「……ふん。わかっている。わたしとて、ただラウルに甘えているだけだ。もっとわたしに構ってほしいから、セリーナに八つ当たりしてるに過ぎん」
「甘え方が高度だなぁ。セリーナは争いごとが苦手なんだから、お手柔らかに頼むよ」
「それはラウル次第だな。わたしが八つ当たりをしなくていいように、わたしをもっと可愛がれ」
「猫かよ……。まぁ、わかった」
そう言った矢先、御者の中年男性から声がかかる。
「おい、色男。ちょっとこっち来な」
「え? 俺だけ? モンスターが出たとかじゃなく?」
「あんただけだ」
「まぁ、いいけど……」
一旦三人と離れ、俺は御者のところへ。そして、隣に座れ、と言われたのでおとなしく従う。
「俺に何か用事?」
「用事はない。ただ、こっちがじっとしとかなきゃならんのに、あんただけ女とイチャイチャしてるのが気に入らん」
「……わかりやすい嫉妬だなぁ。だからって、男同士で隣り合っててもつまんねーだろ」
「なら、一人こっちに寄越せ」
「それは嫌だね」
「ふん。まぁ、いい。嫁も子供もいるからな」
「寂しさは嫁さんに癒してもらえよ」
「そうするよ。しかし、そんなことはどうでもいい」
御者は声を潜め、後ろに気を使うようにして、続ける。どうやら、用事はないと言いつつ、やはり用事はあったらしい。
「あんた、どうやってあのリナリスを口説いたんだ? 今まで、ローレン商会の関係者、誰が口説いても冷たくあしらってきた氷姫だぞ?」
「あー、まぁ、色々あったんだよ。特殊な事情がさ……」
「ふぅん……。ここじゃ話せないことか?」
「そうだな」
「ふん。ならいい。しかし……ああやってはしゃいでる姿を見ると、少し安心するな」
「はしゃいでる? そんな風に見える?」
「ああ、見える。リナリスのことは何年も前から知ってるが、事務的な会話以外はほとんどしない子だ。あんなに楽しそうにおしゃべりしてるところなんか、俺じゃなくても見たことない」
「へぇ……。そうなの。楽しそう……?」
あれ、楽しんでるのか? よくわからないが、何年も前から知っている人がそういうのなら、そうなんだろう。
「事情はわからんが、リナリスはあんたに懐いてるようだ。あの子を宜しくな」
「……あんたに宜しくされてもなぁ。親でもあるまいし」
「親でも兄でもないが、共に働くこともある同士だ。だから、ずっと心配だったんだよ。今までのリナリスは、三日月のように細くて折れそうに見えた。今は半月くらいにはなって、安心して見ていられる」
「そう……」
「たぶん、リナリスはあまり他人との接し方がわかっていない。あんな喧嘩越しでしかおしゃべりもできない。色々と苦労すると思うが、上手く導いてやってくれ」
「……まぁ、言われなくてもそうするよ」
「なら、いい。ああ、これは別件だが、これから気を付けろ」
「何を?」
「リナリスは、ローレン商会の男達皆のあこがれだ。それをあんたに取られたとあっちゃ、黙ってないやつも少なからずいる。夜道には気を付けな」
「……了解」
クックッと笑う御者が不気味だ。俺、ここにいたら危ないのかな?
「……用が済んだなら、俺は戻るよ」
「ちっ。まぁ、いい。好きにしろ」
「あ、その前に、一応名前訊いてもいい?」
「ダレン・ゴーナス。竜車の扱いだけが取り柄の、しがない中年だよ」
「しがないとか言うなよ。物流を担う人材って重要じゃん。あんたみたいなやつがいなかったら、必要なものを、それを求めてる場所に送ることができない。皆が困ってしまう。目立つ役割じゃないかもしれないけど、誇っていい仕事だと思うよ」
日本で言う長距離トラックの運転手みたいなもんだろう。いなくなったら世界が困る。立派な仕事だ。
「……ふん。そんなことはわかってる」
ダレンが照れたように笑い、顔を背ける。こういうことはあまり言われないのかもな。
ともあれ、ダレンの話を聞けたのは良かった。リナリスは案外甘えん坊で、他人との関わり方も下手らしい。そう思うと、また少し印象も変わる。自分は強いだけ、と本人も言っていたし、じっくり見守っていこう。
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