ハーレム
夜が明けると、三人は早々に出発の準備を整えた。
「それじゃ、またねー」
「また会おう。次も楽しみにしている」
「……楽しいひとときでした。また、お会いしましょう。で、でも、あれはあなたが誘ってきたからであって、ウチは別にそんなにしたかったわけでもないんですからね! 勘違いして調子乗らないでくださいね!」
ルー、メア、フィラの順に気軽に別れの挨拶をしてきて、三人は宿を後にした。またいつでも会える、みたいな気安さに安堵しながら、俺はそれを見送った。フィラのツンデレがクセになりそうなのは、今は忘れよう。俺にはセリーナがいるのだ。うん。
ともあれ、正直、次会うのがいつになるのかはわからない。案外すぐに片づくかもしれないし、かなり時間がかかる可能性もある。どれだけ時間がかかったとしても、三人が無事に帰ってきてくれることを切に願った。
「……願うだけじゃなくて、俺が圧倒的な強さを持っていたら、三人を守って戦えたんだろうけどなぁ」
残念ながら、俺にはそこまでの力はない。たとえ俺が、幼少期から最強を目指して努力を積み重ねていたとしても、そんな力を手にすることはなかったに違いない。
人にはそれぞれ、得意分野や役割というものがある。俺は戦いに特化した人間としては生まれてこなかった。それだけのことさ。
「……俺は俺のできることをやるよ」
そのできることというのが、避妊具や生理用品の普及だというのは、少々見栄えは悪いのかもしれない。が、世の中的には非常に重要なこと。
今後、リナリス、イヴィラ、ラディアを仲間に加えれば、自己防衛の戦力としては十分過ぎるほど。他のAランク冒険者に助けを求める必要もなさそうだ。
必要な戦力があり、かつエミリアの商才もある。となれば、これから商売も大きく発展していくはずで、こっちはこっちで忙しくなりそうだ。
「……でも、もしかしたら、今回の件でホルムも不穏な空気になるかもしれないな」
そうなったら、俺は俺でやるべきことが出てくるはず。ただのCランク冒険者にすぎないが、実力的にはもう少し上だし、できることもたくさんあるだろう。避難誘導なのか、モンスター退治なのか、治安維持なのか、はたまた別の何かなのかはわからないが。
俺はホルムに永住するつもりでいるし、何かあれば全力で対処していこう。
決意を新たに、俺はセリーナ達の待つ宿に向かった。
十五分程で到着し、宿に入ると、セリーナ、スラミ、リナリスの三人が朝食を摂っているところだった。一晩で関係がこじれてなければいいけど……と少々不安に思いながら接近。
そして、リナリスがセリーナに挑発的に問いかけるの聞いた。
「セリーナがラウルと出会って、まだ二ヶ月程度だろう? そんな短期間で、本当に結婚を決めてしまっていいのか?」
すると、セリーナはいつもよりツンとした態度で返す。
「何も問題ありません。もちろん、わたくしがラウルの全てを知っているなどということはありません。わたくしに遠慮して、取り繕っている部分もきっとあることでしょう。
しかし、これから何か新しい一面が出てきたとしても、わたくしはラウルを愛し続けます。この気持ちは決して変わりません」
「ほぉ。そんなこと言って、初めての恋人に浮かれているだけではないのか?」
「違います。初めての恋人ではありますが、それに浮かれて結婚を決めるなんてことではありません。この人しかいないと、深く直感するものがありましたから、結婚を決めたのです」
「初めての恋というのは、概ね盲目になってしまうものだがな。わたしには、セリーナが非常に危うい決断をしているように見えるよ」
「……不安を煽りたいのはわかりますが、そうおっしゃるのでしたらラルウから手を引いてはいかがでしょうか? あなたが欲しがるということは、それだけでラウルには相応の価値があると言っているようなものです。あまり意味のない挑発だと思いますが?」
「セリーナはしょうもないところで小賢しいな。これだから魔法使いは面倒くさい」
「……魔法使い全般を敵に回すような発言は、公の場では控えた方が宜しいかと」
「心配するな。わたしに喧嘩を売ってくる奴がいれば返り討ちにすればいい」
「……あなたの方がよほど危うい人物に見えますよ」
なんだか入り込めない雰囲気があり、接近はしたものの、立ち尽くしてしまう。
どうやって会話に割り込もうかなと思っていたら、スラミがにっこりと明るく笑って、俺に声をかけてくれる。
「おはよう! ラウル! そんなところに立ってないで座りなよ!」
そこでセリーナが俺に気づき、いい笑顔で振り返る。
「あ、ラウルっ。おかえりなさい」
「さりげなく、自分がラウルの居場所だとアピールするのがまた抜け目ないな」
即座にツンとした顔になったセリーナと、挑発的な笑みのリナリスが目を合わせる。激しく言い争うわけではないが、静かな闘志のぶつかり合いが恐ろしい。
「あー、セリーナ。ただいま。ごめんな、置いて行っちゃって」
セリーナを背後からそっと抱きしめる。本当は皆に声をかけたいところではあるのだが、ここはセリーナ優先だ。本能がそうしろと告げている。
セリーナが俺の腕をきゅっと掴み、ほぅ、と息を吐く。
「……かまいません。ちゃんと、わたくしのところに戻ってきてくださるのなら」
「心配はいらないよ。セリーナが一番大事なんだから」
「なら、いいです」
二人でほっこりしているところで、リナリスがさらに俺の背後に回り込み、抱きついてくる。
「……なんだ。わたしには挨拶なしか。泣くぞ」
「……順番ってもんがあるんだよ」
「知らん」
「リナリスって意外と甘えん坊だなぁ」
「悪いか」
「悪くないよ。ただ、意外だっただけ」
「じゃあ、好きか?」
「うん。どちらかと言えば、好き」
「なら、もっと甘えさせろ。セリーナばっかりずるい」
「……おう」
いやー、この甘え方、なかなか心をえぐってくるね。セリーナが一番だけど、リナリスを放っておけない気持ちにはなってしまう。
「……リナリスさんがそんな甘えん坊であるとは思えませんけど」
セリーナが冷ややかに指摘。リナリスは腕に力を込めて、淡々と応える。
「あざとさとは、こう使うのだ」
「女の武器を使いすぎですよ」
「使えるものは全て使う。それが戦いというもの」
「……わからない話ではありませんが」
はぁ、とセリーナが溜息を一つ。
「ラウル……わたくしは、あまり、こういう戦いは得意ではありません。だから、ただ一言だけ伝えます。……わたくしは、ラウルを信じます」
「……おう」
甘えん坊リナリスも男心を存分にくすぐってくるのだが、セリーナの信頼を裏切るわけにはいかない。最愛の人を裏切っては、愛も何もありはしない。
「リナリス。悪いとは思うけど、俺には優先順位があるんだ。お前の気持ち全部には応えられない。本当に、ごめんな」
「……ふん。それくらいわかっている。しかし、油断するな。隙があればすぐにわたしが割り込むぞ」
しばらくしてからリナリスが離れ、ぐしぐしと乱暴に目を擦りつつ元の席に戻る。
本当に泣いていたのか、それも一種の演技なのか。……演技だったら気が楽なんだけど、そこまで器用ではないだろうな。
リナリスを傍に置くのは簡単なことではなさそうだ。それでも、時折脆く見えるリナリスのことを放っておけなくて、幸せにしたいなと思う。
「……ボクのことも忘れないでね? あんまりラウルの負担は増やしたくないんだけどさ」
スラミもポツリと呟くので、申し訳ない気持ちが増す。この状態はいわゆるハーレムで、とても嬉しいことなんだろうが、気苦労の絶えない関係になりそうだ。
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