賑やか

「……別に勝ったつもりはないし、あんたに勝ちたいとも思っちゃいないよ」

「ふん。お前は相変わらず軟弱なことを言う。恥を知れ!」


 ブロムの魔力が膨れ上がる。


「スラミ、下がれ!」


 指示の前にスラミは動いていて、大きくバックステップ。直後、ブロムを中心に火柱が発生し、周囲に熱風と衝撃波を撒き散らす。周辺の野次馬がバタバタと倒れた。


「セリーナ!」


 セリーナも倒れそうだったが、多少は戦闘の訓練をしているおかげか、なんとか持ちこたえた。


「わたくしは大丈夫です!」

「わかった! でも、下がっていてくれ!」


 セリーナが距離を取り、物陰に隠れる。また、弓を構えるリナリスが、俺に声をかけてきた。


「おい、ラウル。あの自意識過剰で王様気質な糞男は、お前の兄なのか?」

「残念ながら、そうだ」

「グラリアスの町のスティーク家は割と有名だが、息子は長男一人という話だったはずだぞ?」

「え? そうなの? 俺、いつの間にか存在が抹消されてる?」


 別に悔しくも残念でもないし、むしろ縁を切ってくれてありがとうと言いたいが、驚きではある。


「……ただ姓が同じだけの他人かと思っていたが、お前もスティーク家の者だったか。意外だな。あの家の者はたいてい性格がねじ曲がっていると有名だ」

「確かに。俺もあの家が嫌いなんだ」

「そうか。では、ご家族にご挨拶、などということはしなくていいな?」

「いらないよ。俺はあの一家とは縁を切ってる」

「……わかった」


 リナリスの纏う空気が変わり、周辺が一気に冷え込む。ブロムの炎よりも、リナリスこ冷気が場を支配しているように思う。


雪染めの月スノウホワイト・ムーン! お前は強いが、俺様には及ばん! 力の差を思い知れ!」


 ブロムの炎が勢いを増し、空間が燃え上がる。リナリスが押され始めた。


「喰え、闇喰いの紫樹デビル・イーター


 魔剣にブロムの戦意を喰わせようとするが、効果は薄い。『炎の化身』の効果なのだろうか、喰っても喰ってもブロムの戦意が尽きることはなかった。炎に精神攻撃は通用しないってか?


「俺、役に立たないなぁ……」


 嘆いても仕方ない。とりあえず戦おう。

 にしても、ギルドの前なのに冒険者同士で喧嘩するって、一体何を考えてるんだ? 冒険者同士で戦うのは基本的に禁止だし、あからさまに他人に迷惑をかけるのでは資格を剥奪されかねない。

 ……これもSランクの特権かな。圧倒的な実力と実績があるからこそ、多少のことは多目に見られる。そのせいでさらにブロムが調子に乗る。その悪循環。

 そして、リナリスを主戦力として、俺達とブロムの戦いが始まる。リナリスの氷とブロムの炎のぶつかり合う中、俺とスラミがちょこちょこと参戦。三対一だったのに、ブロムはまだまだ余裕の表情。昔から規格外の実力だったが、さらに磨きがかかっている。

 リナリスは強いが、ブロムはさらに強い。これで性格が良ければ単純に頼もしいのだけれど、現状では厄介者。あれが血縁者だと思うと恥ずかしいね。

 しかし、俺達の攻防も長くは続かなかった。三分程すると。


神竜を封じる荊棘の檻ローゼン・プリズン


 ブロムを取り囲むように真っ赤な茨のドームが発生。さらに、茨は瞬時にブロムに絡み付き、その動きを封じた。


「まったく、ブロムはいつも暴れん坊だから困っちゃうよね」

「本当にな。強大なモンスターを退治してくれるのはありがたいが、代わりに身勝手なことをされるのでは却って迷惑だ」

「ウチらがいる間は、好き勝手はさせません」


 いつの間にかやってきていたルー、メア、フィラが、臨戦態勢でブロムを見ている。先ほどの魔法はフィラによるものだ。ブロムを封じ込めるほどの魔法を使うとは、フィラもやはり規格外な魔法使い。


「……ちっ。邪魔をするな。灰色の陰雨アッシュ・レインども」

「あのねぇ、そんな蔑称で呼んでるの、あんただけだからね?」

「私達をどう呼ぼうと自由だが、Sランクで特に評判の悪いお前から言われてもあまり気にならんな。狂気を孕む鳳マッド・フェニックス殿」


 ルーとメアが、ブロムの嘲りを一蹴。どうやら面識はあるようだ。それどころか、犬猿の仲っぽい。

 お互いに睨み合っている中、メアが諭すように言う。


「お前がいかに強かろうと、リナリス達に加え、私達までを同時に相手にするのは流石に分が悪いだろう? おとなしく引け」

「……クソが。女のくせに生意気な」

「お前は男のくせに狭量だな。思い通りにいかないといちいち駄々をこねるなど、乳飲み子から成長していない」


 ブロムになかなか引く気配がない。プライドの高い男だから、たとえ劣勢であろうと、容易に引くことができないようだ。

 このままぶつかり合ったら、モンスターの来襲の前に町が滅んでしまう。それはまずいよな……。

 とはいえ、力不足の俺にできることなんて特にないか……。うーん、あ、そうだ。ものは試し、やるだけやってみるか。


「あー、兄ちゃん。姉ちゃん達、元気か?」


 俺がブロムに話しかけると、ブロムが嫌悪感丸出しで顔を歪める。


「……そんな呼び方をするな。気色悪い」

「えー? いいじゃん。小さい頃はこんな風に呼んでたし、よく一緒に遊んだじゃないか。勇者フィラニクごっことかやったろ? 兄ちゃん、『我こそは勇者フィラニク! 覚悟しろ魔王!』とか叫んでたろ。木の棒振り回してさ」


 身振りを交えて言ってみると、ブロムが珍しく赤面する。また、周りの女性陣、ついでに成り行きを見守っていた野次馬達もニヤニヤし始める。


「だ、黙れ! そんな昔の話を持ち出すな!」

「いやー、俺にとっちゃ、大事な家族との思い出だからなぁ。スキルを授かってから一変しちゃったけど、よく考えると兄ちゃんも昔は案外悪者でもなかったかもな。せっかく久々に再会したんだし、一緒に酒場でも行かないか? 俺も酒を飲める年になったぞ?」


 こっちでは、酒は十八歳から解禁だ。俺はあまり飲まないが、ブロムはおそらく酒好きに育っていることだろう。

 全く本気ではない誘いだったが、案の定、ブロムは拒絶してくる。


「誰がお前などと酒など飲み交わすものか! もういい! この勝負は終わりだ!」


 ブロムが、炎の出力を上げて茨の檻を消し飛ばす。かなり頑丈な檻だったはずで、それを消し飛ばせるのには感服する。

 Sランクというのは、やはり並の実力者ではない。まだまだ真の実力の半分も出していないはず。あれでも、ある程度の節度は守っているということかな。

 ブロムがプリプリしながら何処かへ去っていく。その背中を見送って、俺はほっと一息。


「あー、よかった。さらに怒り出したらどういしようかと思った」


 そして、最初にルーが駆け寄ってきて、背中をパシンと叩く。


「あはは! ラウル、面白い勝ち方をするね! 頭いいじゃん! っていうかブロムと兄弟だったんだね! スティーク家は三兄妹って話だったのに!」

「俺、知らないうちに存在抹消されてたみたい」

「まぁ、家族って案外仲の悪いところも多いし、仕方ないよ」


 そして、リナリスも寄ってきて、俺の足を軽く踏む。


「お前がわたしをほったらかしにしてセリーナとイチャついていたせいで、あんなつまらん男にナンパされてしまったではないか。もっと早く助けに来い」

「ん、まぁ、すまん」

「ふん。とりあえず、お互いに怪我がなくてよかったな。あと……助けに入ってくれたことには、礼を言わねばな。ありがとう。ちゃんとした礼はベッドの上でしてやる。今夜でもどうだ?」

「おいおい。急に積極的すぎだろ。そういうのはしないって」


 それから、ちょっと顔をしかめながらセリーナが来る。


「怪我がないようで何よりです。でも、ちょっと女性に囲まれすぎではありませんか? わたくしのワガママで申し訳ないとは思いますが、他の女性とはもう少し距離をとっていただけませんか?」

「すまん、いつも心配させてばかりで……。俺の一番はいつだってセリーナだから」

「……本当ですか?」

「本当だよ」


 恥ずかしいが、この場でセリーナにキスをする。セリーナだけ特別、と伝わってくれるように。

 公衆の面前なので、キスは軽く終わらせる。リナリスは渋い顔だが、ルー達三人は祝福ムードの中でやれやれとあきれ顔。

 最後、スラミが人間の姿に戻って、俺に抱きついてくる。


「セリーナばっかりずるい! ボクも頑張ったよ! 頭撫でて!」

「ああ、そうだな。スラミもいつも頑張ってくれてるもんな。ありがとう」


 スラミの頭をワシャワシャと撫でてやる。スラミは嬉しそうに、でへへ、とだらしなく表情を崩していた。

 それにしても、俺の周りも随分と賑やかになったもんだな。スラミと二人きりだったは、つい数ヶ月前の話。それが、今ではこんなにも人に囲まれるようになった。

 ソラと出会ったことが転機だと思うと、無性にソラにも会いたくなった。こっちの件を片づけて早く帰りたい。

 なんで帰ってきたの? そんなツンデレ発言が恋しいね。

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