迷惑な客人

「そういえば、その足についてるものはなんですか?」


 二人で服を着直しているとき、セリーナが、俺の足首についたお守りを指さす。先日、ギルド受付のエニタにもらったやつだ。行為中は外していたが、先ほどつけなおした。


「ああ、これ? 一度会ったことあると思うけど、エニタからもらったんだよ。エニタの家系に伝わるお守りなんだって」

「ふぅーん……」


 セリーナの目がすがめられる。あ、怒ってる。


「それも、他の女からの贈り物ですか……」

「まぁ、そうだな……」

「ラウルは、たくさんの女性から贈り物をされて、幸せですね」

「いや、幸せっていうか……悪い気はしないけど、セリーナといるときが一番の幸せだから」

「そのお守り、いりますか?」

「……ん? いらないって言ったら、どうするの?」

「燃やしちゃおうかと思いまして」


 セリーナが右手に炎を灯す。表情は笑顔だが、内面は穏やかではなさそう。


「ま、待ってくれ。これでも一応ステータス上昇の効果があるし、せっかくもらったものだし……」

「大事な贈り物なのですね?」

「大事といえば、大事かな……」

「そうですか……。ちなみに、エニタさんとは、もう深い関係なのですか?」

「いや、全然。冒険者と受付っていう以上のものはほぼないよ。このお守りをもらったのが、そこから逸脱した初めてかな」

「なるほど。まぁ、いいでしょう。ラウルが女性にモテるのは仕方ないことですし、いちいち他の女の気配全てを排除するつもりもありません。大事にしてください」

「……うん」


 エニタは俺に特別な関心を持ってないと思うが、セリーナは否定するかな。とりあえず黙っとこう。


「そうですね……また一つ、おねだりしてもいいですか?」

「おお、なんでもいいぞ」

「では、わたくしに、いつも身につけていられるような何かをください。なんでもいいので」

「いつもか……。うん。わかった。考えてみる」


 俺の周りに女性の気配が増える度に、セリーナは俺におねだりしてくるのだろうか。そんな気がする。

 これが、セリーナなりの妥協点なんだろう。俺が他の女性と仲良くなるのはよいとしても、好き勝手するのを許したわけではない、と。


「……ちなみに、ラウルから、わたくしに何か贈りたいものはありますか?」


 要するに、他にも女の気配はあるのか、ということかな?


「んー……あ、一つ、あるかも」

「……誰の分ですか?」

「スラミの分だよ。セリーナが知らない別の女性とかじゃない」

「ああ、スラミさんの。まぁ、スラミさんの分は必要ありません。むしろ、わたくしがスラミさんに贈り物をするべきでしょうね。長年連れ添った大事な人を、わたくしが盗ってしまったようで……」

「でも、スラミがさ、俺とエッチしたい、って言い出してるんだよな。お互いにいつどうなるかわからないんだから、いつかセリーナが許してくれるときに、なんて悠長なことは言ってられない、って」

「その気持ち、わからないでもないですね。うーん……それは、とても悩ましいですが、スラミさんの願いを叶えてあげたい気持ちもあります。

 わたくしのワガママばかりを押し通していい相手ではありません。ラウルの相棒であり、家族であり、恩人であり……。ラウルをラウルにしてくれた、大切な存在……」


 セリーナがしばし考え込む。

 それから、決心したように口を開いた。


「わかりました。スラミさんについては許します。でも、まだ他の女性に手を出してはいけませんよ」

「……いいのか?」

「はい。構いません」

「そうか……。わかった。辛いだろうに、我慢させて悪い。俺が優柔不断なせいで……」

「いいですよ。ラウルが負い目を感じている分、わたくしのワガママを聞いてもらいますから」

「はは。抜け目ない」

「ラウルの妻になる女ですから。ただの優しい人ではいられません」


 妻、という言葉がこそばゆくて、少し体が熱くなる。セリーナもそうだったのか、ほんのりと紅潮していた。


「こんな素敵な女性と結婚できるなんて、俺は世界で一番幸せな男だな」

「なら、わたくしを、世界で一番幸せな女にしてくださいね」

「もちろん」


 このままもう一戦交えたいところだったが、ふと、町の一角で爆発音。さらに、その衝撃派で建物が少し揺れた。


「!? 敵襲か!?」


 モンスターがやってきたのだろうか? しかし、この町にはリナリスもルー達もいる。だとすると、そう簡単にモンスターの侵入を許すとは思えない。それに……。


「あれ? あの爆発音、なんか聞き覚えが……」

「何があったのでしょうか? モンスターでしょうか?」

「わからんけど、そうかもしれない。ちょっと行ってくる。待ってて」

「わたくしも行きます。怪我人がいるかもしれません」

「ああ、わかった」


 二人とも急ぎ服を着る。俺は装備も整え、一緒に部屋を出た。

 一階に下りると、スラミが俺達に声をかけてくる。


「ラウル! さっきのなんだろう!?」

「わからん! モンスターかもしれん! 見に行くぞ!」


 しかし、モンスターであれば、もっと積極的に警報が鳴るはず。それがないということは、モンスターではなさそうだ。

 宿の外に出て、煙が立ち上っている方向へ走る。その間にスラミと軽く情報交換。リナリスとルー達は、俺が部屋に籠もってからギルドに向かったのだとか。だいぶ時間が経っているからギルドに留まっているかは不明だな。

 走っているとセリーナが遅れてくるので、俺がお姫様抱っこで運ぶ。


「すみません、足手まといで……」


 申し訳なさそうな、でもどこか嬉しそうな顔でセリーナが言う。


「それぞれ得意分野が違うだけさ。怪我人がいたら頼むよ」

「はい」


 煙が上がっていた先はギルドの周辺。俺達がたどり着くと、リナリスと見知った青年が武器を構えて対峙していた。


「げ、なんでブロムがここに……?」


 逆立った炎色の髪と燃える瞳、つり上がった目尻、長身で筋肉質な体つき、攻撃的な朱色の鎧、凶悪で刺々しいバトルアックス……。

 まず間違いなく、俺の兄、ブロム・スティークだ。


「お知り合いですか?」

「残念ながら」

「ラウルのお兄ちゃんだよ。すごく性格悪いの。いつもラウルに嫌がらせしてた」


 幼少期からの付き合いであるスラミは、ブロムのことを知っている。セリーナは初見で、驚いていた。


「ラウルのお兄さん……」

「血縁上はな。ほぼ絶縁状態だから、他人みたいなもんだけど。あ、そうか。Sランク冒険者が招集されてるから、あいつも来たのか……」


 ブロムが近くにいるとは思わなかった。故郷からはだいぶ遠い町なんだけどな……。

 ひとまず、周辺には治療が必要な怪我人はいない。衝撃で転んだ人がいる程度。

 そして、俺達が来たことなどお構い無しで、ブロムがリナリスに話しかける。


「はははっ! なかなかやるじゃないか! 雪染めの月スノウホワイト・ムーン! 美しく、そして強い! 俺様の女に相応しい! だが、まだ俺様の領域には及ばない!  無駄な抵抗は止めて、おとなしく俺様の女となれ!」

「……たとえどれだけ強かろうと、お前のような品のない男は嫌いだ。お前の女になど決してならん」

「強情だな! しかし、いつまでそう言っていられるかな!?」


 ブロムが火炎を纏い、リナリスに接近。リナリスは氷の矢でブロムを牽制するのだが、ブロムの炎の方が強い。矢が蒸発した。


「ったく、ブロムは相変わらず横暴で身勝手だな!」


 五年ぶりくらいの再会だろうか。あの俺様気質が、俺は嫌いだった。

 リナリスを助けたい。しかし、ブロムの強さは俺もわかっている。

 スキル、『炎の化身』は非常に強力だ。リナリスの『氷の魔女』とどちらが強力かまではわからないが、俺の力だけでは太刀打ちできない。

 いや、あるいは、闇喰いの紫樹デビル・イーターであれば対抗できるか。


「スラミ、加勢するぞ」

「うん!」


 スラミが瞬時に姿を変え、体高三メートル程の黒い竜となる。

 俺も剣を抜き、構える。まだこの剣での実戦経験が乏しいのだが、そんなこと言っていられない。


「貫け」


 魔力を込めると、剣身が四つに分かれ、さらに急速に伸びてブロムを襲う。

 ブロムはそれをバトルアックスの一振で打ち払おうとするが、刃をうねらせてそれを回避。通常の剣とは違う戦い方でなかなか大変だが、敵からすれば変則的で戦いにくいだろう。

 刃がブロムに届く。そのまま軽く切り裂くことくらいできただろうが、刃を丸めてダメージは与えないようにする。

 さらに、竜化したスラミが接近していて、ブロムの頭上で口を開く。今にもその牙が届きそうなところで動きを止めた。

 そこでブロムも静止する。

 燃える瞳で俺を睨み、吐き捨てた。


「誰かと思えば、我が愚弟ではないか。スティーク家の汚点、ラウル。多少はましになったようだが、まさか、この程度で勝ったと思うなよ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る