じょうじ

 部屋で二人きりになった瞬間、セリーナとさっきよりも情熱的なキスを交わした。昼の喧噪が微かに聞こえてくる中、粘膜接触の卑猥な音でさらなる興奮が呼び起こされる。

 長い口づけを終えて、抱き合ったセリーナが濡れた瞳で俺を見る。


「リナリスさんとは、最後まではしてないのですよね?」

「してないぞ。ちゃんと約束は守ってる」

「……なら、いいんです。仕方ない状況だったというのはスラミさんから聞いています」

「心配させて悪かった」

「でも、リナリスさんとはもう少し仲が悪いように聞いていました。それが、急にあんなにラウルにデレデレになったのは何故ですか? 何をしたんですか?」

「俺は普通に接してただけなんだがなぁ」


 抱き合った状態で、セリーナと別れてからの経緯を説明。セリーナは、俺の腕の中で心地よさそうにしながら、時折相づちを打ち、静かに俺の話を聞いていた。


「……という感じ」

「なるほど……。リナリスさんの気持ちは、純粋に恋心というわけではないのでしょうね。報われない想いをぶつけられる場所を探していて、ラウルに少しだけ甘えている……。でも、ラウルと接していれば、そのうち本当に恋心に変わっていくのではないでしょうか? そして、いつしかラウルの一番になりたいと思ってしまうかも……」

「俺の一番は、いつだってセリーナだから」

「本当に、いつまでもそう言っていただけますか?」

「本当だって。俺、セリーナが好きすぎるくらい好きだから」

「わたくしのためなら、命が惜しくないくらいに?」

「まぁね。でも……」

「でも?」

「誰かのために命を投げ出すって、実は結構簡単なことじゃない? 溢れる気持ちさえあれば、誰にでもできちゃうことだからさ。だから、俺は、セリーナのために命を投げ出すことはしたくない。何が起きようと、どんな困難に見舞われようと、セリーナと一緒に幸せになるように頑張る。それじゃ、ダメかな?」

「……ダメじゃ、ありません」


 俺を抱きしめるセリーナの力が強まる。こぼれた吐息には、熱が籠もっていたと思う。


「好きです。愛しています。何があろうと、絶対離れません」

「うん。俺も、セリーナを絶対に離さない。

 ……病めるときも、健やかなるときも、富めるときも、貧しきときも、セリーナを愛し、敬い、慈しむことを誓うよ」

「……なんだか素敵な言葉ですね。ラウルが考えたんですか?」

「いや、どっかの本で読んだのを少しアレンジした」


 本当は前世の記憶だが、それはさておき。


「そうでしたか。初耳です。……本当に誓ってくださいね?」

「もちろんだ」

「……結婚式はいつにしますか?」

「帰ったら挙げちゃう? あ、先にセリーナのご両親にご挨拶?」

「そうですね……両親にも会っていただきたいです。早急な結婚を望むわけではありませんが、早い方がいいですね。ちなみに、わたくしは、ラウルのご両親にはお会いしますか……? 確か、あまり折り合いが良くないとか……」

「あー、それはいいよ。俺、家族とは絶縁してるから」


 セリーナには、概ね家族のことも全部打ち明けている。家族と絶縁なんてさほど珍しいことでもないし、セリーナは特に問題にもしなかった。嫁姑問題も起きないので、セリーナとしては気楽と言えば気楽だな。


「……にしても、リナリスさんが近くにいるようになっただけじゃなく、吸血鬼二人の面倒も見るようになるなんて、ちょっと賑やかになりそうですね」

「だな。……二人きりでゆっくりする時間も減っちゃうかもな。ごめん」

「仕方ありません。そういう、色んなものを見捨てずに背負ってしまう優しさも、わたくしがラウルを好きになった理由ですから」

「苦労かけちゃうな」

「ラウルとなら、それは苦労ではなく、人生に彩りを与えてくれているものだと思えます」

「そんなセリーナが好きだよ」


 再度キスをして、そのままベッドへ……というところで、セリーナが申し訳なさそうに言う。


「……すみません。まだ、生理が終わってなくて」

「ああ、そうか。なら、とりあえず抱き合うか?」

「それでは物足りないでしょう? 昨夜から溜まっているものもあるでしょうから、いれる以外のことで奉仕しますよ」

「それは嬉しいね。俺も、できる限り奉仕させてもらうよ」


 セリーナの服を半ばはぎ取り、豊か過ぎる膨らみを露出させる。ベッドに寝かせたら、激し過ぎない程度に揉みしだき、顔を埋める。この膨らみに包まれるのは、男の人生で二番目くらいに幸せな瞬間だと思う。一番はもちろん中にお邪魔したときだな。

 俺の下半身も即座に反応し、張りつめる。今日はそれが向かうべき場所に向かえないのが残念だが、セリーナはそれを手で優しく包み込んでくれる。あ、これが男の人生で二番目くらいに幸せな瞬間かも。いや、わからんけど。幸せな瞬間が多すぎて、序列がつけられない。

 俺のを握って、クスリと微笑むセリーナ。


「随分溜まってそうですね。まだ禁欲して三日程度でしょう?」

「男は三日もあれば満タンなのさ」


 精子が溜まるサイクルが三日くらいなんだよねー、なんていう知識は、こっちの人にはまだない。でも、経験的にわかることもあるので、この発言で疑問を持たれることもない。


「ああ、急いで準備をしたので、媚薬は持ってきていません。……何もなしで何回できるか、試してみましょうか?」

「それ、いいね」


 そして、真っ昼間から男女の営みに励む俺達。セリーナへの愛情も溢れていたし、リナリスとの一件でもギチギチに張りつめていた部分もあって、大いに盛り上がった。

 セリーナとしては、生理中というのもあり、普段より控えめ。それでも、ラウルが喜んでくれるのが嬉しい、と聖女みたいなことを言ってくれて、ますます愛情が高まった。

 愛情ってのは、一方的なものではなかなか成立しないと思う。お互いに愛情を注ぎあって、こんなに愛情をくれる人になら、もっとたくさんお返しをしたい、という気持ちがお互いに積み重なり、より深くなっていくと思う。

 無償の愛とかもそれはそれで尊いのかもしれないけれど、お互いを想い合うことも、同じかそれ以上に尊いし、人間として自然ではないだろうか。

 なんて。

 愛についての考察なんてものは頭の片隅においといて、俺はセリーナに、人間的で男子的な欲望を満たしてもらう。

 様々な行為を試し、休憩も挟みつつ、俺は結局五回で全てを吐き出した感じになった。これが旺盛なのか普通なのかはよくわからない。とにかく最高だった。

 行為を終えて、俺はセリーナとほぼ裸で抱き合う。ほぼ、というのは、セリーナだけ下着を身につけているから。

 お互いの肌を触れ合わせ、温もりを伝え合うのも、幸せの形の一つだな。


「……ラウルがいなくなったら、たぶんわたくしは寂しく死んでしまいますね」


 スラミみたいなことを言うなぁ、と思いはするが、口にはしない。比べられたようで嫌だろうし。


「俺も、セリーナがいなくなったら死んじゃいそう」

「わたくしがいなくても、スラミさんやリナリスさんがいらっしゃるでしょう?」

「セリーナは特別の中でも特別だから」

「なら、死ぬときは一緒ですね?」


 クスッ、と少し凶悪な笑い方。このまま心中でも始めそうだ。


「そうだな。そうしよう」

「じゃあ、早速……」

「早速、じゃねー。それはまだ先」

「何故ですか?」

「俺は、まだセリーナとしたいことがたくさんある」

「奇遇ですね。わたくしも、たくさんあります」

「それ、全部やってから死のう」

「それを全部やろうとしたら、百年じゃ足りないかもしれません」

「それはたくさんありすぎだなー」

「ラウルにはそれくらいありませんか?」

「あるかも」

「なら、全部は無理だとしても、お互いに長生きしましょうね」

「だな」

「他の女のプレゼントを使ってもいいですから、生き延びてくださいね」


 背中に爪を立てられる。痛いけど、こんな可愛い嫉妬なら嫌じゃない。


「……わかってる」

「あと、少しおねだりしてもいいですか?」

「ん? 何?」

「わたくしに、十万ルク程度の贈り物をください。なんでもいいので」

「……了解した」


 言葉にはしないけれど、たぶん、それでリナリスの存在を受け入れる、ということなんじゃないだろうか。

 セリーナのためなら、お金なんて別に惜しくもない。問題は何を渡すかだな。婚約指輪でも贈ろうか。そんな高級な指輪は売ってないか?

 少々悩ましいが、これもまた幸福な悩み。その幸せを噛みしめながら、セリーナの髪を優しく撫でた。

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