頭を小突かれて目が覚める。

 目を開けると、リナリスが呆れた顔で俺を見ていた。


「お前達の行動にいちいち制限をつける気はないが、他人が寝ているすぐ傍でよくそこまでできたな」

「……そんな言い方するほどか?」


 スラミと抱き合って眠る、というのは、そんなにたいしたことではないと思うが……。


「まさか、それでただ抱き合っていただけということはないんだろう? せめて、わたしが来る前に服くらい着せておけ」

「は?」


 なんのこっちゃ、と疑問に思いつつ、現状を確認。視線を落とすと、スラミが何故か素っ裸だった。髪も下ろした状態。俺だけ服を着ているのが多少不自然であっても、スラミの状態を見れば事後と見られても仕方あるまい。


「ええ? なんで裸?」

「……ん? あ、ラウル、おはよー」


 至近距離で、全てを許しきった笑みを浮かべるスラミ。雰囲気は完璧に事後だな。


「スラミ、なんで裸?」

「……裸でラウルと抱き合ってたかったから。ラウルもその方が嬉しいでしょ?」

「それは……そうだけどなぁ」


 かといって、今の状況を手放しに喜べるわけではない。セリーナとの約束が……。

 っていうか、俺達はただ抱き合っていただけだよな? それ以上は何も起きてないよな? なんだか気持ちいい夢を見ていた気もするけど、あくまで夢だよな?


「……おい、どういう状況かは知らないが、とりあえず服を着ろ。そろそろあっちの二人も目を覚ますぞ」


 窓から差し込む光はかなり弱くなっている。もうじき日が暮れるだろう。

 夜になれば、イヴィラ達も起きてくるはず。そして、元気一杯にはしゃぎそうだ。

 スラミに服を作るように促し、ベッドから起き上がる。


「リナリスさんのトラブルは解決した?」

「問題ない。面倒な客が騒いでいただけだ」

「ならよかった。ちなみに、これから寝るの?」

「もう少し起きておくが、先に寝てしまうだろう。そのときは、二人のことは任せる」

「わかった。あと、何か進展はあった? モンスターが増えてきたとか」

「町の周辺にモンスターが増えてきているという報告は上がっている。実害はまだ出ていないが、ローレン商会でも警戒されていて、護衛を増やすなど荷物の運送には気を遣っている」

「そっか……。大きな被害なく済めばいいが……」

「何を心配している? ローレン商会は、お前には関係ないだろうに。むしろ、エミリアに味方するのなら、ローレン商会は敵。運送が滞っていい気味じゃないか?」

「暗い発想だなぁ。俺、エミリアだけが独り勝ちしてほしいなんて思ってないよ。エミリアだってそうじゃないかな? あいつは、自分がよければいい、なんて思っちゃいないよ」

「そうか……。器は広いな」


 話していると、日が暮れて室内が暗くなる。リナリスが火の玉を作りだして中空に浮かべ、室内をほんのりと照らした。

 そして、間もなくイヴィラ達も目を覚ます。まだ寝惚け眼で俺を見て、どこか艶っぽく呻いた。


「お腹空いたぁ。血、飲ませてぇ」


 そういえば、この二人は吸血鬼。二人の面倒を見るなら、今後は血を与え続ける必要がある。


「お腹空いて死にそう」

「飢餓状態で周りの人を適当に襲っちゃいそう」

「ラウル、血をちょうだい」

「あ、エルフの血も飲んでみたい」

「エルフの血はクセがあるんだってね」

「お酒みたいな味がするって」

「獣人の血は味が濃いって」

「ドワーフは塩辛いって」

「竜人は果物みたいだって」

「只人の血が一番飲みやすいとは聞いたわ」

「処女の血は特にさっぱりして美味しいって」

「年を取ると処女の血が逆に物足りないとか」

「私達、処女の血って知らないの」

「リナリスって処女?」


 二人のお腹がぐぎゅぅ、と鳴り、とても辛そうな顔をする。お腹が空いたというか、ひもじいという感覚だろうか。ついでに、目が赤く光り始めてるんだけど、危険な兆候かな?

 二人に見つめられ、リナリスは軽く眉をひそめる。そして、ちらりと俺を見たのち、溜息混じりに答える。


「処女ではない」

「あら、残念」

「でもなんでもいいわ」

「血をちょうだい」

「そんなに飲まないから安心して」

「小さなコップ一杯分くらい」

「死ぬことはないわ」

「体に悪影響もない」

「眷属にするつもりもないし」

「そもそも魔力の強い二人には効果ないかな」

「とにかくお腹空いた」

「血を飲ませて」

「私、リナリスがいい。イヴィラはラウルね」

「えー? またラディアがいいとこ取ってくー」

「仕方ないでしょ。私の方が強いんだから」


 二人の中では折り合いがついて、イヴィラが俺を、ラディアがリナリスを見つめる。


「……とりあえず、俺の分は飲めばいいよ。リナリスさんもあげたら?」

「仕方ないか……。ひとまず今回はいい」


 俺達が許可を出すと、二人はニヤリと牙を出して笑い、飛びかかってきた。

 殺意や敵意はなかったけれど、その勢いには驚いた。

 俺の胸に飛び込んできたイヴィラは、早速俺の首筋に尖った犬歯を突き立てる。普段はそんなに鋭い犬歯ではなかったはずなので、吸血のときだけ伸びるのだろう。

 犬歯が肌を突き刺す瞬間は少し痛かったけれど、すぐにすっと痛みが引く。吸血鬼の歯だか唾液だかには、痛みを麻痺させる効果がある様子。

 さらに、イヴィラは傷つけた箇所からチュウチュウと血を吸い出していく。力が抜ける感覚と共に、妙に官能的な快感が全身を駆け巡る。正直言うと結構気持ちいいのだが、ハマるとよくないと本能的に悟った。おそらく、この快感に呑まれると、イヴィラの眷属へと成り下がってしまう。

 正気を保つのが割と辛いのだが、歯を食いしばって己を維持。


「んっ……あっ……ひゃぅっ……!」


 気の抜けるというか、逆に力が入ってしまうというか、艶めかしい声がすぐ近くから聞こえてきた。

 こんな声が聞こえてしまう原因はすぐに理解できたのだが、リナリスがそんな声を出すというのが意外だった。

 困惑しつつリナリスの方を見ると、リナリスは自分であげた嬌声に驚いたか、俺にそれを聞かれたのが恥ずかしかったのか、その顔を耳まで真っ赤に染めている。

 怒気を孕んで俺を睨んでくるが、ラディアが血を吸うタイミングで雑念が入り乱れるらしく、羞恥と怒気と快感でぐるぐるとその表情が乱れる。これ、見ちゃいけないやつだな。うん。

 俺はすぐに視線を外し、耳も塞いでイヴィラの食事が終わるのを待つ。その間にもリナリスのくぐもった嬌声が聞こえてくるのだけれど、聞かなかったことにする。

 時間にすれば五分もない。しかし、体感的にはかなり長く感じた。いっそ快感に身を委ねられたら、もっともっととねだりたくなるのだろう。が、それは断固回避。イヴィラの眷属にはならない。


「ぷはぁっ。美味しかった。ラウルは魔力が高いから、血も濃密だったわ」

「こっちはなんだか刺激強めで変な味。お酒ってこんな味なのかしら? 飲むと舌と喉がキュッてなる。でもなんだろう……気分がふわふわして気持ちいいわ」


 二人が離れると、自然と傷が塞がって血は止まり、痛みもない。

 それはさておき、床に膝をついたリナリスは、俯いて荒い息を吐いている。これ、声をかけていいやつかな? 何も見なかったことにしたほうがいいやつかな?

 俺が迷っていると、スラミがしゃがんでリナリスの背中を撫でる。


「大丈夫? 辛い? 立てる?」

「……だい、じょう、ぶ」


 二分ほどうずくまったのち、リナリスが顔を上げて憎々しげに俺を睨む。


「や、こ、これは、別に俺のせいってわけじゃ……」

「わかっているっ。しかし、今のは醜態は忘れろ!」

「ああ、わ、わかった。俺は何も見てないし、聞いてない」

「くっ……。なんだ、これは。体が……熱い。ああ、もうっ」


 リナリスがよろよろと立ち上がり、覚束ない足取りで部屋を出て行く。


「おい、大丈夫か? 何か手伝うか?」

「手伝うな! しばらく出掛けてくる!」


 リナリスが乱暴に扉閉める。ゆっくりとその気配が遠ざかり、宿の外に出て行った。その後のことは、俺の探知能力ではわからない。


「……どういう状態なのかはなんとなくわかるけど、あそこまで酷いものかな? なぁ、只人とエルフだと与える影響が違うものかな? もしくは男女の違いか?」


 イヴィラ達に尋ねてみる。二人はお互いに口回りについた血を舐めあっていて、かなり百合っぽい雰囲気になっている。


「あ、確かにクセがある……。変な味」

「普通に美味しい血ね。悪くないわ」


 普段からこんなことをやっているのだろう。特にためらいも恥じらいもない。少人数の閉鎖的な世界で生きてきた二人だし、今の行為が他人にどう映るかなんて考えもしないんだろう。ある意味自由だな。人前ではしないように指導していかなきゃだ。

 しばし様子を見ていたら、ラディアの目がだんだんトロンとしてきて、ふわふわと頭を揺らし始める。ろれつも怪しい。酒みたいな味というが、完全に酔っぱらってる感じだ。エルフの血は吸血鬼を酩酊させる効果があるらしい。

 ラディアのことを少し心配しつつも、先ほどの質問をイヴィラに再度投げてみたところ。


「私もよくわからないけど、血を吸われるとニンゲンはすごく気分がよくなっちゃうんだって。でも、リナリスみたいになった人は見たことないなぁ。あれ、どうしたの?」

「……逆に尋ねられてしまった。そういう知識ゼロだもんな。わかるわけないか……。まぁ、追々わかるから、そのときに知ればいいよ」

「むぅ。なんだか気に入らない回答ね。あ、でも、ママがこんなこと言ってた。気持ちいいことに不慣れな人ほど私達の吸血に弱くて、眷属にしやすい、って」

「あ、そういう話か……」


 リナリスは処女ではないというが、今現在、恋人がいる雰囲気はない。性的なものに対しても距離を置いていそうだ。それに、今日一緒に過ごした感じからすると、娯楽とかにも疎い。

 結果的に、気持ちいいことに不慣れな状態に陥っているわけか。そのせいで、ラディアの吸血による快感が俺よりも深く全身を駆け巡った、と。

 俺は、セリーナと過ごして気持ちよさに免疫があるおかげで軽傷で済んだみたいだ。


「……今後はリナリスの血は飲まない方がいいかもな」


 気持ちよさに慣れると吸血もある程度平気になるぞ、と伝えたとして、リナリスはどうにもできない気がする。二人にはリナリス以外の人の血を与えよう。


「ちなみに、あらかじめ血をコップに移しておく、とかはダメなの?」

「ダメ。吸ってるのは血だけじゃなくて生命力とかもだから」

「あ、そう。それと、吸血ってどれくらいの頻度で必要?」

「んー、特に戦闘とかしてなければ、十日に一度くらいかな」

「なるほど。わかった。とりあえず、今後はリナリスへの吸血はなし。ってか、ラディアの様子からすると、そっちとしても吸わない方がいいな」


 ラディアはついに体を支えているのも辛くなったらしく、ベッドに横たわって半分夢見心地である。リナリスの血は、ラディアには刺激が強すぎた。イヴィラにとってもそうだろう。


「うーん、残念だけど、それがいいのかも。でも、私も一回だけ飲んでみたいわ。ラディアだけずるいもん」

「……今度、リナリスに要相談だな」


 リナリスは嫌がりそうだ。

 ともあれ、二人が起きたと思ったら片方はすぐに酔い潰れてしまったが、夜は始まったばかり。

 夜中にできることなんてあまりないのだけれど、イヴィラの相手をしていこう。

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