ワガママを少し
「一生一緒にいるとしても、ラウルの寿命を考えると、ラウルはボクより先に死んじゃうんだよね」
まだ先の話ではあるが、その未来は確かにやってくる。俺は長くても百年程度の人生だが、スラミには寿命がない。正確には、今の体のままで生活を続けるとやがて朽ちるのだが、分裂や自己再生を繰り返すことで半永久的に生きられるらしい。
そうするうちに次第に記憶があやふやになったり、自分ではない何かに変化したりするというが、とにかく人間よりは長生きだ。
「いつか、ラウルが寿命で死んじゃったら、ボクも死のうかな」
「おいおい。やめてくれよ。スラミには生きていてほしい」
「むぅ……。ラウルはボクに一緒に死ぬことも許してくれないの? ラウルがいない世界で生き続けるなんて嫌だよ」
「……その気持ちはすげー嬉しいよ。でも、スラミが死んじゃうの、俺は嫌なんだよ。酷いこと言ってるんだろうけど、俺が死んでもスラミは生きてくれ」
「……本当に酷いや。ラウルがいない世界なんて、ボクにはなんの価値もないのに」
スラミは本気でそんなこと言っているのだろうな。人間が言ったら相当なロマンチストかもしれないが、スラミはただ自然にそういう発想に行き着くのだろう。
人間じゃない故に、人間よりもとても純粋でシンプル。この一途さが嬉しくないわけはない。
「……ま、俺が死んだ後にはさ、俺の子供とか、孫とかを守ってやってくれないか? 順当にいけば、そういうのがちゃんとできるはずだからさ」
「……それも悪くはないよね。ラウルとセリーナの子供、可愛いだろうな。でも、ボクが好きなのはやっぱりラウルなんだよね。だから……ラウルが死んだ後、ラウル以外を守る約束はできない。ボクだって、いつもラウルの言うことを聞くわけじゃないよ」
「そっか。わかった。最終的には、スラミの思う通りにしてくれ」
スラミの意志は固そうだ。俺が問答無用で命令すれば、従わせることはできる。そういうスキルを持っているから。しかし、俺はスラミの意志を尊重したい。スラミを道具ではなく、相棒だと思うなら、それが当然だ。
軽食を食べ終わってからも、スラミとおしゃべりしつつのんびりと過ごす。なんだか老夫婦のような過ごし方とも思うが、俺達はそういう関係に近いのかもしれない。
もっとも、こっちの世界にはあまり多様な娯楽は存在しないので、若いカップルのデートでもこんなものではある。日本はなんだかんだ恵まれてる部分は多かったよなぁ、としみじみ思う。
贅沢ができないことを不幸と思うなら生きにくい場所だったかもしれないが、お金をかけない楽しみはたくさんあった。ネットさえあればたいていの音楽は無料で聞けて、面白い動画も視聴できるのはありがたい。昔と比べて収入が少なかったとしても、安くて質の良いものが手に入ったり、無料で無数の娯楽を享受できるなら、昔と比べてどうのこうのというのも的外れな気がする。バブル期の映像とか見ても、別に憧れもしなかった。お金を持ちすぎてバカになった人がたくさんいたんだなー、という感じ。
さておき。
一時間ほど話し、昼過ぎになると、昨夜の夜更かしが祟ってだんだん眠くなってきた。今は平和だが、いつモンスターが現れるかわからない状況でもある。一旦宿に戻って休むことにしよう。
時刻としては、日本で言うなら十三時頃。宿にたどり着いて、部屋に入る。
部屋ではイヴィラ達がくぅくぅと心地よさそうに眠っていて、寝顔だけ見ると可愛らしい。もう少し生気のある肌だったらもっと魅力的だったかなとも思うが、慣れるとこの肌もまた魅力の一つかもと思い始める気がする。要するに俺は見境がない。
二人を起こさないように気をつけつつ、空いているベッドに仰向けに横たわる。すると、スラミがニュフフと笑いながら添い寝してきた。
「……この状態で寝るのか?」
「別にいいでしょ? スライムの形でならいつもラウルにベッタリだよ? 普段とやってることは同じ」
「それはそうかもしれんが……」
「その気になったら襲っていいからね? ボクはいつでも大歓迎なんだから」
スラミがグリグリと頭を押し付けてきて、かつ脚で俺の体を挟む。感触は女の子そのもので、何も感じないでいるのは難しい。っていうか、股間にスラミの足が当たってるんだけど、わざとだよな?
「……あんまりくっつくなって」
「ん? まさか、ボクがこうしてくっついているだけで、ラウルは自制できなくなっちゃうの? ラウルのセリーナへの想いってそんなもの? もしそうだとしたら……セリーナのことなんて、本当はそんなに大切でもないんじゃないかな?」
表情は見えないが、随分と挑発的な物言いだ。案外不満が溜まっているのかもしれない。
どうするべきか、少し迷う。セリーナのことは大事。その気持ちを尊重したい。だから、この場でスラミと結ばれるわけにはいかない。
けど、スラミの不満を少しでも解消してやりたい。
「……抱き締めるだけ、な」
「ふぇ?」
スラミの方を向き、その華奢な体を抱き締める。頭を自分の胸元に引き寄せて、ぎゅっと包み込んだ。
「え、あ、え? ラウル? こ、これは?」
「最近、蔑ろにしちゃっててごめんな。セリーナのことはもちろん大事だけど、スラミのこともすごく大事だ。まだこんなことしかできないけど、我慢してくれ」
「や、ちょ、うん……」
スラミがしばしもぞもぞしていたが、やがておとなしくなる。スラミも俺の体に腕を回して、強く抱き締めてきた。
「……なんだろ。スライムのときにはこんな風に抱き締めてもらってるのに、今日はなんだか違う感じ。幸せだなぁ」
「でも、ここまでな」
「うん。わかった。でも、勘違いしないで。ラウルがセリーナと仲良くしてるの、嫌なわけじゃないし、むしろ嬉しいんだよ。だけど……やっぱり、ボクも女の子だったらよかったのにって思っちゃうんだ。ラウルと結婚して、子供を作って……。そういうことができるセリーナが、羨ましいや」
スラミの言葉に切ない気持ちになってしまう。男女なら普通にできることができない、というのは、それを求める人からするととても辛いもの。スラミと逆の立場だったら、俺はスラミのように冷静ではいられないと思う。
「普通の男女みたいなことはできなくても、必ずスラミを幸せにする」
「……うん。ありがとう。まぁ、もう幸せなんだけどね?」
ニュフフ、と楽しげに笑う気配。俺が死んでしまうまで、こんな笑みを絶やさないでほしいと思う。
抱き合っているうちに、俺はだんだんと意識が遠退いていく。そのまま眠りにつくのだが、直前に顔に何かが触れた気がする。
「……ラウルは何も悪くないから」
夢の中で、そんな言葉を聞いた。
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