約束

 一通り賑わっている一角を散策し終えて、俺達は広場にやってきた。

 必要なときにはここで色々な行事が行われるのだが、今は単純に町の人の憩いの場。市営の公園という感じだな。老若男女色々な人が訪れるし、出店なんかもある。今日もざっと百人以上がここで過ごしていた。

 特別なものがあるわけではないが、出店で売っていたパンとスープを買って、ベンチに並んで座った。俺が真ん中だったのでちょっとしたハーレム気分だな。


「ご飯の美味しいところでも探そうと思ったけど、結局、定番のメニューになっちまったな」

「……わたしは、あまり食事に関心がない。食べられればなんでもいい」

「そっか。ちょっと気になっちゃうけど、リナリスさんって、いったいどんなことに関心があるんだ? 一番好きなもの……あるいは、これをしてるときが幸せ、っていうの、ある?」

「……さぁ。なんだろうな。逆に、お前は何が好きなんだ?」

「んー、ここではちょっと言えない感じ?」


 リナリスには俺の言わんとすることが伝わったようで、溜息を吐かれた。


「男は単純だな。そればっかりだ」

「まぁな。でも、「ばっかり」ではあっても、「だけ」じゃないぞ」

「なら、他には何を好む?」

「色々あるぞー。スラミと遊ぶのも、昼寝も、美味しいご飯を食べるのも、星空を眺めるのも、音楽を聞くのも、なんだって好きさ」

「……多趣味だな」

「かもな。リナリスさんは、そういうことをしてても楽しくない?」

「楽しくないわけではない。ただ……なんだろう。どこか、満たされない」


 その横顔は寂しげで、最愛の人を亡くしたばかりの未亡人を見ているかのようだった。

 リナリスは、自分のことを「強いだけの愚かな女」と言っていた。その愚かさ故に、大切な人を亡くしたこともあったのかもしれない。リナリスのヴィリクに対する感情には少なからず好意が含まれているとも思うが、複雑そうだな。

 もっと踏み込んで尋ねてもいいのだろうか? 流石にまだ早いだろうか?

 迷っているところで、遠くから微かに笛の音が聞こえた。


「……何の音だ?」

「ああ、あれはローレン商会からの呼び出しだ。お前達には関係ないから安心しろ」


 リナリスが立ち上がり、手にしていたパンとスープをそそくさと飲み込んだ。割と豪快な食事かもしれない。


「悪いが、何かトラブルがあったようだ。わたしは行く」

「そっか。忙しいな」

「その方がわたしの性格には合っている。お前達はゆっくりしていろ」

「ん。そうする」

「ただ、まぁ……こういう過ごし方も悪くはないな。何が好きだとか、幸せだとかははっきりしないが……こうして広場でゆったりして、賑わう人々を眺めるのは、心地よいと思う」


 それだけ言って、リナリスがスタスタと歩き去る。普段より早歩きなのは、急いでいるからか、それとも照れ隠しか。


「また宿でなー」


 リナリスが小さく手を振る。その背中が見えなくなるまで見送って、俺はベンチに座り直した。

 すると、スラミがぴったりと体を寄せてきて、至近距離でにっこりと微笑む。


「やっと二人きりになれたね!」

「ん? おお。確かに。ってか、スラミは二人きりがよかったか」

「うん。実は、そう。リナリスも嫌いじゃないけど、やっぱり二人きりは特別!」

「可愛い奴め!」


 ワシャワシャと頭を撫でてやる。こうすると本当に嬉しそうな顔をするんだよな。俺まで幸せな気分になるよ。


「うっし、じゃ、とりあえず食べるか」

「うん!」


 スラミがスープを口にして、ニコニコと微笑む。


「美味いか?」

「うん! 美味しいよ!」

「そっかー。よかった。今日は天気もいいし、風も気持ちいいし。こうやってのんびりしてるのもやっぱりいいよなぁ」

「うん! ボク、幸せだよ!」


 何もない日常が一番の幸せだ、なんて極端なことまでは考えない。けれど、こうしてのんびりする時間も大事だよな。

 セリーナも隣にいてほしいなぁ、とは思ってしまうが、スラミに悪いとは思うので口にはしない。

 が、スラミが不敵な笑みで指摘してくる。


「セリーナが恋しいなぁ、って顔だね」

「……おっと、わかるか?」

「わかるよぉ。もうずっと一緒にいるんだからね」

「それもそうか」

「やっぱり、ちょっと妬けちゃうなぁ。ボクの方が一緒にいる時間は長いし、ラウルのためにたくさん頑張ってるし、ラウルのためならどんなことでもできるのに、ラウルはセリーナが大好きなんだよね」

「……そうだなぁ。スラミが大事じゃないってことはないんだけど」

「それはわかってるけどさ。男女の絆ってずるいよね。いくら繁殖のために必要な絆だからって、ボクとラウルの絆を軽く追い抜いていくんだから」


 拗ね方も可愛らしいのだが、どこか幼馴染みの女の子を見ている気分だ。ずっと一緒にいるのに、結局別の女の子に盗られてしまった……みたいな。


「……ごめんな。俺、勝手なやつでさ」

「しょうがないよ。ラウルだって性別のある生き物だもの。心だけの繋がりより、性欲も満たせる繋がりが強くなっちゃうよ。ボクは無性だからその辺はわからないけどさ」

「スラミとは一生一緒だと思ってるよ」

「うん。それもそうだよね。ボクは離れるつもりないよ。……たとえラウルが、どんな秘密を抱えていてもね」

「……おう」


 ここでその話を持ち出してきたか。けど、そりゃ気になるよな。その人のことは全部知ってる、って言えるくらいの相手が、自分の全く知らない一面を見せたのだ。気にならないはずがない。


「言いづらければ答えてくれなくてもいいんだけど……ラウルって、何者なの? どうして、知らないはずのことを知っているの? ボクと出会う前に学んだこともあるのかな、って思ってたけど、流石に子供の作り方は五歳未満で学ぶことはないよね。ガリ版印刷とかは、もしかしたら知ることもあったかもしれないけど」

「……本当は、スラミには話すべきことなんだろうな」


 前世のことは、スラミになら話してもいいと思う。話したからといって、俺達の関係に何か変化が起きるわけもない。

 俺はずっとスラミが好きだし、スラミも俺を好きでいてくれる。ずっと、一緒にいてくれる。そう確信できるくらいの年月をスラミと過ごしている。


「けど、もう少し待って。たぶん、そのときが来たら、自然と話すことになると思うから」

「そう……。なら、いっか。別にどうしても聞きたいことでもなかったしさ。ただ、一つだけお願い。ラウルのことを知るのは、ボクが最初がいい。セリーナよりも先」

「……ああ、わかった。そのときは、スラミが最初だ」

「ん。なら、いいよ」


 スラミがニッコリ笑顔を取り戻す。そして、恋人のように手を繋いできて、さらに俺の肩に頭を乗せる。傍から見れば、俺達は仲睦まじいカップルに映るだろう。


「どうした? 今日はやけに甘えてくるな」

「いつもセリーナに遠慮してるだけだよ。ボクはいつだってこうしたいんだから」

「そっか……。まぁ、でも、セリーナがいないからって、あんまり……」

「わかってるよ。わかってるから、いつもはセリーナがいなくても、ちゃんと遠慮してるでしょ?」

「そうだな」

「でもね……ボクはさ、ラウルは今日も明日も明後日も、当たり前に生きてると思ってたんだ」

「うん」

「ラウルは危険なことしないし、ボクも一緒だから、大丈夫だと思ってた。でも……イヴィラ達との戦いは、危なかったね。相手が殺しに来てたら、ボク達、どうなってたかわからないや」

「だな……」

「ちょっと、怖くなっちゃった。ボク達だって、当たり前に毎日生きていられるわけじゃない。だから……ボクのしたいこと、我慢するの止めよっかなって思ってるんだ」

「それは、つまり?」

「ね、ラウル。ボクとエッチしようよ」

「……そう来るかぁ」


 スラミの心配ももっともである。俺も昨日の戦いについては思うところがある。基本的に、俺の作戦はいつだって「命を大事に」だ。それでも、突発的に強敵と戦うときはあって、死にかけることだってあり得る。


「約束、覚えてるよね?」

「願いを聞いてやる、ってやつだろ?」

「うん。だから、ボクからのお願い。ボクとエッチしよ」

「……セリーナに無断では、ダメだ」

「わかってる。今すぐにじゃなくてもいいよ。落ち着いたらセリーナと会って、またたくさんエッチして、それからでもいい。ラウルから言い出しにくいなら、ボクからセリーナにお願いしてもいいよ。ラウルとエッチさせて、って。もう我慢したくない、って」

「悩ましいが、スラミとの約束だからな。破るわけにはいかない。その辺は俺から切り出すよ」

「本当? 本当に、ボクとエッチしてくれるの?」


 スラミが一度体を離し、俺の顔をまじまじと見つめる。


「セリーナの許可は必須だ。でも、とにかくスラミのお願いなら聞くしかない。ぶん殴られるのか、呆れられるのかわからないけど、セリーナを説得してみるよ」


 スラミの笑みが深くなる。それは無邪気なニコニコ笑顔ではなく、少し大人びた、幸せをかみしめるような笑みだった。


「嬉しい。ボクに心臓があったら、きっとドキドキしすぎて死んじゃうよ」

「……期待させるだけに終わったらごめんな」

「それでもいいよ。セリーナが許してくれるまで待つ。ラウルの気持ちだけでも嬉しいんだ」

「健気すぎるって。うん。でも、とにかく話は一度帰ってからな」

「うん。わかった」


 スラミが俺に抱きついて、むぎゅぅ、っと胸部の膨らみを押し付けてくる。擬態のはずなのに、その感触は本物そっくりだ。


「好き。ボクは人間でも女の子でもないけど、大好き」

「……ありがとう。俺も好きだよ。スラミに出会えて、本当によかった」


 スラミに出会えていなかったら、俺はもっとやさぐれた性格になっていたかもしれない。世の中悪い奴は一杯いるけど、いいやつも案外たくさんいるよな、なんてのんびり構えていられるのも、スラミのおかげだ。スラミには感謝し切れない程の恩がある。


「これからも宜しくな」

「うん。一生一緒だよ」

「だな」


 スラミの頭を撫でてやる。幸せそうにニュフフと笑ってくれて、俺も幸せな気分になる。

 セリーナのことも、スラミのことも、ちゃんと責任持っていこう。二人とは別の意味で、ソラもだな。

 ちゃらんぽらんな俺には少し重く感じることもあるけれど、不思議と力の沸いてくる重さだった。

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