散策

 それから、ドゥーワ許可されたので少々試し斬りもしてみて、確かにこの魔剣は少々クセが強いことを確認。慣れるのに少し時間はかかるかもしれないが、慣れればかなりの戦力になってくれるだろう。

 なお、魔剣の名前は闇喰いの紫樹デビル・イーターと言うらしい。闇属性の割には闇を討つ雰囲気があり、ダークヒーローみたいな印象が俺としてはかっこいいと思った。……男はいつになっても子供心を忘れないものなんだ。しょうがないだろ?

 そんなこんなで、俺の武器新調が終了。戦士の剣ウォーリア・ソードについては一旦持ち帰ることに。スラミも剣術を学んでみたいと言ったからだ。

 買い物が終了して、俺達はドゥーワの店を後にした。


「リナリスさん、今日はありがとう。いい剣を買ってもらえて助かる」

「……お前には死なれては困るからな。ヴィリク様のためだ」

「それでもいいよ。おかげで死ぬ確率もかなり下がったよ。それで、リナリスさんはこれからどうする? 今日明日はここに滞在するにしても、何か用事あるの?」

「ないと言ったらどうするつもりだ?」

「一緒に町の散策でもどう? 俺は初めて来たけど、リナリスさんは少しはこの町に詳しいだろ? ご飯の美味しいお店とか紹介してくれない?」

「……わたしは、食事の美味しい店など知らない。行く理由もなかった」

「そう? ならそれはいいや」

「……わたしはギルドで何か依頼クエストでも受けるさ。町からそう離れない範囲でな」

「おいおい。昨夜も働いて、今日もまた働くのか? とりあえず寝るとかでもいいけど、ちょっと休みなよ。店がわからないなら、一緒に探さない?」

「何故、お前と」

「いちいち理由とか考えてないけど、強いて言えば、その方が楽しそうだから。スラミもそう思わない?」

「うん! きっと楽しいよ!」


 スラミもにっこにこの笑顔で同調してくれる。


「楽しい……か」

「リナリスさんが普段何を考えてるかわからないけど、誰かのためになりたい気持ちはあるんだろ? そういう気持ちって、心底大事なものがあるからこそ出てくるはずだろ? 本当に尽くす価値があるのか、もっと身近なものに関心を持って、その目で確かめてみたらいいんじゃない? 仕事ばっかりしてたって、大事なものは見えてこないと思うけど?」

「……お前は、本当に痛いところを突いてくる」


 リナリスは渋面を作り、数秒の思案。それから、溜息と共に頷いた。


「お前の言うことも一理ある。お前が誘うなら、行こう」

「おう。じゃあ、これからがデートだな」


 軽い気持ちで言うと、リナリスの眼光が鋭くなる。


「お前とデートするつもりはない」

「……あ、そう。わかったけど、そんな真面目に返さなくてもいいのに」

「これはただ、共に町を散策するだけのことだ。特別な意味などない」

「わかったよ。じゃ、散策に出かけよう」


 リナリスを伴い、俺達は町の散策を開始。

 町の南側が特に賑わっているようで、広場や露店、数々の日用雑貨の店もあり、食事処もあった。


「リナリスさんは、どんな食事が好き?」


 賑やかな界隈を散策しつつ、リナリスに尋ねる。


「食事にあまり好き嫌いはない」

「そっか。甘いものとかは嫌い?」

「嫌いではない。あまり食べもしないが」

「そっか。じゃ、食事の話じゃなくても、この町の話でもなくても、ヴィリクと一緒にいて、何か印象的なこととかあった?」

「……色々ある。ヴィリク様を狙う悪漢を返り討ちにしたことも、一度や二度ではない」

「一番厄介だったのは?」

「わたしからすれば概ねたいした敵ではないが……山吹色の旗イエロー・フラッグの一団を倒したことは印象に残っている。いわゆる義賊を名乗る奴だったが、頭領以外はただの盗賊だった。なんだかんだやりあううちに頭領が仲間の裏切りを知り、仲間を全員殺して何処かへ去っていった。後味の悪い出来事だったな」

「そんなこともあったのか……。大物と旅してると色々あるんだな」

「それは、ある。いいことも、悪いことも」

「だよな」


 散策しているところで、前方から十歳くらいの少年が駆けてくる。そいつは、繁華街には見合わない粗末な服を着ていた。

 見た瞬間、そいつがスリの類だろうことは察した。そして、近くにいた冒険者風の厳つい男に軽くぶつかり、そのまま走り去ろうとする。が、男は少年の首を掴み、持ち上げる。


「てめぇ! 俺の財布を盗もうとしたな!?」


 男の手に力が入り、少年の顔が歪む。そして、腕から力が抜けて、地面に皮袋が落ちた。


「俺の財布を盗もうなんて間抜けなガキだ。罰を与えてやらなきゃなぁ!」


 法律的に、私的な制裁は許されてはいない。しかし、こういう小規模な事件に関しては、いちいち警備兵を呼ばずに当人同士で解決することもよくある。日本の警察のような立派な組織はこの世界にはない。


「俺は寛大だからな。命までは取らねぇ。その腕一本で許してやるよ!」


 男が、少年の右腕を掴む。冒険者の握力をもってすれば、少年の華奢な腕なんて軽く折れてしまう。下手すれば粉砕骨折になり、治療にも大金がかかるだろう。スリを行う少年がそんな大金を持っているわけもなくて、腕の傷を治せず、そのまま死んでしまう未来も容易に想像できた。

 こういうとき、どう対応すればいいのかは非常に迷うところ。スリに対する罰として腕一本奪うのは過大だと思うが、悪いのは少年。

 とはいえ、少年がスリをしなければならなくなったのは環境のせいでもあると思う。少年だけが悪いわけではない。

 本当に、迷う。可哀想、という感情だけで少年を助けるのが正しいとは思わない。無傷で助けたとしても、この少年はまた何かしらの悪さをしていくんだろう。そうしないと生活できないのだから仕方ない。極端な言い方をすれば、普通に働けない者にとっては、スリも仕事のうちなのだ。

 まぁ、この少年が、そもそも真面目に働く気がないダメ人間である可能性もある。しかし、それはないと思う。精神のねじくれたやつによる少年犯罪は、この世界ではあまり起きない。

 リナリスは……静かに俺を見ている。周りにこの冒険者を止められる者はいないようだし、どうするかは俺次第、ってことらしい。

 善も悪もよくわからないし、平和ボケ発想なのかもしれないが……。


「ちょっと待ちなよ。スリの罰で腕一本は、流石に厳しすぎるだろ?」


 俺が止めに入ると、男が不機嫌そうに睨んでくる。


「ああ? 俺に文句あるってか? こいつは犯罪者だ! スリだって立派な盗賊だぜ? 盗賊は殺してもいいんだぞ? それを、腕一本で勘弁してやろうっていうんだから、俺は寛大だろう!?」

「……ごもっとも。けど、まだ子供だ。やり直す機会くらい与えてやりなよ。その子の身なりから察するに、腕を折ったら、治療もできずにそのまま死んじまうよ」

「だからなんだ? それはそれで、相応の罰ってことだろ?」

「ま、そうなのかもしれないけどさ」


 俺の方が異端な考えをしているんだろう。社会的に、犯罪者予備軍を生かしておく余裕はない。犯罪者にも人権を、となどと言えるのは、よほど余裕のある世界の話。

 まっとうに生きている奴が生き延びるのさえ、大変な世の中なのだ。弱者を切り捨てる発想になるのも無理はない。


「……でも、すまん。やっぱり、俺はその子を死なせたくないんだ。

 正義を名乗るつもりはないよ。たぶん、あんたの方が正しい。これは俺のワガママだ」


 俺は、先ほど新調したばかりの剣を抜く。

 剣身は紫に淡く発光し、見る者を不安にさせる。


「貴様、俺とやろうってのか!?」

「いや、戦わないよ。喰え、闇喰いの紫樹デビル・イーター


 魔剣が一際強く発光。それを見ていた男は、急に弛緩した顔になり、体から力が抜ける。地面に落ちそうだった少年は、スラミが速やかに受け止めてくれた。


「心配するな。これはただ、お前の怒りとか戦意とかを一時的に奪っただけだ。少しの間ぼぅっとするかもしれないけど、後は元通りだよ」


 聞いているのかいないのか、男はぼんやりと視線をさまよわせる。物理的な攻撃が基本だが、精神的な攻撃もできる魔剣とは、本当に恐ろしいものだと思う。

 でも、できればあまり戦いたくないと思う俺には、この魔剣は相性がいい。盗賊とかも殺さずに捕まえられるだろう。

 スラミに受け止められた少年は、数回咳をした後、スラミの腕を振り払って何処かへ走り去っていった。


「あーあ。たぶん、またやるんだろうなぁ」


 まぁ、俺が何か説教しところで、再犯するのは変わらないとは思う。でも、何も言わず、半端に助けただけで終わってしまうのも違う気はした。


「やるだろうな。あれは常習だ。他に生きる術も知らないのだろう」

「俺のやったこと、意味あったのかな?」

「さぁな。わたしにもわからん」

「でも、放っておけないよなぁ」

「……甘い奴だ。自分で責任を取るつもりもないくせに、一時の感情で人助けをする」

「俺も所詮は冒険者ってことだな」


 俺の言葉の意味がわからなかったのか、リナリスが怪訝そうにする。


「あー、エミリアが言ってたんだよ。冒険者は、目の前の脅威だけを取り除いて、その人を助けたつもりになる、ってさ。大事なのはそれから先なのに、って」

「なるほど。エミリアも相当に鋭い奴だな。いずれは……いや、お前がエミリアにつくのなら、近いうちに頭角を現すかもしれん」

「だと思うね。あいつはすごいやつさ」


 そこで、まだ少年が去っていった方向を眺めていたスラミが、俺に向き直る。


「ねぇ、ボクは、ラウルはそれでいいと思うよ! 本当に意味があることだったのか、そうじゃなかったのかはわからないけど、あの子が一回でも人の優しさとか情けを知れたのは、価値のあることだと思う! 将来、辛くてもまっとうに生きる道が選べるときが来たら、ちゃんと生きていこうって思うきっかけになるかもしれないよ!」


 スラミの言葉に、ほんの少し救われる。

 ああいう貧しい子供が更正するのは簡単なことじゃない。可能性は非常に低い。それでも、自分のしたことは全くの無意味ではなかったと思えた。


「ありがとう。ちょっと元気出た」

「えへへ。ラウルは、もっと自信を持っていいと思うよ! ボクは、ラウルのそういうところ、大好きなんだから!」

「そっかそっか。スラミに好かれると、力が湧いてくるなぁ」


 スラミの頭をワシャワシャと撫でてやる。普通の女の子だったら髪が乱れることを嫌いそうだが、スラミは心地よさそうだ。


「……仲の良い二人だな。そのスライムが限界以上の力を発揮できるのも、案外、愛だとかいう曖昧なものも影響しているのかもしれんな」


 リナリスが溜息を吐くが、呆れるというより羨望が混じっているように思う。

 こういう人間的な部分を見ると、リナリスがどういう人物なのか、もっと知りたいという気持ちも出てくる。けど、それを知るときは来るだろうか。

 俺がリナリスを見つめていたのをどう思ったか、リナリスは気恥ずかしそうに視線を逸らして無言で歩き始める。俺も、今は何も言わず、その背中を追って歩き始めた。

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