武器屋 2

 ドゥーワが戻ってきて、カウンターに五本の剣を置く。そのうち二本はダミーでただの観賞用、あとの三本が本命かな。


「どれがいい?」

「とりあえず、この黄色のと青いの以外で」

「ほぅ。一発で見分けがつくのか」

「そりゃね。俺だって多少は実力もあるんだから」

「ふむふむ。感心だな。うん、まずは合格だ。ちなみに、そっちのお嬢ちゃんはどうだい? 黄色のと青いのがダメなのはわかるか?」


 ドゥーワが尋ねると、スラミはうんうんと元気よく頷く。


「ボクだってわかるよ! 宿ってる魔力量が全然違うじゃない!」

「ほほぅ。可愛らしい見た目だが、油断ならねぇな。っていうか、本当はお嬢ちゃんでもないのかな?」

「うんっ。違うよっ」

「本質はモンスター、かな? そんで、ラウルのパートナー? しかし、本当に人間にしか見えねぇな。すごい擬態能力だ」

「えへへ。すごいでしょ?」

「おう。すごいぞ。まぁ、その見た目ってことは……やっぱりそういうパートナーでもあるのかな?」


 ドゥーワがニタリと笑いながら俺を見る。俺が何か言う前に、スラミが口を開いた。


「そういうって、エッチするパートナーってこと? ラウルはボクとエッチしてくれないんだ。ひどいよね!」

「何ぃ? ラウル、相手が求めてるのに何もしないってのか? そんな腑抜けた男に売る剣はここにはねぇぞ?」

「おいおい、いきなり話が変な方に進んでるぞ。スラミのことは大事だが、他に恋人がいるんだよ」

「はぁ? だったら、二人とも抱いてまとめて幸せにしてやるのが男ってもんだろ?」

「……話はわからんでもない。でも、その恋人が、今は自分だけ愛してくれって言うんだよ。少しして自分がある程度満足したらあとは好きにしていい、ってさ。そんな健気なこと言われたら、今はその子の願いを聞いて満足させてやるしかないだろ?」

「むぅ……それは、確かになぁ……。しかし、悩ましい。男として器の大きいのは、一人の切な願いを聞いてやる方か、二人まとめて幸せにしてやる方か……。リナリス、どう思う?」


 話を振られ、リナリスは呆れ顔で溜息。


「そんなものは知らん。少なくとも、ドゥーワは自分の浮気性を男の器云々と言って誤魔化すのは止めておけ。店に一人ってことは、どうせまた嫁が家出したんだろ?」


 指摘されて、ドゥーワが気まずそうの苦笑い。


「いやぁ、まぁ、なあ?」

「……まぁ、お前の家庭事情などどうでもいい。とにかく剣だ」

「そうだな……。ラウル、とりあえず全部持ってみな」

「ああ、わかった」


 やや勢いを失ったドゥーワに促されて、俺は順番に剣を持って行く。

 一本目。純白の剣で、つばがなく、剣身と柄のみという少々変わった形状。余計な装飾もなく、雪の結晶を剣の形に成形したような印象だ。全長一メートルほどの一般的なサイズ。属性は……氷。

 軽く振ってみると、それだけで周りの空気が凛と冷える。魔力を通せばすんなりと全体に行き渡った。素直で扱いやすい剣だと感じる。

 二本目。半透明の赤い剣身をしていて、一見するとガラス製ではないかと思ってしまう。しかし、実際にはちゃんと金属質な質感で、これまた珍しいタイプの剣だ。やや大きめながら重さはあまり感じず、振り回すのも軽やか。属性は炎で、俺の魔力にもよく馴染む。また、炎を生み出すのに特化しているだけでなく、魔力を通すことで剣身の長さをある程度自在に変化させることができた。本当に変わった剣だ。

 三本目。紫色に仄暗く光る妖しい剣で、呪われているのではないかと疑ってしまう。属性は、闇、だと思う。はっきりとはわからない。俺が今まで見てきた中でも最も特異な性質を宿していて、いまいち掴み所がない。これは剣なんだろうか? 何かの魔法生物が剣の形に擬態しているかのよう。手に馴染むというより、向こうから俺に吸いついてくるような不気味さもある。


「……この紫のやつ、いったいなんなんだ? 気持ち悪いぞ?」

「わかるかい?」

「見た目からしてヤバイやつだろ。これ、持ってるやつがだんだん狂っていくとかのいわくつきじゃないよな?」

「そんな危険な代物は持ってこん。だいたい、俺が作った剣がそんないわくつきになるわけもない。

 ただ、確かにそいつはじゃじゃ馬だな。ちょっとばかし扱いが難しい。しかし、この中じゃ一番強力な剣なのも確かだ」

「へぇ。面白そうではあるな。でも、俺としては扱いやすいやつの方がいい」

「そうかい? しかし……剣はお前さんを選んでいるように見えるがな」

「剣が俺を選ぶ? そんなことあるの?」

「まぁ、これは俺の直感で、上手く説明できることじゃない。無視してくれても構わんさ」

「ふぅん……。根拠はなくても、武器屋の直感は無視できねーな。こいつにしてみようか」


 ドゥーワの直感もあながち間違っていないように思う。この剣を持ったとき、吸い寄せられるような感覚があった。人を虜にして狂わせる類ではないとすると、剣が俺を選んだのかもしれない。


「これ、いくらなんだ?」

「リナリスは特別なお客様だからなぁ、おまけして十万ルクでいいぞ」

「高っ。魔剣としちゃ妥当かもしれないけどさ……」


 戦士の剣ウォーリア・ソードはダンジョン内で見つけたものだが、買えば二万ルクはする。いい魔剣は高価なのだ。


「金の心配はするな。わたしが出す」

「え? リナリスさんが買ってくれるの? なんで?」

「……あの二人を押し付けた手間賃といったところだ。受け取れ」

「あー、そういうことなら、受け取っておくかな」


 あの二人の世話をしていくのは確かに相当に大変だろう。見返りは求めちゃいなかったが、手間賃としては妥当かもしれない。途中で投げ出すわけにもいかないしな。


「ほほー。リナリスが他人にプレゼントを渡すとはねぇ」


 ドゥーワが意味深にニヤついて、リナリスがナイフのような目でドゥーワを睨む。


「プレゼントなどではない」

「へいへい。商人気質の取引だよな。今のこれも、リナリスなりのデートなんかじゃない」

「当然だ」


 カカカ、とドゥーワが笑う。リナリスはひたすら不機嫌そうだ。

 リナリスが俺をデートに誘うなんて、とても想像できないな。ドゥーワがどうしてそんなことを口にしたのかもわからない。


「ま、いいさ。ただ……ラウル。リナリスがが他人を連れてきたのはこれが初めてだ。ちぃっとばかり気難しいしな。友達もいねぇやつだから、仲良くしてやってくれよ」

「……まぁ、お願いされなくても、俺はリナリスが好きだし、仲良くできるなら仲良くするさ」

「そりゃよかった。しかし、自分を好いてる女の前で、他の女を好きだなんて言うものでもないぞ?」

「へ?」


 ドゥーワの視線の先で、スラミがツンと唇を尖らせてる。そんな嫉妬させるようなことじゃないと思うけど……。セリーナとも付き合ってるし、今さらじゃない?

 リナリスはリナリスで、何故か険しい顔をするし……。俺が悪いのか?

 答えは出ぬまま、俺はしばしキョロキョロと二人を見比べる羽目になった。

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