武器屋

「リナリスさんの武器を見に行くのか?」

「違う。お前のだ」

「俺の? なんで?」


 ものすごく睨まれた。親の仇を見るように、なんて初めて感じたぞ。


「なんで? じゃない。お前、イヴィラ達との戦いで死にかけただろ。もっとマシな剣を持て。軽く横目で見ていたくらいだが、今のそれはお前のレベルに合っていない」


 リナリスが、俺の腰に下げた剣を睨みつける。いっそ壊してしまいたいと思っていそうだ。


「あー、それは、あるかもなぁ。使い勝手はいいけど、実力以上を引き出してくれるものじゃない」

「わたしとて、武器の性能を上乗せして今の実力がある。お前もマシな剣を持てば、イヴィラに負けることもなかったかもしれん。装備を変えろ。これからどんな敵が来るかもわからないしな」


 リナリスの有無を言わせぬ雰囲気。強引だが、俺を思ってのことだよな。そういうことを考えてくれるくらいには、俺に親しみを感じているんだよな。


「わかった。けど、いい剣って、この町の武器屋にあるのか?」

「一軒だけ当てがある。あそこにならあるだろう。ついて来い」


 リナリスが先頭に立って歩き出す。それを追いかけて歩くこと五分程。路地裏の狭い小道を抜けて、少々怪しげな雰囲気の一画にその店はあった。年期の入った煉瓦づくりの家で、看板も出ていない。闇取引でも行われていそうな雰囲気だ。大丈夫か?

 リナリスはちゅうちょなく入り口の扉を開け、中に入る。それに続いた。


「いらっしゃい。お? リナリスじゃないか。久しぶりだな。後ろのは新しい恋人かい?」


 店主らしき中年男性が威勢良く声をかけてくる。店の怪しさとは裏腹に、店主自身はとてもいい人そう。隆々とした筋肉の具合を見ると冒険者のようでもあるが、おそらくは鍛冶師。


「恋人ではない。強いて言えば仕事仲間だ」

「ほほー? 雪染めの月スノウホワイト・ムーンに仕事仲間かい? 並び立つ者のいない孤高の月に、ついに仲間と呼べる相手ができたか。それはめでたいことだな」


 店主が意味深にニヤニヤしている。リナリスは実に不愉快そうだ。


「強いて言えば、だ。関係としてはただの他人だ」

「そうかいそうかい。なんにせよ、多少は心境の変化があったってことなんだろうな。それで、今日は何の用事で? リナリスの今以上の装備はうちにはないぜ?」

「……こいつに合う剣があるか見てくれ」

「ほほー? リナリスが他人の装備の面倒を見るなんてな。これはまた珍しい」

「……何が言いたい?」

「なんでもないさ。いい変化だと思う、ってだけで」

「わたしのことはどうでもいい。こいつに剣を」

「はいよ」


 男が俺の方を向き、豪快な笑みを見せる。


「挨拶が遅れたが、俺はドゥーワ。鍛冶師兼この店の店主だ」

「俺はラウル。宜しく」

「ボクはスラミだよっ」

「おう。二人とも宜しくな。それで、剣が欲しいって? 今はどんなの使ってるんだ? 見せてみな」

「これなんだが……」


 俺は愛剣の戦士の剣ウォーリア・ソードをドゥーワに見せる。魔法剣としての性能もシンプルだが、見た目も至極シンプル。特にしゃれたところのない無骨な剣だ。


「ふぅむ。状態は悪くないな。大事に使ってあるし、斬り方もいい。武器の性能任せにせず、きちんと技を磨いた者の剣だ」

「へぇ、見ただけでそんなのわかるもん?」


 褒められて内心ちょっと嬉しかったのだが。


「んなわけあるか。ただのお世辞だ」


 がっはっは、と豪快に笑うドゥーワ。お世辞かよ……。武器屋にそれらしいことを言われたら喜んじゃったじゃないか。

 俺が落胆しているのを見て、リナリスがほんの僅かに唇の端を持ち上げる。あれ? 今、笑った? 笑顔を見たの初めてじゃないか?


「こいつはお世辞は言わんやつだ。本気で言ってることだから、そう気を落とすな」

「あ、そうなの? どっち?」

「ネタばれが早すぎるが、俺はつまらんお世辞は言わん。お前さんはいい剣士さ。

 ただ、確かにお前さんのレベルにはもう見合わないものになっちまっているようだ。悪いことは言わん。まだ使えるとしても、そろそろこの魔剣とはお別れしな」

「……そっか。名残惜しいけど、そんなもんなのかな」


 もう三年くらいは使い続けている剣だ。シンプルで扱いやすいから好きだった。

 しかし、確かに突発的に強い敵と戦わなければならなくなったときには、もっと強力な武器を持っておく必要がある。

 これからは特に、セリーナとソラのためにも死ぬわけにはいかない。備えられるものはきちんと備えておこう。


「わかった。剣は買い替える。今の俺にふさわしい剣を見繕ってくれるか?」

「おう。任せろ」


 そして、ドゥーワがカウンター奥の部屋へと向かう。店内にもいくつか武器が展示されているのだが、そちらには見向きもしない。よく見ると、確かにあまり質の良くなさそうな武器ばかりだった。見た目は割と派手ですごそうだが、あくまで鑑賞用の美術品という感じ。


「……この武器屋、なんで観賞用の武器を表に展示してるんだ? 客が来なくなるだろ?」

「わかるか? この店主は少々偏屈でな。観賞用と戦闘用の違いもわからんやつにまともな武器を売るつもりはないそうだ」

「ふぅん。そうやって相手を試してるわけね」

「そういうことだ。ま、商売の仕方にいちいち口を出す間柄ではない。好きにさせておけばいい」

「だな」


 こういう商売の仕方も、ある意味定番ではあるかな。こっちで実際に見るのは初めてだけれど。


「あ、そうだ。気が早いかもしれないけど、今日はありがとう」

「何が?」

「俺のために、武器屋に連れてきてくれたこと。俺、思い返せば、スラミ以外の誰かと武器屋に来たのなんて初めてだわ。ずっと仲間がいなかったからさ。こうして一緒に買い物に来るの、それだけでなんか楽しい。だから、ありがとう」

「……礼を言われるようなことはしていない」


 リナリスが不機嫌面で会話を打ち切る。その横顔がどこかソラに似ていて、ツンデレの気配を少しだけ感じさせた。

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