報告

 話が落ち着いたところで、俺達は軽く朝食を摂った。寝不足な分、そのまま一眠りしたいところだったが、まずはギルドに報告を入れることになった。

 この町にも小規模ながらギルドがあり、宿からは徒歩十分程。イヴィラ達は宿に残しているが、起きる気配はなかったし、スラミの分身も残しておいたから問題にはなるまい。

 ギルドに到着し、中に入ると、リナリスが職員に事情を説明。すると、ギルド内がにわかに騒がしくなり、別室に案内された。

 招かれたのは、ギルド二階にあるギルド長の部屋。俺みたいなCランク冒険者からは無縁の場所だったのだが、リナリスは慣れた様子。ランクはAらしいが、高ランクになるとこういうのが普通なんだな。

 室内は、この世界の基準でいうとかなり豪奢な設え。机やソファなどの家具も高級品だ。

 来客用のソファに三人並んで座り、執務机を挟んでギルド長と対峙。もう六十を越えるいいおじいさんなのだが、元Aランク冒険者らしく眼光は鋭いまま。第一線で戦場を駆けることはなくても、荒くれ者を束ねる長としての貫禄に満ちている。


「改めてだが、毒花の姫君ポイズン・プリンセスの捕縛、感謝する。話を聞くに、人間の町を壊滅させるような意思はなかったようだが、大きな被害なく速やかに解決してもらえたのは非常にありがたい。流石は雪染めの月スノウホワイト・ムーンといったところかな」

「いや。わたしだけの力では、二人を同時に倒すことは難しかった。隣の二人も活躍してくれたおかげで、目立った被害もなく沈静化できたのだ」

「ほほぅ。スライムマスター、ラウル。噂では、たいした実力はないが雑用をなんでもこなしてくれる便利屋ということだったがね?」

「本人を前にして、その噂通りの人物に思うか?」


 ギルド長の眼光に負けず、リナリスが睨み返す。

 すると、ギルド長はふっと息を吐き、視線をやや和らげる。


「いいや。噂で聞くほど頼りない印象ではないし、相当な実力を秘めていることもわかる。強いからこそ、実力を隠すのが上手いな」

「そういうことだ。この二人を合わせればAランクにも匹敵するだろう。ギルド長よりも強いかもしれんな」

「Aランク相当であれば、私よりは強いだろう。私の実力はすでにBランク相当だ。毒花の姫君ポイズン・プリンセスにも敵わない」

「……そうは見えないが」

「この歳になると、自分を強く見せることが多少上手くなるのさ。さて、そんなことより、混沌の住処カオス・ネストが荒れているそうだな。わかる範囲でいい。もっと詳しく聞かせてくれ」

「わかった。とはいえ、あまり詳しいことは聞けなかったがな」


 リナリスは、イヴィラ達から聞いた森の現状を伝える。ただ、あの二人も本格的に危なくなる前に森を逃げ出してきたから、今がどういう状況であるかは詳しく知らなかった。

 あまり参考にはならなかったかもしれないが、話が終わるとギルド長は渋面を作った。


「そうか……黄泉の賢狼ハーデス・ウルフがついに死んだか」

「知っているのか?」

「昔、まだ冒険者として旅をしているときに会ったことがある。非常に強く、そして美しい魔狼だった。千年か二千年か、相当に長い年月を生きていたらしい。Sランクのカテゴリーでも足りない、SSランクのモンスター……いや、神獣だった」

「……有名なのか? わたしでも噂程度にしか聞かないが」

「有名ではない。人前にはめったに姿を現さないからな。私がたまたま知っていただけだ。

 まぁ、その辺の話も、興味があるなら追々しよう。それより問題なのは、Sランクのモンスターがぶつかり合うことになってしまったことだ。Sランクのモンスターなど、一体を相手にするだけでも難しい。森の外への進軍が始まれば、こんな田舎の町は即座に消し飛ぶぞ」

「対抗できる戦力はいないか?」

「この町にはいない。いれば毒花の姫君ポイズン・プリンセスもこちらで対処できただろうがな……。

 ただ、今は近隣のホルムに虹色の慈雨レインボウ・レインの三人が来ているらしいから、応援を要請しよう。それに、各地に散らばっているSランク冒険者にも声をかける。国にも応援を乞う」

「なるほどな。それが妥当だろう」

「それと、君達三人に頼みがある。高ランク冒険者を招集したとて、即座に集まるわけではない。何人集まるかもわからない。その間にも、周辺に異変が起きるやもしれん。念のため、二日ほど町に滞在してくれ。何かあれば相応の報酬を出すし、何もなかったとしても礼はする」

「承知した。町の危機ならば仕方あるまい」


 そこで、リナリスが俺を見る。


「お前はどうする?」

「他人事じゃないし、俺も残るよ。この町が滅んだら、次はホルムの可能性も高いだろ? ホルムにはセリーナもソラもいるし、何かあっちゃ困る」

「……最悪、Aランク以上のモンスターがやってくるかもしれんぞ?」

「それは怖いが……。戦うしかないときってのもあるだろ」

「ほぅ。お前にも、そういう使命感はあるのだな。ただのんびりしているだけの男ではない、か」


 リナリスが感心して、表情が緩む。出会った当初の刺々しさから考えると、雰囲気がかなり柔らかくなった。少しずつだが、リナリスに認められているということなんだろうか。

 覚悟を決める俺に、ギルド長も笑いかけてくる。


「ラウルにも感謝する。何もないことを願うが、滞在する実力者は一人でも多い方がいい」

「……ま、あまり期待しないでほしいけどさ。

 っていうか、ギルドとしてはどういう立場をとるんだ? クイーンを助ける? その方がいいと思うけど?」

「それはまだわからない。状況がはっきりしていないからな。ただ、プリンセス達の話が全て本当であるならば、ギルドとしてはクイーンの援護をする事になるだろう」

「そっか。なら安心かな」


 母親が死んでしまったらあの二人も悲しむだろう。できれば生きていてほしい。


「ちなみに、町の人を避難させるって案はないの? ここ、危ないだろ?」

「……できることなら避難させたい。しかし、町の人間全員を丸ごと一気に避難させるというのは現実的ではない。大混乱を招いて余計な危険を引き起こすかもしれないし、そもそも行き場のない者も多数いる。逃がすより、町を守る方がよいだろう」

「そっか。避難って言っても難しいよな」


 特に、町の外は危険なモンスターで満ちている。少数の移動から問題ないかもしれないが、大移動となると安全の保証はない。


「私からは以上だ。何もなければ解散にしよう」

「わたしからは特にない」

「俺も特には」

「それでは、急用があれば連絡する」


 そこで解散となり、俺達はギルドを後にする。

 少し町の散策でもしようか、と呑気なことを考えていたら、リナリスが提案。


「武器屋に行くぞ。ついて来い」

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