目論み通り?
イヴィラ達のことはさておき。
リナリスがやけに鋭い目で俺を見てくる。視線だけで皮膚が切られそうだ。
「……余計な詮索はしないんじゃないの?」
「ああ、そのつもりだ。ただ、だからといって何も気にならないというわけではない」
「ま、そりゃそうだ」
イヴィラとラディアに布団をかけてやる。モンスターが風邪を引くのかは不明だが、放っておくのもなんだしな。
「ヴィリクにも、さっきのことは言わないでもらえるのかな?」
「言わないさ。なんというか……お前の話は、まだ世界に広めてよいことではないと思う。世界を無駄に混乱させる真似はすべきではない」
「やっぱり混乱するかな?」
「だろうな。特に、生命誕生の神秘については、宗教的な問題も関わってくる。一部の宗派では、性行為によって生命が誕生するのは、行為の最中に神が生命を授けにくるからだ、と考えている。妊娠は神の恵みであり、人知の及ばぬものである、とかな。
それが、もっと物理的な話であるとわかれば、そういう宗教関係者にとっては都合が悪い。自分達の教えが、根本的に間違っていると言われるようなものだしな。お前の話を過剰に否定したり、弾圧したりする可能性もある。下手に広めない方が良いな」
「うわ、それは面倒くさいな。下手なこと言うのやめよ」
こういうのは、天動説と地動説で揉めるのと似ているかもしれない。俺からすれば天動説なんてありえないのだが、この世界ではまだ天動説が主流。これは、科学の発展が未熟なのも要因だが、宗教的なものだって関わっている。
地球でも、天動説に基づいて世界の姿を説いていた宗教があって、地動説を唱えた者を異端審問にかけるなんて事件があった。生命の誕生に関しても、この世界で同じことが起きかねない。
俺は別に真実を世に知らしめたいわけでもないし、生命の神秘は誰にも言わない方がいいな。まぁ、セリーナとかエミリアとかの親しい人になら内密に話をしてもいいだろうが、他人に広めることはすまい。
いずれは誰かが真実を明らかにするのだろうけれど、それはいつになるかな。魔法で色々できる分、自然科学に対する理解は若干薄いので、まだまだ先のことになるかもしれない。
「ちなみに、お前はまだ知らないかもしれないが、ラミィとて一部の宗教家には不評だ」
「え? なんで? 避妊具と宗教は関係なくね?」
「そうでもない。宗教によっては、人はとにかく子供を産み繁栄するのが善だと説いている。それは、貧しくて子供を養えないとかいう事情は関係ない。
子供を産んでも養えずに死なせてしまうとしても、産めや増やせやするのが良いと説く。そういう連中からすれば、避妊具の使用は許されざることなのだ」
「……妙な連中がいるなぁ」
「まぁ、昨今そういうのはあまり流行らないから、一部の声、として片付けられてはいる。しかし、まだ今後どんな宗教家が絡んでくるかはわからない。目をつけられないよう、発言には注意しておくことだな」
「……面倒だなぁ。避妊具一つでしょうもない」
「しょうもないが、宗教とてなんの意味もなくそこに生まれるわけではない」
そこで、リナリスが一度言葉を切り、俺の様子をうかがう。なんだろう?
「……話についてこられているか?」
「え? うん。わかるよ」
「そうか……」
リナリスはどこか複雑そうな顔で、話を続ける。
「宗教とは、神の教えではなく、人を導くために人が作ったもの。……こんなことを言われても、お前は理解するのだな?」
「ああ、うん。理解できるけど……?」
「なら、いい。宗教とはそういうものだから、後の世になって滑稽としか思えない教えがあったとしても、発祥当時は重要な役割を担っていたかもしれん。
さっき言った宗教も、人口が減りすぎて、産み増やすことが急務だった環境で生まれた可能性はある」
「なるほど。宗教って生活の知恵を凝縮したものって見方もあるもんな。教養の全くない人に何かを教えるときには、理屈を話すよりも神様の教えって言った方が従ってくれるとか。いくらでも悪用はできるけど、ちゃんと人を想う気持ちのある教えだってあっただろうな。
本当なら時代に合わせて宗教も変わっていけばいいんだろうけど、神様の教えが根底にあると、コロコロ話を変えるわけにもいかないよな。神様が嘘を教えるわけないし。百年程度なら人に受け入れられるとしても、何百年も経ったらもう宗教も古くなっちまう。宗教には、本当は寿命があるんだと思う」
俺の発言の何が不満なのか、リナリスはさらに渋面を作る。今度はなんだ?
「……お前は物わかりが良すぎるな。いったいどこでその教養を身につけた? わたしの今の話は、なんとなく冒険者をやっている適当な男にはすぐには理解できまい。わたしとて、ヴィリク様と共にあるようになってから、徐々にこんな話も理解できるようになったのだ。お前の理解力は異常だ」
おっと、調子に乗っておしゃべりしすぎたか。日本なら、ある程度本や漫画に触れていればわかることだ。しかし、この世界の一般的な冒険者にわかる話ではないな。
「……俺のことについては、今はまだ秘密ってことで」
「ふん。どうせ話す気もないのだろう。ただ、イメージで言うなら、お前は全ての知識を得るために悪魔と契約した、堕賢者ファルシアのようだ」
「そんなになんでもは知らないさ」
こっちで割と有名な戯曲の一つ、堕賢者ファルシア。なんとなく、ファウストとメフィストフィレスに似ているようにも思う。
「しかし、お前の知識は人類のレベルを超えている。実は悪魔と契約していると言われても、わたしは信じるさ」
「……本当にそういう意味深な背景とかないから。期待しないでくれ」
「期待はしていない」
「……だよね」
ふぅ、とリナリスが息を吐き、肩から力を抜く。
「……お前が特殊な存在だろうことは、ヴィリク様は当初から気づいていた。初めてラミィを見た瞬間に、常人にはないセンスを感じたそうだ。あまりにも完成されすぎている、とな。
新しい商品というのはもっと段階的に進歩していくものだが、あれは既に、これ以上は変化が起きないのではと思うほど完成していた。
あのお忙しいお方がわざわざ直接お前に会いに来たのも、何かの直感に動かされてのこと。わたしは正直半信半疑だったが、ヴィリク様の直感は正しかったな」
「……俺なんてただの平凡な女好き男だよ」
「平凡なものか。お前は十分に特殊で異質だ。ヴィリク様が執心なさるのも、今なら理解できる」
なんだか悔しさのようなものが滲んでいる。ヴィリクに重宝されるのがそんなに羨ましいかね? あれだけの強さを持ちながら、俺のように弱いやつを羨むか?
「俺はヴィリクの仲間になりたいとは思ってないぞ」
「しかし、一度はちゃんと話してみるべきだ。よく知りもせずに拒絶するのは、お前にとっても損になるだろう」
「……一度話してみるのは、ありかもしれないけどさ」
俺は、ヴィリクのことをよく知らない。油断ならない相手だというくらいの認識。よく知りもせずに拒絶するのは、確かに失礼かも。それに、俺はリナリスを案外嫌いじゃないなと思い始めているし、リナリスが仕える主人にも興味を持ち始めている。
「ヴィリク様は、お前が想像するほど悪人ではない。立派なお方だ。わたしは……ヴィリク様に救われた。ただ強いだけの愚かな女だったが、多少は世の中も見えるようになった。お前にも得るものはあるはずだ」
「……なんか、色々わけありなんだな。ってか、リナリスは俺に仲間になってほしいの? 俺といるの、嫌なんじゃないの?」
「わたしは……まだ判断がつかない。妙な知識を有しているのには一目置くし、吸血鬼の命を尊ぶ善良さも悪くはない。まだ様子を見たい、というところだ」
「なるほどね。ま、ヴィリクと一回話してみるのはいいと思う。ただ、一人じゃ怖いな……。エミリアも一緒がいい」
「それでもいいさ。帰ったらヴィリク様に伝えよう」
結果としては、ヴィリクの思い通りに進んでいるのだろうか? だとすると、やはりヴィリクは油断ならないよな。会うにしても、気を引き締めていかなきゃだ。
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