世界の神秘の一端

 世界の神秘か……。

 確かに、なんの知識もない人間からしたら、あれから子供ができるなんて神秘でしかないよな。

 しかし、ここはなんと答えるべきだろう? 半端な話ではリナリスは納得すまい。

 どうにか誤魔化せないかと模索する。しかし、リナリスの眼光は鋭くなるばかり。下手なことをすれば命まで危うい雰囲気。そこまではいかなかったとしても、リナリスからの信頼が失われるのは容易に想像できた。

 少し迷い……俺は誤魔化すことは諦めた。


「……誰から聞いた、というのは言えない」

「……ほぅ。まぁ、それならそれでもいい。特殊な事情がありそうだし、詳しくは訊かないでおく。しかし、知っていることは聞かせて貰おうか」


 リナリスの有無を言わせぬ威圧。断れば無理矢理でも聞き出す、という勢いだ。


「……わかった。ただ、これから俺が話すことは他言するな。イヴィラ達もな」

「んー? よくわかんないけど、いいよ」

「自分が知りたいだけで、誰かに話したいわけじゃないし」

「よし。じゃあ、お前達の疑問に答えてやる」


 俺は改めて、生命の誕生について解説してやる。

 精子だとか、卵子だとか、受精だとか、この世界の人がまだ知り得ない情報ばかりで、特にリナリスが驚愕していた。イヴィラ達は、そもそも人間社会の知識レベルを知らないので、俺がどれだけとんでもない話をしているかはわからなかった様子。

 また、卵子だとかの話に関連して、女性の生理周期についても解説してやった。排卵の流れと、その後の展開。受精して着床したら妊娠に繋がり生理が止まるとか、着床しなければ子宮内膜がはがれて血が出るとか。

 こっちの世界でも、経験的に生理周期と妊娠しやすさが関連していることはわかってたが、その仕組みは長らく不明だった。血が出る理由もわかっていなかった。女性のサイクルを話してやることで、リナリスはとても感心していた。

 日本では当たり前に聞いていた知識だけれど、世界中で行われた研究の成果なんだよな。それが当たり前のこととして広まっているっていうのはすごいことだ。


「へぇ、命ってそんな風に生まれるのね」

「不思議な仕組みね。自分にもそんな仕組みが備わってるなんて変な気分」

「あ、でも、どうして精子と卵子から子供ができるんだろ?」

「二つが組み合わさって、それが命に変化していくの? 変な感じ。精子と卵子って、何なの?」


 さて、この世界の人にDNAとか二重螺旋構造とかを伝授してもいいのだろうか。ノーベル賞級の発見だし、安易に広めるわけにはいかないだろうが……。


「……もう、ここまで来たら知っていることを全部話せばいい。誰にも言わん。言っても信じてはくれまいがな」

「そ。ま、もういいか」


 リナリスの言葉に観念して、DNAだとかについても話をした。DNAという言葉ではもちろん伝わらないので、生命の設計図、という言葉で現しておいた。人間の細胞一つ一つに設計図が入っていて、それは二重螺旋になって、さらに精子と卵子では二重ではなくっていて、精子と卵子が組み合わさって新しい構造の生命の設計図ができあがって……。その結果、親と子の容姿が似てくるし、才能も引き継がれることが多い、云々。

 イヴィラ達はただなんとなく感心しているだけだったが、リナリスは終始顔をしかめていた。俺の持つ知識の重大さがわかるからだろう。

 おそらく、この世界ではまだ、ここにいる五人しか知らない世界の神秘の一端。

 いきなりこんな話をして信じる者は少ないだろうが、中にはこの話の真偽を確かめようとする者はいるはず。単なる妄想で片づけるにはあまりに整合性が取れている話だし、全くちんぷんかんぷんな中では、真実を突き止めるための参考になるだろう。


「生命ってすごいのね」

「生命を見直したわ」

「確かに、とんでもない仕組みだよな。まぁ、全ての生命でこういうことが起きてるかはわからない。中には違う仕組みのやつもいるかも」


 特にモンスターが繁殖する仕組みはわからないものが多い。ダンジョンの中ではモンスターが自然発生するとも言うし、俺の知らないこの世界独自の仕組みが存在するのだろう。


「ふんふん。あなた、ラウルって言うのよね? 弱っちいけど、案外面白いやつだわ」

「そうね。あなたのことも見直したわ。人間の価値は強さだけじゃない、っていうことね」


 どうやら、この話で二人から妙な信頼を得たようだ。本当に話して良かったかは不明だが、悪い結果ではなかったと思う。

 一方、リナリスは難しい顔をしたまま。こっちの世界の常識があるからこそ悩ましいのだろう。


「……ラウル。お前はいったい何者なんだ……? いや、詮索はすべきではないのだろうな。しかし、お前が想像以上にあなどれない奴だというのはよくわかった。今は、それだけでいい」

「ま、詳しくは秘密ってことで」


 リナリスが、スラミの様子をうかがう。スラミは余裕の笑みを浮かべて視線を受け止めた。リナリスはスラミの雰囲気から何かを感じ取ろうとしたようだが、それは失敗に終わったみたいだ。

 でも、この話はスラミからしても不思議なはず。俺とスラミが出会ってからの十四年、ほぼ常に一緒に過ごしてきた。その間、俺がこんな知識を得る機会が全くなかったことを知っている。

 ラウルはこんなこと知ってて当然だよー、とばかりの笑みだが、内心は色々と思うところがあるはずだ。ひとまず、空気を読んでくれたことに感謝。

 でも、スラミにはちゃんと説明しなきゃだよなぁ。ずっと俺を支えてくれた相棒だし、ここまで来たら、何も言わずにはいられまい。

 さておき、今は少し話を逸らしておこう。


「そういえば、二人って森ではどんな生活してたんだ? 両親と、他にも誰かいたのか?」

「うん。他に人間の従者が三人いたよ」

「パパ一人の血を三人で吸ってたら、パパが干からびちゃうもんね」


 二人は生命の神秘なんてもう興味を失ったようなので、スムーズに話を移行できた。

 話を聞くと、イヴィラ達七人は森の中で自由気ままに暮らし、狩りをしたり音楽を奏でたりダンスを踊ったりしているそうな。たまに勉強もしていたようで、文字を書けるし簡単な計算もできる。

 森での安定した生活には満足していた一方、少々退屈していたところもあったようだ。人間と同等以上の知性を持っている者が、刺激の少ない森の中で暮らすのは辛いものがあったらしい。

 なお、従者というやつは、特に母親の支配下にいるわけではなく、身寄りのない子供を引き取って育てていたらついてくるようになったのだとか。イヴィラ達からすると、家族のような友達のような、とにかく良好な関係らしい。

 そんな話をしているうちに、次第に夜が明ける。

 すると、イヴィラ達は急にうとうとし始め、糸が切れたようにコテンとベッドに横になり、寝息を立て始めた。寝付きがいいというか、これが吸血鬼としての生態なのかもしれない。昼型の生活にすることなどできるだろうか?


「……ま、やってみないとわからないよな」


 善悪の区別もさほどついていない印象だが、邪悪なものは感じない。きっと、両親にも、従者の人間にも愛されてきたのだろう。

 この二人なら、生活スタイルさえ合わせられれば人間の社会にも馴染めるはず。俺の力だけじゃ無理かもしれないが、頑張って導いていこう。

 リナリスには、「やっぱり生かしておいてよかったろ?」と得意気に言ってやらなきゃな。

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