こんなところで?
「成熟した女の体からは、概ね月に一度ペースで血が出るようになっている。血が出ると言っても、怪我をして出血するという感じではない。股の穴から血が滲み出るんだ。傷を負ったときのような痛みはないが、このときには腹痛などを伴うこともよくある」
「へ? 股の穴から血が出るの?」
「なんで?」
「仕組みというのはよくわからない。ただ、股から出ると言ったが、出所は股の穴の奥にある子宮だ。妊娠に関係しているらしいが、とにかく女の体はそういう風になっている」
「えー? なんで? 私達もそうなるの?」
「血が出るって、おしっこみたいに? しゃあああ、って?」
「おそらく、お前達も経験する。人間と子供を作れるならそうだろう。寿命を考えれば、少しペースは遅いかもしれないがな。
あと、血尿とは全く別だから、そんな勢いよく出てくるものではない。少しずつ滲み出る感じかな……」
「それ、勝手に出てくるの?」
「股から血が出っぱなし? すごく不便そう」
「勝手に出てくるし、じわじわとだが概ね出っぱなしで、たまに一気に出ることもある。これは確かに不便だ。
しかも、単に血が出るだけではなく、さっきも言ったとおり腹痛などを伴うこともあるし、精神的に不安定になることもある。人によって症状はバラつきがあって、不快感が特に気にならないという者もいれば、ベッドから起き上がるのも億劫もいう者もいる。
生理が来ない人間は子供を作れない、という事実はあるらしいが、生理が来ること自体を喜ぶ女はまずいない」
「ふぅん……。変なの」
「うーん、でも、なんで血が出るのか気になるなぁ。ご主人様にもわからないの?」
「わたしにはわからない。癒術師などであれば多少はわかっているかもしれないが、一般的には知られていないな」
ここまで聞いて、俺も驚かされる。もちろん、生理について初めて知ったわけではないから、仕組みに関しての驚きじゃない。
単に、リナリスの知識が意外と薄いということに驚いたのだ。
でも、確かに医学が発展していない世界では、生理の仕組みについて一般的に広く知られていないのも無理はない。
研究者はどの世界にもいるので、こういう知識がある者はどこかにいるに違いない。しかし、それは一般大衆にまでは広まっていないようだ。
思い返せば、人体の解剖図なんてものもこっちではほとんど目にしたことがない。同じ本をを大量生産することはできず、版画なんかも見かけない世界では、人体の仕組みなんて一般人にはほとんど知りようがないのだ。
まぁ、リナリスは凄腕の冒険者だし、人体構造には人より詳しいだろう。しかし、それは応急処置などのための知識であり、生殖を理解するためのものではないはず。
リナリスの解説に、納得しきれない表情の吸血鬼二人。
これ、俺が教えてやるべきなんだろうか? でも、この世界のほとんどの人が知らないはずのことを俺が知ってたら変だよな……。
ここはひとまず黙っておくのが賢明か。
「血が出るのって女だけなの?」
「男は?」
「俺達は出ないぞ。出るときは病気とか体調不良の証拠」
「ふぅん。不公平だね」
「男ってずるいね」
「……確かにな。俺にはこの状況を変えることはできんけど、せめて女性には優しくするようにしているよ」
それで埋め合わせができることではないのかもしれないが、代わりになれるわけでもない。
「それで、子供ってどうやって作るの?」
「何で一人では作れないの?」
続いた問いに、俺は苦笑するばかり。これ、やっぱり俺が説明してやらないといけないかな?
リナリスを見ると、自分の役目は終わりだ、とばかりに沈黙。一方、イヴィラ達の好奇心は収まりそうにない。
「……仕方ない。お前達にはちょっとショックな内容も含まれるかもしれないが、年齢的にはもう知っておいていいことだ。嘘も冗談も言わないから、ちゃんと聞いてくれよな」
前世から通して、俺は初めて他人に性教育を施すことになった。こんなデリケートな話をド素人が即興でするものではないとも思うが、他にできる奴がいないなら仕方ない。
男とは、女とは、性行為とは、というのを図や身振り手振りを交えて解説。イヴィラ達は実に怪訝そうに聞いていて。
「え……? そんなに大きくなるの……?」
「は……? ここにそんなのが入るわけないでしょ……?」
「何が楽しくてそんなことするの……?」
「男の生殖器から出た液体を女が体内に取り込む……? 気持ち悪くないの……?」
みたいな反応をされると、こっちも冷や汗が出てしまうってものだね。全く間違ったことは言ってないし、俺が決めたことでもないのだけど、すごく悪いことをしている気分になった。こっち方面についての知識がゼロで、ある意味無垢な存在を汚してしまっているようなのも気が引けた。
妙な罪悪感を覚えつつも、俺は一通りの解説を終える。リナリスからも変な突っ込みは入って来なかったので、おかしなことは言っていないはずだ。
ともあれ、もしかしたら、イヴィラと戦った以上の精神的な消耗だったかもしれない。
「まぁ、俺からの話は以上、かな」
「ねぇねぇ、子供を作る方法はわかったけどさ」
「なんで男の精液を女の中に入れると子供ができるの?」
「その液体が子供に成長するの?」
「中に子供が入ってるの?」
「それだけ取り出しても子供が作れるんじゃないの?」
「女の中にいれないといけない理由って何?」
「あー……えっとだな」
そりゃ、気になるよな。子作りの方法がわかっても、根本的な部分の説明はできていない。
「そもそも精液ってどんなやつ?」
「ちょっと出してみてよ。できるんでしょ?」
「うぉい、話が変な方向に行ってるぞ! 流石にここでは見せられん!」
「なんで?」
「何がダメなの?」
「……無邪気過ぎて怖いな」
性に対してなんの知識もないからこその無邪気な好奇心。恋も知らなければ、恥じらいもなにも感じないのだろう。
「ねぇ、どうして精液から子供ができるの?」
「そんなの絶対変だよ」
「確かになぁ……」
果たして、その根本的な仕組みについて説明してよいものだろうか。
この世界には顕微鏡が存在しない。精液に含まれる精子についても、どうやら一般的には知られていない。また、DNAや遺伝子なんてものも知られているわけがない。そんな発想すら存在しないだろう。
ワトソンとクリック……。授業じゃ軽く聞き流した知識だが、あんた達は偉大だよ……。
俺が説明に迷っていると、何故かリナリスが眉をひそめ、訝しげに問うてくる。
「……お前の態度、気になるな。この二人の問いに対して、知らないから答えようがない、という感じではない。知っていて、それを言ってよいものか迷っている、という感じだ。
お前、まさか知っているのか? どうして性行為から子供が生まれるのかを。国中の研究者達でさえ、まだ答えを見いだせていないというのに?」
リナリスの観察眼は恐れ入る。まさか、俺の迷いからそこまで察するなんて。
俺は顔をひきつらせ、リナリスの目つきが一層鋭くなる。
「……どうやら、本当に知っているようだな。まさか、お前が密かに生命の神秘について探求しているなどということはあるまい。誰かから伝え聞いた話ではあるのだろう。いったい誰から聞いた? どこに潜む賢者だ? 誰ともわからぬ旅の者から聞いたなどと言うなよ。まだ誰も知らぬ世界の神秘を、旅のなにがしなどがポロポロと漏らすわけもないからな」
参ったね。リナリスの目は簡単には誤魔化せそうにない。こんなところで窮地に立たされるとは思わなかったよ。
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