好奇心
話がまとまったところで、俺達はイヴィラとラディアを連れて宿に戻った。
二人は初めて利用する宿に興奮して、あちこち見て回ったりベッドの上で跳び跳ねたり。二人の森での住処には家もベッドもあったらしいが、他人の家というのが新鮮だったようだ。なんとなく、低学年の小学生を見ているような気分。
戦闘能力は高いから護衛としては活躍してくれると思うが、ほぼ一からなんでも教え込まないといけないのは少々気が重い。
「……お前達、とりあえずおとなしくしろ。騒ぐな」
リナリスの一言で静かになったが、二人はそれでもまだそわそわしている。
「とりあえず眠れ」
「眠くないよ」
「寝るのは昼だよ」
「そういえば、お前達は基本的に夜行性か……」
吸血鬼は夜行性。日光を浴びたら死んでしまう、ということはないのだが、昼に寝て夜に起きるのだ。人間の町で暮らすには、その生活スタイルから変えていくべきかもしれない。できるだろうか? 人間なら夜型の生活にすることもできなくはないが、健康上あまりよい状態でもないと思う。早速共存に不安が……。大丈夫かな?
俺の不安を打ち消すように、スラミが明るく言い放つ。
「昼の生活ができなければ、ボクが夜に一緒に過ごすよ! 夜型の分身を作ればいいだけだから大丈夫!」
「おお、そんなこともできるのか。スラミはなんでもできるなぁ」
「なんでもはできないよ! できることだけ!」
どこかの委員長みたいなことを言っているが、本当に頼りになるやつだ。
イヴィラとどっちが強いのかはわからないけれど、たとえ弱かったとしても問題ではない。俺は最強を目指しているわけではないし、特別に戦闘が好きなわけでもない。日常生活で役に立ってくれる方がよほどありがたい。
「……ま、とりあえず、今夜は俺達が二人の相手をしよう。リナリスさんはどうする? 先に寝ておくか?」
「いきなり全部をお前に丸投げするわけにもいくまい。どういうやつらなのかも知っておきたいし、今夜はわたしも起きておく」
結局、その晩は俺、スラミ、リナリスの三人でイヴィラ達の相手をすることになった。
二人は人間の世界に興味津々で、色んなことを訊いてきた。断片的には人間の町のことを知っていたが、情報が古かったり勘違いもあったりした。新しい発見に興奮し、特に美味しい食べ物についての話に目を輝かせた。
「なんだか人間の町って面白そうね。夜型の生活じゃダメなら、昼型に変えても良いと思うわ」
「うんうん。人間の町って楽しそう! ママが人間を好きだったのも納得ね」
「へぇ、二人のお母さんは人間が好きだったのか。モンスターなのに、意外だな」
本人に会ってみないとわからないが、人間に好意的なモンスターであるなら、なおさら応援した方が良いだろう。ギルドがそう判断してくれればよいが……。まぁ、まだ他の連中の動向もわからないし、一方の話だけを聞いて判断するのは早計過ぎるか。
「ママは言ってたわ。ほとんどの人間は吸血鬼よりも弱いけど、吸血鬼にはない面白さを備えているって」
「だから、ママは人間と結ばれて私達を産んだんだって」
「今でもパパとママはとても仲良し。ただ、パパは少し悲しそうな顔をするの。ママはいつまでも変わらず綺麗なのに、自分だけが年を取っていくって」
「自分だけがおじいちゃんになって、いつかはママを置いて死んでしまうことを、申し訳なく思ってるみたい」
「ママもそれは悲しいと思ってるみたいだけど、いつも気丈に振る舞うの」
「『驕るなよ、人間。お前程度が死んだからといって、私は悲しみも泣きもせん。心置きなく死んでいけ』だって」
「まぁ、パパもママの強がりには気づいてるから、あんまり意味のない強がりかなぁ」
「でも、パパが死んでも私達は死なないし、ママもそんなに寂しくないと思う」
子供が生きていても、夫が亡くなるのは辛いものだろう。でも、まだこの二人には想像しづらいことのようだ。恋も愛も知らなそうだしな。
ちなみに、ふと気になったので尋ねてみる。
「人間とのハーフでも寿命は吸血鬼のままなの?」
「そうだよ。殺されない限り五百年くらいは生きる」
「ママは三百歳くらいなんだって」
「勇者フィラニクにも会ったことがあるって言ってた」
「ママがまだ小さい頃の話で、他のモンスターと争ってるところを助けてもらったんだって」
「ママの人間好きはそこからみたいね」
「でも、この話をするとパパがちょっと不機嫌になるの」
「嫉妬ね。嫉妬。もう昔々に死んじゃってる人にまで嫉妬するなんて、情けないことだわ」
「勇者……。俺からすればお伽噺だけど、そっちからすると思い出なんだな」
今でこそ魔王なんてものはいないが、勇者フィラニクの魔王討伐は有名な英雄譚だ。長い年月の間に様々な脚色がなされ、もはや原型はわからないけれど、フィラニクはとても良い青年であったらしい。本当かな? 実態がどうあれ、英雄譚の主人公は立派な人物に描かれるものだから、あまり信用はしていない。
「ママは、私達にもいつか人間のパートナーを見つけて、結ばれてほしいと思ってるみたい」
「吸血鬼同士でも子供は作れるけど、人間の方が面白いって」
「吸血鬼同士じゃわからないこと、たくさんあるんだって」
「強いだけの吸血鬼より、人間の方が豊かなんだって」
「でも、自分より弱い男なんて嫌よね」
「そうそう。ママくらい強いっていうのは高望みかもしれないけど、最低限、私達より強くなきゃ」
その基準でいくと選べる範囲は狭いだろうな。この二人のパートナー探しはなかなか大変そうだ。
まぁ、寿命は長いみたいだし、気長にやってくれればいいか。
「あ、っていうかさ、ずっと気になってたんだけど、子供ってどうやって作るのかな?」
「それ、私も気になってた。ママは教えてくれなかったもんね」
「十五歳になったら教えてくれるって言ってたね」
「あと一年かぁ。そんなに秘密にする理由があるのかな?」
「なんだろうね? ママのことだから、何か考えがあってのことだろうけど」
あれ? なんか話が変な方に向かっているような……。
「うーん、でも、気になったら落ち着かなくなってきちゃった」
「うんうん。ねぇ、ご主人様、子供ってどうやって作るの?」
「作るっていう言い方もなんか変な感じ。子供って、作るの? 手で何かこねたりして? 子供って、一人じゃ作れないの?」
二人の視線がリナリスに集まる。その表情が気まずそうにひきつった。
果たしてなんと答えるのかと思ったら……何故か俺を睨んできた。俺は何も悪くない。
「……二人を生かすと言い出したのはお前だ」
「……だから、この件も責任を持って俺が説明しろって? でも、こういうのって同性から説明した方がいいんじゃないか?」
「あ?」
リナリスの一言が刺々しい。問答無用で俺に託されてしまった。
こういうとき、セリーナがいてくれると助かるんだけどな……。こんな話もきっとこなせるだろう。
「ってか、十五歳って遅めだな。もうちょっと早い方がいい気もするが……。初潮とか来たとき、なんて説明するんだ?」
この二人も十四歳ならそれくらい経験してると思ったのだが、二人はコテンと首を傾げた。
「初潮って何?」
「人間だと十四歳までには経験するの?」
「あ、この様子だとまだっぽい。長命な種族だと遅いっていうしな」
そういえば、エルフなんかも少し遅めだと聞いたことがある。チラリとリナリスを見ると、また胡乱な目付きで睨まれた。
「……わたしに何か訊きたいことでも?」
「いや、そういうわけではないよ」
リナリスは俺に何も言うことはないだろう、と思ったら、溜息混じりにポツリと呟く。
「……わたしは十七歳のときだった。この二人も、きっとそれくらいなのだろう」
「……なるほど」
「ねぇ、なんの話をしているの?」
「初潮って何? 何か秘密の話なの?」
無垢な好奇心が眩しいね。
「……甘美な秘密、なんて表現する人もいるかもしれないけどなぁ」
アンネさんはそんな表現をしていたとか。よく知らないけど。
「ってか、これも俺が説明するの? 流石に無理じゃない? 経験しないことだし」
「……というか、あえて今説明することでもあるまい。お前達、あと一年後に母親から聞け」
「えー? 気になる」
「いいじゃん、教えてよ。これから私達は人間の町で暮らしていくつもりなんだし、人間の常識を知らないと困ることもあるでしょ?」
「そうそう。私達が人間の町に馴染むための第一歩だわ」
「むぅ……」
リナリスが顔をしかめる。ある意味、二人の言うことは正しいと思う。なんの知識もないゆえに、人前で気軽にこんな話をされても困る。
「……わかった。生理関連はわたしから説明する。ラウル、子供の作り方はお前が説明してやれ」
「……女の子相手にこんな話をする日が来るとは思わなかったが、仕方ないか」
人によっては役得なんだろうか? 十四歳の年端もいかぬ女の子への性教育。これで興奮する男っているのかな? いそうだな。けど、俺からすると気まずいばかりだよ。
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