プリンセス 3

 攻防を続けるうち、スラミが言う。


『吐いてる毒、短時間なら防げるようになったよ!』


 スラミは基本的に毒に強い。そもそも、本人が毒を使って攻撃することもあるくらい。この短時間で、イヴィラの毒を中和できるように体を作り替えたようだ。切り裂かれて分断されていた体も一つになっているし、スラミの対応力は素晴らしい。


『マジか! 優秀すぎるだろ! 近づくから、毒霧を防いでくれ!』

『わかった!』


 スラミの宣言を信じ、俺はイヴィラに接近。イヴィラが毒霧を吐こうとすると、スラミが腕から触手を伸ばしてその口を覆う。


「あぐっ!?」


 イヴィラの毒霧は完全に防がれている。俺はそのまま接近して、動揺しているイヴィラに炎をまとった剣を突き出す。イヴィラは腕を盾として剣を防ごうとするが、剣は腕を貫き、手首から先を切り落とすに至る。また、勢いは軽く減じたけれども、剣をイヴィラの腹に突き刺すことができた。


「燃えろっ」


 一気に火力を上げ、イヴィラの全身を焼く。

 イヴィラが苦しげに呻く。スラミも一緒に焼いてしまうのが心苦しいが、これが最後のチャンスと思い、ひたすらに燃え上がらせる。

 このまま終わってほしい……のだが。


「……案外悪くないわね。でも、この程度じゃ、ご主人様にはなれはいわ」


 苦しげながら、まだまだ余裕のありそうなイヴィラ。その目が妖しく光る。すると、切り落としたはずの手首が蠢き、毒々しい色彩の植物へと形を変える。

 それは数秒のうちに成長し、三メートルほどの高さの花となった。黒紫の巨大な花弁に血色の斑点が浮かび、見ているだけで気持ちが悪い。

 とっさにイヴィラから剣を引き抜き、花を切り払おうとするが、刃も炎も通じない。

 

「大丈夫よ? 殺すつもりはないわ」


 イヴィラがニタリと笑う。そして、地面からさらに無数の花が生えてくる。そのいくつかが俺とスラミに絡み付いて自由を奪った。俺は蔓に手足を拘束され、スラミは食虫植物のような花の中閉じ込められてしまう。


『スラミ! 生きてるか!?』

『生きてるよ! でも、ボクの力じゃ外に出られない! 魔力も吸いとられてる!』


 花をどうにかしようと抵抗を試みるが、拘束されて剣は使えず、魔法も効かない。悔しいが、俺とスラミだけじゃこれ以上イヴィラには対抗できないようだ。


「……期待はしてなかったけど、私の勝ちね。やっぱりご主人様にはふさわしくないわ」


 イヴィラが溜息を吐いたところで、ふとリナリスの戦いが視界に入る。


静止する世界アブソリュート・ゼロ


 リナリスの矢が、ラディアの右足を貫く。その足が一瞬にして凍てつき、パリンと割れて崩れ落ちた。

 リナリスは続けて矢を放ち、ラディアの全身を何ヵ所も貫く。最初は均衡しているように思えたが、今見ると圧倒的な力の差があるように感じる。

 それだけならまだいいが……リナリスは、ラディアを殺そうとしてないか?

 なんとなく、嫌な予感。リナリスの攻撃には容赦がない。ラディアは必死に致命傷を避けていて、表情には全く余裕がない。泣きそうにも見えた。

 ラディアがよろけて地面に倒れる。もはや戦意を失っているだろうに、リナリスはトドメを刺そうとする。


「リナリス!」


 俺は、リナリスに向けて火球を放つ。直撃はしないように調整したが、俺の攻撃に気づいてリナリスがバックステップ。火球は地面に当たって砕けた。


「……おい、なんのつもりだ?」


 リナリスの視線が冷たい。ラディアの方は少しほっとしているように見えた。


「殺す必要はないだろ? この二人、俺達を殺そうとまではしてない」

「……今はそうかもしれないな。しかし、この先のことはわからない。人間とモンスターでは根本的に考えが違うもの。ちょっとじゃれる程度のつもりで人を殺すことだってある。そして、人を殺したとしても罪悪感もない。

 この二人だって、最初に軽い調子で言っていたろ。殺しちゃったらごめんね、と。こいつらにとっては、殺人なんて謝っておけば許されるという認識。

 こんな危険な連中は、殺しておく方が人間社会のためだ」


 リナリスは、特別に憎悪や嫌悪を抱いている風ではない。淡々と、なすべきことをなそうとしているだけに見える。

 冷酷な印象はあるが、一般的にはリナリスのような考え方が普通。モンスターは、たとえ言葉を解したとしても、根本的に人間とは別の論理で生きる危険生物。事実、そういうモンスターも多い。

 しかし、と俺は思ってしまう。スラミだってモンスターだが、人間よりもよほど優しい心を持っている。ずっと俺を支えてくれたし、他の人間のことだって大事にしている。人間の町が好きだ、とも言ってくれるのだ。

 モンスターが全て人間の敵というわけではない。一パーセントにも満たない少数かもしれないけれど、人間に友好的なモンスターは存在する。

 俺はそれを知っているからこそ、譲れないものもある。


「リナリスさんの言っていることはわかるよ。でも、ちょっと待ってほしい。まぁ、情けないことに、俺はこの毒花の姫君ポイズン・プリンセスに負けている。身動きもとれない。だけど、この子は俺達を殺そうとまではしてないんだ。人を殺してはいけないっていう最低限の倫理観はある。だったら、一度話し合ってみるくらいはしていいと思う。そうじゃないか?」

「……お人好しだな」

「かもな。でも、俺はこいつらからさほど邪悪なものは感じない。他人を踏みにじって当然と思ってる盗賊なんかとは違うんだ。不必要な殺し合いなんてしたくない」


 俺とリナリスが睨み合う。リナリスの目が細められて、殺気さえも放つ。しかし、俺だって引くつもりはない。日本人の平和ぼけ気質だったとしても、悪人でもない相手を殺すのは嫌なのだ。


「モンスターなんかに同情して、お前は変わったやつだ。その選択を、いつか後悔するかもしれんぞ」

「後悔しないで済むようにするさ」

「ならば、まずはその拘束くらいは解いてみたらどうだ? 弱いくせに、志だけご立派では早々に死ぬだけだ」

「……手厳しいね」


 確かに、実力の伴わない発言では説得力もないよな

 とはいえ、この状況で俺にできることはない。剣も魔法も通じなかった。気持ちだけでどうにかできるほど甘くはないよな。

 諦めかけていたとき、スラミから話しかけられる。


『ねぇ、ラウル』

『どうした?』

『もしボクがイヴィラに勝てたら、一つだけボクのお願いを聞いてよ』

『……どういうことだ? そりゃ、いいけどさ』

『約束だよ? あと、これは先に一つお願い。ボクに、必ず勝て、って命令して』

『……なんだそれ? そんなんで強くなるのか?』


 スラミのお願いの意味がわからない。しかし、スラミがそう言うのなら、従おう。


『スラミ、必ず勝て』

『うん、わかった』


 スラミの姿は見えないが、一つ深呼吸をする気配。

 そして。

 スラミを閉じこめていた花が膨らみ始める。スラミでも対抗できなかったのでは? と疑問に思っている間もなく、スラミが花の中から飛び出してきた。

 体長三メートルほどの、黒い竜の姿で。


「……それ、あのとき倒したやつじゃん」


 ダンジョンで、ルー達と共に倒した名前も不明な黒い竜。スラミは擬態の能力があるが、あくまで姿を変えるだけのものではなかったのだろうか。


『今、助けるよ』


 スラミが俺にまとわりついていた毒花に噛みつく。簡単に食いちぎることはできなかったが、最終的にスラミの力が勝り、俺の拘束が解かれた。


「……すごいな。そんなことできたのか?」

「ボクも初めて知ったよ。でも、なんかできる気がした」

「えー? そんな適当な……」

「ラウルには、ボクに限界以上の力を発揮させる力があるんだよ。そういうスキルなんでしょ?」

「そんな都合いいスキルだったかな……」

「わかんないけど、ラウルって、ボクが危険な目に遭わないように気を遣ってたでしょ? だから、ボクも無意識に自分の力を抑えてきたんだと思う。自分とラウルが守られる範囲で頑張る、って感じ。

 今のこれは、確かに消耗激しいし、自分を犠牲にしてるところもある。たぶん、ずっとこのままでいたら干からびて死んじゃう」

「おい! 早く戻れ! 無理するな!」


 スラミが人間の姿に戻り、ニシシ、と笑顔を見せる。


「あとね。ボク、ラウルの力になりたい、っていう気持ちが高まるほど、強くなれる気がするんだ。これって、愛の力ってやつかな?」

「それは……そうかもしれないな」

「ボクがラウルの力になるから、ラウルは、ラウルのやりたいようやればいいよ。ボクが、ラウルの剣で、盾だよ」

「……そっか。ありがとうな」


 スラミが急に強くなった仕組みの詳細は知らん。ファンタジー世界だし、日本人発想で限界を決めてしまう俺には理解できないこともあるだろう。

 ともあれ。


「……リナリスさん。とりあえず、拘束は解けた。後悔しないようにするから、この二人のこと、殺さないでくれよ」

「……そんなにモンスターの命を守ろうとする理由がわからんが」


 リナリスは大きく溜息を吐き、表情を和らげる。殺すのはやめてくれたらしい。


「おい、イヴィラ。お前よりも強いらしいやつはわたしが倒した。力比べはもう十分だろう? まだやるか?」

「……ううん。もういいよ。ラディアが勝てない人には敵わないもん」


 いつの間にかラディアに駆け寄っていたイヴィラは、力なく首を横に振る。まだ残っていた植物も枯れていった。


「私達の負けね。そこの男以外は、私達より強いわ」


 最後の一言は事実ではあるのだけれど、ちょっと悔しいなとは思った。

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