プリンセス 2

 二人の姿が一瞬ゆらりと揺れた。かと思えば、急加速してこちらに走ってくる。


白虎の恐牙シルバー・ファング


 リナリスが氷の矢を放つ。矢は左のラディアと呼ばれた方に向けて飛び、途中で破裂。巨大な顎の形に変形し、ラディアを飲み込もうとする。が、ラディアはそれを爪の一振りで粉砕した。物理的に破壊するだけでなく、魔法そのものを壊している。厄介だな。


「あはははは!」


 ラディアが甲高い笑い声を上げながらリナリスに接近するが、それ以降の様子を確認する余裕はなかった。

 俺にはイヴィラが向かってきていて、スラミが伸びる拳で迎撃しようとする。しかし、イヴィラの両手の爪で、拳から腕にかけてが瞬時に細切れにされてしまった。それでも破片と残った腕から無数の触手を伸ばしてイヴィラを狙うが、その全てが爪によりさらに細切れに分解される。その辺の雑魚とは一線を画す強さだ。

 十本の爪を、俺の剣一本で相手にするのは分が悪い。後ろに下がりつつ、火球を十個ほど放つ。イヴィラは華麗に避けてさらに接近してくる。射程に入られて、爪が振るわれた。それをバックステップで避ける。中距離攻撃と回避を繰り返しつつ、スラミと念話で話す。


『スラミ、霧になって入り込めるか?』

『ダメ。体内が毒の膜で守られてて、すぐに溶かされちゃう』

『相性が悪いな。挟撃だ』

『うん!』


 俺が引き付けている間に、スラミが反対方向から突進。イヴィラは俺の火玉を軽くいなしつつ、反対から来るスラミを爪で八つ裂きにする。しかし、スラミは本来斬撃に強い。細い爪で斬られても、斬られた部分から再生できる。首が切り落とされても、体が分断されてもおかまいなしだ。

 スラミの接近を止められず、イヴィラは一瞬動揺。そちらに気をとられている間に右腕を斬りつける。……体が丈夫なのか、かすり傷がついた程度。

 一方、スラミはイヴィラに抱きつき、力任せに締め上げる。左腕も押さえているので、イヴィラの攻撃力も半減だ。


「うぐぅっ」


 イヴィラが苦悶の表情を見せる。スラミを振り払おうと爪を闇雲に振るが、斬ってもすぐに回復するので効果は薄い。……と思ったけれど、どうも様子がおかしい。切り裂かれただけならすぐに再生するのに、スラミの体がだんだんと分断されていく。見た目女の子の下半身が崩れ落ちるとかホラーだよ。


『爪に毒が滲んでて、すぐに再生できない!』


 ということは、俺もイヴィラの爪を受けると危険なわけだ。毒殺しポイズン・ブレイカーの効果は、比較的弱い毒を防ぐ程度だ。スラミに通用する強力な毒が直接俺の体内に入ってきたら、効果が足りないだろう。

 次の手を考える。その間、スラミがイヴィラの足止めになっているため、俺からも剣と魔法で攻撃を続ける。しかし、全て爪で防がれる。魔法までも切り裂く爪って、かなり特異な能力だと思う。


『傷口から体内に侵入できるか?』

『入っても全部毒で溶かされちゃう! 抱きついてるのも長くは続かない! 表面から毒でじわじわ溶かされてるよ!』

『なら、外側から行くしかないか。押し潰すのは?』

『全力でやってるけど力が足りないみたい! 体もすごく硬いよ!』

『ちっ。本当に相性が悪い!』

『ボクのことは気にしないで全力で攻撃して! この体が溶けても死なないから!』

『……心苦しいが、それしかないかもな』


 もしくは、リナリスがラディアを倒して援軍に来てくれるのを待つか。

 視界の端に映るリナリスは、ラディアと激しい攻防を繰り広げている。まだすぐには終わらなさそうだ。

 現状維持のつもりでいては、リナリスが来るまでの時間稼ぎもできないかもしれない。倒すつもりで行くべきだ。

 ただ、殺す必要はないのだろうか? イヴィラは、力比べ、と言っていた。相手を圧倒すれば済むのなら、それで終わらせたい。モンスターとはいえ、人の言葉を解する者を殺すのは心苦しい。

 迷うが、遠慮している余裕はない。全力で戦うしかないか。


『スラミ、ちょっと痛いかもしれん、ごめんな』

『大丈夫! ラウルの力になれるなら、全然平気!』

『健気過ぎる! ありがとう!』


 スラミの覚悟を尊重し、俺は剣に最大出力で炎をまとわせる。いわゆる付与魔法エンチャントという技。なお、俺に突出して得意な属性はないが、比較的炎系統の威力が高い。


鬼人の赤炎デーモン・フレイム


 激しい炎をまとった剣を振るう。イヴィラはそれを爪で防ぐが、膨張した炎がイヴィラに届く。イヴィラの顔面をチリチリと焼くのだが、防御力も再生能力も高く、なかなかダメージらしいダメージにはならない。

 その爪を叩ききろうと、何度も斬撃を繰り返す。何度か爪を折ることに成功するが、その度にすぐ再生するのできりがない。また、イヴィラより、余波でスラミの方がダメージを受けてしまっている。飛び散る火の粉が触れて、痛々しく爛れていた。

 どうにかダメージを与えようと攻撃を繰り返す。炎でダメなら雷、風、氷……と付与する属性を変えるが、単純に出力が足りない。痛みはありそうだが、大ダメージにはならない。

 だんだん俺の攻撃に苛立ち、イヴィラが顔をしかめた。そして、一瞬大きく息を吸う。


「っ!?」


 危険な気がして、俺はとっさに後ろに下がる。直後、イヴィラは口から紫の毒霧を放出した。俺に当たらないと見るや、それをスラミに向ける。


「うきゃっ」


 スラミの頭部がドロドロに溶けてしまう。それで死ぬわけではないとわかっているのだけれど、なかなか凄惨な光景だ。人間だったらひとたまりもない。


「やりにくい相手だな!」


 俺が接近しようとすると、イヴィラがまた毒霧を吐こうとする。魔法剣での攻撃ができない。少し離れたところから火球を放つが、避けられるか、スラミを盾にされる。

 スラミが無事な間は負けもしないだろうが、こちらからの決定打も与えられない。

 自分のふがいなさが嫌になる。こんなときには、もっと戦闘に特化したスキルだったらよかったかも、とも思う。

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