プリンセス

 眠りについてから数時間後。


「起きろ」

「ん?」


 リナリスに起こされる。まだ夜は明けておらず、外は暗い。リナリスの灯す緩い魔法の灯りでぼんやりと周囲の輪郭が見えている。

 雪乙女スノウ・フェアリーの姿は見えないので、一旦退散させたのだろう。


「……どうした?」

雪乙女スノウ・フェアリーが不穏な気配を察知した。何かが町に入ってきたようだ」

毒花の姫君ポイズン・プリンセス?」

「……まだわからない。油断するな」

「わかった」


 起き上がり、周囲の気配を探る。俺ではモンスターの気配などは感じられないな。雪乙女スノウ・フェアリーはそういうのが得意なのだろう。

 リナリスは、険しい顔で呻くように言う。


毒花の姫君ポイズン・プリンセスであれば探す手間が省けるが、人がいるところでは戦いづらいな……」

「確かに」

「とりあえず、夜の目ナイト・アイ毒殺しポイズン・ブレイカーを使っておけ」

「了解」


 言われた通り、リナリスと同時に魔法薬を飲み込むと、視界がクリアになる。リナリスの出す魔法の灯りが眩しいくらい。リナリスもそうだったか、灯りを消した。毒殺しポイズン・ブレイカーの効果はまだわからないが、一時的に毒にある程度耐性ができているはず。

 なお、スラミは光以外で周囲を知覚できるし、並みの毒なら効かないのであえての対策は必要ない。……ますます俺の肩身が狭いな。


「出るぞ」


 スラミも人型になり、俺達は外へ出る。しんと静まり返った町に人影はない。蝋燭も油も高価であり、夜は寝るものと決まっているのでそれも当然だ。


「……どっちだ?」

「探す。雪鳥スノウ・ウィング


 リナリスの周囲に、無数の白い鳥が発生。それらが即座にぱっと散って飛んでいった。

 少し待つと、リナリスが眉をしかめる。


「……参ったな」

「どうした?」

毒花の姫君ポイズン・プリンセスが、二人いる」


 その一言で、一気に気が引き締まる。確かに、一体しかいないなんて決めつけちゃいけなかったな。


「わたし一人で毒花の姫君ポイズン・プリンセス二人を倒すのは難しい」

「……俺とスラミで片方の相手をしないといけない、ってことか」

「そうなる。……しばらく持ちこたえてくれるだけでもいい。わたしが一人を倒せば、あとは二人と一匹でもう一人を倒すこともできる」

「……了解。死なないで持ちこたえる」

「危険に巻き込んでしまってすまない。毒花の姫君ポイズン・プリンセスは単独行動するか、眷属が一緒にいる程度だから、二人というのは想定外だった」

「それは俺も同じ。俺も確かに危険だが、リナリスが単独で来てたら危なかったろ? でも、三人でなら対応もできるはず。巻き込まれて良かったよ」

「……怒らないのだな。こっちが無理矢理巻き込んで、安全といいながら実は危険だったというのに」

「リナリスに怒ることじゃないだろ? とにかく、俺達で倒そう。町に被害が出ないうちに」

「……感謝する」

「おう。……ちなみに、敵は三人いる、とかはないよな?」

「わからない。発見はできなかったが、その可能性も片隅においておけ」

「わかった」


 三人いたら……本当に命が危ないかもな。


「敵はどっちだ?」

「ついてこい」


 リナリスが先導し、俺達は町の東側へ。

 三分ほどで敵を発見。姿のよく似た毒花の姫君ポイズン・プリンセス二人が悠々と歩いていた。双子か?

 吸血鬼は、エルフと同じく麗しい見た目の者が多い。が、大きな違いとして、吸血鬼の雰囲気はかなり禍々しい。まだ十代半ばの少女のような幼さを宿しながらも、目付きは鋭く、紅く光る双眸が毒々しい。肌の色は作り物めいた灰色で生気が薄く、一方で、クセのあるロングの黒髪は艶めいて色気がある。黒地に赤のアクセントが散りばめられたドレスを身にまとうが、お姫様というには足取りに優雅さが足りない。

 二人は、俺達を見つけても特に敵意を見せてくるわけでもない。あるいは、ただ相手にしていないだけだろうか。


「人間だわ」

「強そうね」

「ご主人様になってくれるかしら?」

「出来れば男の方がよかったけど、男は弱そうだわ」

「残念。けど、女でもそれはそれでいいんじゃない?」

「それもそうね。とにかく、試してみましょ」

「戦ってみないとわからないものね」

「うんうん」


 クスクスと笑い合う二人。敵意は感じないが、戦意は感じた。


「俺は弱そう、か。俺が弱く見える程度の実力はあるってことだな。なんの話をしてるかよくわからんが」

「ああ。そして、戦うしかないようだ」

「お互い、死なないように頑張ろう」

「お前は必ず町に帰す。ヴィリク様が必要としているからな」

「……あくまでそこが基準なわけね」


 軽口を叩きつつ、俺は剣抜き、リナリスが弓を構えた。


「スラミ、いくぞ」

「うん! ボクはいつでも大丈夫!」


 こちらはもう戦闘態勢。しかし、毒花の姫君ポイズン・プリンセス二人はまだどこか悠然としながらのんびりとしゃべりかけてくる。


「ねぇ、私達と力比べをしましょうよ」

「私達に勝てたら、私達をあなた達の従者にしていいわ」

「……は? なんの話をしてるんだ?」


 状況がよくわからない。この二人、何をしに来たんだ?


「やっぱりこの男はダメそうだわ」

「物分かりのよくない男なんてご主人様にしたくないわ」


 酷い言われようである。誰でも戸惑うと思うけどね。


「私達、ご主人様を探してるの」

「私達より強い人間をご主人様にするの」

「だから力比べをしましょう」

「殺さないつもりだけど、死なないでね?」

「……戦わないって道はないのか?」

「はぁ?」

「こいつはダメね。殺さないように注意して黙らせましょ」


 俺じゃなくてもわけわからんと思うのだが、どうも話は通じない様子。

 二人がほぼ同時に、唇を裂くような笑顔を見せた。さらに、その爪が地面に着きそうなほどに伸びる。流石はAランクというべきか、かなりのプレッシャー。


「私はあの強そうな女と戦うわ。イヴィラは残りのやつね」

「えー? ラディアはいつもいいとこ取っていこうとする」

「仕方ないじゃない。私の方が強いんだから」

「もー。わかった。仕方ない。じゃあ、始めましょ」


 そして、二人の目が酷薄に細められる。


「「殺しちゃったらごめんね?」」

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