到着

 それからも十回ほどモンスターと遭遇したが、主にリナリスの力によって問題なく進むことができた。リナリスの魔弓の攻撃は強力だし、魔剣の力も圧倒的だった。その辺にいる並のモンスターでは全く歯が立たない。

 俺もぼちぼちモンスター退治に力を貸したが、スラミの方がよほど活躍していた。俺、ほぼ完全にスラミの付属品である。スライムマスターだからいいのかもしれないけれど、肩身が狭いものである。そういや、ポケットのモンスターを扱う連中、自分ではたいしたことしないのに随分偉そうだよな。どうでもいいことだけど。

 なお、道中であまり会話はなかったのだが、毒花の姫君ポイズン・プリンセス退治のための備えについては少し話した。夜目が利くようにしたり、一時的に毒を無効化したりする魔法薬を共有。俺も対策はしていたつもりだが、リナリスには及ばず、色々と分けてもらった。

 夕方になり、俺達はラギアという町に到着した。特徴というほどのものはなく、ホルムとそう町の雰囲気は変わらない。中世の洋風な町並み。そこから澱みの森ダーク・フォレストまでは三時間程度なので、明日の早朝に出発したら、昼頃には現地に到着するだろう。

 御者の男性が諸々の手続きをしてくれて、俺とスラミとリナリスは町の宿に案内された。至れり尽くせりなのはありがたいのだが……。


「え、俺達とリナリスさん、同室なの?」


 何故か俺達とリナリスは二階の同じ個室に押し込められている。スライム型だがスラミもいるから二人きりというわけではないのだけれど、若い男女が同室ってどうなの?


「……わたしとて不本意だ。が、ヴィリク様のご指示だ。従う他ない」

「……その判断、大丈夫か? 本当にそれでいいのか?」

「問題ない。それとも、お前、わたしに何かするつもりなのか?」


 リナリスが冷酷な笑みを浮かべる。冷気が滲み出て、室内の温度が一気に下がる。


「……いや、なんもせんけど」

「では、何も問題はない。明日も早いから、食事を摂ったら早めに休め。澱みの森ダーク・フォレストのモンスターは比較的強いし、探索にどれだけ時間がかかるかもわからない」

「りょーかい」


 リナリスの指示に従い、俺達は一階の食堂に行き、宿が出している食事を摂る。

 二人で同じテーブルについたが、特に話が弾むこともなく、淡々とした食事だった。

 部屋に戻り、俺は装備を外していく。といっても、俺は剣を置いて魔装衣を脱ぐだけだが。

 一方、リナリスは装備をつけたままベッドに横たわる。流石に弓と剣は脇に置いているが、鎧が邪魔になって寝にくそうである。


「……それ、俺を警戒してるからか?」

「バカか? 毒花の姫君ポイズン・プリンセスの目撃情報があった森から、ここはそう離れていない。いつ町に現れるかもわからないんだから、武装解除などする状況ではない。特に、吸血鬼は夜に活動的になるモンスター。明日森の探索をするつもりではいるが、日が暮れてから敵が町に侵入し、襲ってくる可能性はある」

「なるほど。俺の緊張感が無さすぎってことね」

「そういうことだ。いつでも戦えるようにしておけ」

「了解。寝るのも交代制がいいかな?」

「それは必要ない。雪乙女スノウ・フェアリー


 リナリスが唱えると、リナリスの上に小さな白銀の妖精が出現。身長十五センチくらいで、背中には蝶のような羽が生えている。


「何かあればこいつが起こしてくれる。休めるときに休め」

「わかった。頼りになるね」

「これくらいは当然だ」

「ちなみに、共闘することになったときのために作戦とか考えなくていいかな?」

「どうせ即席のトリオで連携などできん。基本的には、わたしに任せろ、だ」

「そ。わかった。取りこぼしとかがあったらサポートするよ」

「それでいい。……が、お前は妙に素直だな。ランクに差があるとはいえ、女に命令されれば、男は大抵反発するものだろうに」

「実力者に男も女も関係ないだろ? リナリスさんが頼りになるって思うから、俺は素直に従うんだよ」

「……そういうところは悪くないな」


 リナリスはそこで話を切ろうとするが、俺は一つだけ気になっていたことを尋ねておく。


「なぁ、一応訊いておきたいんだけどさ、リナリスさんって、なんで俺が気に入らないの? 俺、あんたになんかしたっけ?」


 ただの他人なら、相手にどう思われようと関係ない。しかし、これから命を預けて戦う相手だ。どう思っているのかは訊いておきたい。


「……お前がわたしに何かしたわけではない。ただ、わたしはお前の有り様が気に入らない」

「というと?」

「お前達は、Cランクに収まらぬほどに強い。事前の調査でもわかっていた。そのくせ、楽な仕事を引き受けてのらりくらりと生活している。本気になればもっと重要な仕事ができ、より多くの人々の助けとなれるだろう。それをしようとしないことが、わたしは気に入らない」

「……ああ、そういうこと」


 確かに、俺は少し楽な仕事をしすぎなのかもしれない。大抵、傷一つつかないような依頼クエストをこなしている。

 自分の命を危険に晒すのは嫌だし、誰かのために全力で頑張らなければ、という使命感もない。のんびりやればいいと思っていた。転生しても、根は平和ボケした大学生から変わっていない。


「……お前がもっと本気になれば、救えた者もいるかもしれない。それが憎らしい。わたしとて、常に誰かのために生きるなどとは考えていない。しかし、己の持つ力で救えるものがあるなら救う。多少の危険があったとしても、強いモンスターとでも戦う。強く生まれたのだから、それが務めであるとも思う」


 リナリスは生真面目な性格なようだ。その性格からすると、俺は不快な存在かもしれない。

 けど、力があるならそれを世のために役立てなければならない、という具合に堅苦しく考える必要はないと思う。

 とはいえ、この辺の考え方は誰が正しいというわけでもない。リナリスに対し、俺はこう思うからその非難は的外れだ、ということは言えない。

 うーん、と少し悩んでから、口を開く。


「リナリスさんの考えてることもわかるよ。強い者には相応の義務があるって感じ。

 ただ、俺はそんなに気張らなくてもいいんじゃないかと思ってる。

 誰かのため、社会のため、世の中のために頑張るのは、それは立派なことさ。でも、頭にいれておくべきなのは、そうやって救おうとしている相手の大多数は、自分のことばっかりの身勝手な連中だ、ってこと。

 自分は必死に誰かのために頑張っても、その誰かは、他人を思う気持ちに必ずしも応えてはくれない。感謝してくれないことも、なんの見返りもないこともあるだろう。

 それなのに、力があるからって、身勝手な他人のために尽くさないといけないのかな? そんなの辛くない? いつか、反動で全部が嫌になったりしないか?

 大多数の人は、自分のことを最優先に考えている。力のある者もない者も、気ままに自由に、他人のことなんてどうでもいいって思いながら。だったら、俺もリナリスさんも、それでいいんじゃないか?

 俺は、できるだけのんびり気ままにやっていきたい。危険なモンスターと命がけの戦いなんてしたくない。

 俺が頑張らなかったせいで、誰かが悲しい思いをしてるかもしれない。それは心苦しいとも思う。

 そういう面はあるけど、逆に、俺は助けた相手が俺の期待する反応をくれなかったとしても、まぁいいか、って思える。俺は気ままでいい加減で、かつ良い人でもないから、他人も似たようなもんだと思って過剰な期待をしない。それくらいが健全じゃないかな。

 リナリスさんが俺に憤りを覚えるのも、リナリスさんが頑張りすぎてるからじゃないか? 自分は頑張ってるのに、なんで周りは頑張ろうとしないんだ、って。それ、結構危険な兆候だと思う。

 リナリスさんも含めて、人間ってそんなに良い人にはなりきれないよ。自分だけが頑張ることに嫌気が差して、いつか身勝手すぎる者達への許しがたい気持ちが弾けてしまう。

 俺はいい加減過ぎるかもだけど、リナリスさんは、もう少し気を抜いていいと思う。

 まぁ、こんなこと言って、自己弁護にしか聞こえないかもな。ただ、確認しておきたい。

 リナリスさんにとって、この世界は、その身を可能な限りなげうって守りたいと思うほど、美しくて尊いものか? 見ていてうんざりするような連中で溢れるこの世界を、本当に愛しているのか?」


 俺の問いに、リナリスはすぐには答えない。

 少し待つと、ようやく苦しげに口を開く。


「……お前は、のほほんとしているようで存外痛いところを突いてくるな。

 正直に言えば、わたしは自分の力をもて余している。モンスターを倒す力があっても、その使い道が本当のところわかっていない。

 途方に暮れているのが実情。本当はこの世界のことなんて放っておきたい気持ちがある。でも、放っておくのも居心地が悪い。

 だから、できる限り人助けのようなものをやることにした。そうすれば、自分が何かをできている気分になれる。存在していることを許される気分になれる。

 始まりはそれだけのはずだったのだがな……。

 いつしか、わたしは自分が救われたいからしていた行為を、他人のためとでも勘違いしていたのかもしれない。

 わたしは正しさにすがっているのだろう。正しければ、虚しさも、漠然とした不安も、消えてくれる。そして、正しいと感じさせてくれる人に……いや、やはりよくわからないな。もう、わたしは休む」


 リナリスはそこで会話を打ちきり、目を閉じてお休みモードになる。寝顔を眺めていたら文句を言われそうなので、俺もベッドに横になった。

 まだまだリナリスのことはわからないことばかりだが、その一端は知ることができた。ヴィリクに対する気持ちも、色々と複雑なものがあるらしい。


「ま、わからんことも多いけど、多少は打ち解けられたならそれでいいか」


 リナリスのことは、一旦置いておこう。これ以上は今考えても仕方ない。

 それより、今日はセリーナがいないから妙に寂しい感じだ。一度温もりを知ると、それがなくなるのは辛い。

 スラミを抱き枕にすることで寂しさを緩和する。ああ、セリーナの体温が恋しい。でもスラミのぷにぷに感も悪くない。

 目を閉じていると、やがて睡魔が訪れ、俺は抵抗することなく眠りに落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る