モンスター退治
竜車が徐々に速度を落としていくなか、リナリスは即座に反応し、弓を構えながら御者の隣に立つ。俺もそれに続いて、外の様子をうかがった。
「……ワイバーンの群れか。どっから来たんだか」
一キロほど先、雲の切れ間にワイバーンの群れを発見。まだ距離があるので正確な大きさはわからないが、ワイバーンは概ね体長二メートルほどの翼竜。Cランクのモンスターで、空を飛んでいるので比較的退治しにくい相手だ。数としては十匹。どこに向かっているところだったのかは不明だけれど、まずはこの竜車を狙っていることはわかる。
「半分ずつ」
リナリスが端的に指示。
「……了解」
俺は遠距離攻撃が得意ではなく、飛んでいる敵は苦手。それでも、お互いにこれから命を預けようとしているのだから、これくらいで文句も泣き言も言っていられない。
「
ボソリと呟いて、リナリスが弓を引く。物理的な矢は使わず、魔力を氷の矢に変え、放った。それは一直線にワイバーンの群れに向かったが、距離があるせいで悠々と避けられてしまう……のだが。
「おお?」
接近したところで、矢が破裂。無数の棘となって飛散し、ワイバーンに襲いかかる。一つ一つの棘は小さいのだろうが、ただ刺さるだけではなく、ワイバーンの硬い鱗を貫いて全身を穴だらけにした。散弾銃に撃ち抜かれた感じだろうか。
っていうか、魔弓なのはわかってたけど、あの攻撃ならもはや弓である必要ないよな。弓らしい使い方をすることもあるんだろうか?
「……七匹倒してしまった。残りは任せる」
「一撃で七匹も倒すなよ。でたらめなやつだな」
動きを止めたワイバーンが落下し、やがて地面に衝突。既に死んでいた可能性は高いが、瀕死だったやつも今ので死んでしまったことだろう。
「とりあえず……
メロン大の火球を二十ほど個生み出し、それをワイバーンに向かって放つ。仲間がやられて混乱を見せていたのだが、俺の攻撃でひとまず戦闘に頭を切り替えたらしい。火球を避けながら接近してくる。
ただ、避けられるのは想定済みだし、一直線にしか放れないわけではない。火球を操作し、ワイバーンを追尾してその翼を狙う。
命中はするのだが、あまり有効ではなかった。ダメージは少なく、勢いも衰えずにこちらに向かってくる。
「……頼りない」
「そう言うなよ。遠距離は苦手なんだ」
リナリスの呟きが胸に刺さる。向こうが近づいてくれれば戦えるんだ。本当なんだ。
俺は、スラミと共に、制止した竜車から飛び降りる。巻き込まないように少し距離をとったところで剣を抜き、スラミは人型になって拳を握る。スラミは普段人型で戦闘をしないから、見よう見まね感が拭えない。が、気にすることはない。どうせ人間のような戦い方はしないのだから。
三匹のワイバーンが、十メートルほどの距離に近づく。俺は剣に魔力を通わせて臨戦態勢。俺の剣も一応は魔剣ではあり、魔力を通すことで壊れにくくなったり切れ味がよくなったりする。
ワイバーンが接近してきたら、攻撃を回避しつつ斬撃を食らわせてやろう……と思っていたところで。
「ボクに任せて!」
スラミがその場でワイバーンに向けて拳を振る。到底射程外であったはずなのに、腕がぐいーんと伸びてワイバーンを射程に捕らえる。例えて言うと、どこかのゴム人間のピストルみたい。
ワイバーン達は、急に伸びたスラミの腕に意表を突かれたらしい。僅かに動きを鈍らせる。先頭にいたワイバーンの顔面にスラミの拳が突き刺さった。
スラミは武器も何も装備していないので、素の攻撃力がそのまま生かされる一撃。相手の防御力が高ければダメージにもならなかったかもしれないが、ワイバーン程度なら十分にダメージを与えられた。その首がおかしな方向に曲がって、ゴキリという骨の砕ける音がした。一発で仕留めるとは……。
「もう一回!」
スラミが右手を引き戻しつつ、今度は左手を伸ばす。拳が勢いよくワイバーンに向かって飛んで行くが、流石にひらりと避けられる。が、スラミはゴム人間ではないし、ピストル的に一直線の攻撃をしているわけでもない。腕から枝のように触手が生えてワイバーンを追尾して襲い、その両方の目玉を貫いた。
悲鳴のような咆哮。目を潰せばもはや敵ではない。あとは俺に任せてくれてもいいんだけど……スラミは貫いた部分からワイバーンの体内にさらに触手を伸ばしているらしい。あまり想像したくないが、たぶん脳とかに内側から侵食し、破壊。ワイバーンの体がおかしな痙攣をしながら地面に激突した。ヒクヒク動いているのは、これ以上見ないことにしよう。
最後の一匹は俺が対処。突進して噛みついてきたところを回避し、さらにその喉に剣を突き立て、切り裂く。ワイバーンの首から血飛沫が舞った。
致命傷にはなっているだろうが、すぐには死んでくれない。ワイバーンが方向転換し、再度俺に襲いかかってきて。
「そりゃ!」
スラミが右手の指を伸ばし、ワイバーンの全身に絡み付かせる。細い指に似合わない強靭な握力でだんだんと締め付けを強くしていき、最後にはメリメリと凶悪な音を立てつつワイバーンを握りつぶした。
「……豪快だな」
ワイバーンが倒れ、だいぶグロい感じの死体が転がる。スラミは相変わらず強くて頼れるのだけれど、やり方が悪役っぽいんだよなぁ……。
「えへへ。どうだった? 今日もラウルの役に立てた?」
「おう、助かったよ。スラミはやっぱり頼りになるなぁ」
スラミの頭をわしわしと撫でてやる。うへへへ、とだらしなく笑っちゃってるのがまた可愛らしいぜ。
スラミとのスキンシップをしばし堪能。その後、スラミはスライム型に戻ってワイバーンの死体を無造作に取り込む。近くにいた三匹を消化するのに三分もかからなかった。食べる力も以前より強くなっている気がするな。
あとの七匹は離れているので、一旦竜車に帰還。
「スライムはなかなか有用だ。しかし、お前はやはり頼りない」
リナリスが情け容赦なく切り捨てる。
「そう言うな。器用になんでもできるわけじゃないけど、これでもそこそこ強いんだ」
「あまりスライムの足を引っ張るな。邪魔にならないように隅の方で己の命だけ守っていろ」
「……それが一番いい作戦かもと思わないでもないな」
俺とスラミの戦闘能力に圧倒的な差はないはず。だが、えげつない戦い方ができるせいか、敵を仕留めるのはスラミの方が早い。俺は隅っこで見てる方がいいのかもとも思う。
「ボクが頑張るから、ラウルはゆっくりしてていいよ!」
「……おう。そうだな」
スラミの励ましに複雑な思い。健気に守って貰えるのは嬉しいが、自分の頼りなさに悲しくなる。
「スラミ、怪我するなよ」
「怪我しても大丈夫だよー。この体が消滅したって、分裂した分が生きてるから平気だもん」
「……便利な体だ」
味方にすると安心だが、逆に、こういうタイプのモンスターが敵になるとやっかいだ。欠片でも残していれば再生する可能性がある。
「ま、とりえず先を急ごう」
ワイバーンの死体は、全てスラミが食い尽くすことで処理した。素材を取っていこうかとも思ったが、荷物になるし、あえて時間をかけてそこまでするほどのものではなかったのでやめた。
竜車が進むなか、リナリスが溜息混じりに呟く。
「……そのスライムは想像以上に有用だな。ラウルはともかく、スライムだけは手に入れたいものだ」
「スラミは誰にも渡さんぞ」
「ふん。スライムだけ手に入れても仕方ないことはわかっているさ。しかし、気を付けろ。ヴィリク様は人格者故に強行手段は取らないが、他はどうかわからない。もし、このままわたし達を拒み続けるのなら、茨の道になると覚悟しておけ」
「……怖いこと言うなぁ」
しかし、リナリスの言うことは本当なんだろう。誰がどんな手段で襲ってくるかわからない以上、危険は常に身近にある。もし俺がヴィリクの仲間になるのなら、俺が利益をもたらす限り、ヴィリクは俺を守るはず。心強いことこの上ないね。
「……でも、エミリアにも頑張ってほしいんだよなぁ」
エミリアは、きっとこの世界に必要な人物になっていくことだろう。それを応援してやりたいと言う気持ちが強い。
どうすればいいか答えを出せないまま、目的地への到着を待った。
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