盗る?

 少し歪な交わりの末、リナリスの体から力が抜ける。ベッドの上で静かに横たわり、俺が触れても反応しなくなった。

 これで終わり、かな。だとすると、さっさと立ち去った方がいいのだろうか。あるいは、もう少し傍にいてやるべきだろうか。セリーナとの交わりだったらしばらく抱き合うのだが……。

 少し待つと、リナリスが半身を起こし、俺の耳栓と口を塞ぐものを破壊。丈夫なはずなのだが、リナリスの氷魔法で一瞬にして壊された。

 そして、冷静になった声で、リナリスが言う。


「……つまらないことに付き合わせてしまって悪かった」

「つまらなくはないな。俺からすれば、これはご褒美だよ。劣情を発散できなくて辛いけど、リナリスさんの触れられたのはすごくよかった」

「そうか……。なら、あえて何か礼をする必要もなさそうだな」

「いらないよ。お礼ならもうもらってる」

「そうか。しかし……お前は立派なやつだよ。それだけ欲情しながら、わたしにいれようとはしなかった。脱ごうと思えば脱げたのに」

「セリーナとの約束があるもんで」

「……セリーナが羨ましいな。お前のような一途な男に愛されて」

「一途……かなぁ。今だけかも」

「いずれ他の女と交わるとしても、セリーナに対する愛情は本物だ。セリーナが拒絶すれば、お前は他の女とは交わるまい」

「まぁ、そうだな」

「それなら、十分に一途なものだ。しかし……わたしは、今後お前とどう向き合えばいい? こんな醜態を晒して、もう恥ずかしくて死にそうだ。いっそ殺してほしい」

「恥ずかしいのはわかるけど、今日のことは、なかったことにしよう。俺も、今後一切今日のことには言及しない」


 今回のことは不幸な事故。何もなかったことにするのが一番。だと思ったのだが。


「……お前は優しいな。でも、お前は少し勘違いをしている。今のは、少し嘘だ」

「ん? 何が?」

「わたしが言いたいのは、つまり……」


 リナリスが言いよどみ、言葉を切る。そして、気を取り直して言葉を紡ぐ。


「ええと、矛盾しているようだが、今日のことは、忘れなくていい。わたしも忘れるつもりはない。恥ずかしくて死にそうなのは確かだが、わたしは、ラウルに触れられるのが不思議と嫌ではなかった。そもそも、触れられるのさえ嫌な相手だったら、こんなことをしようとは思わない」

「それは、少なからず俺に好意があるってこと?」

「そうだな……。わたしが思っている以上に、わたしはラウルを好意的に見ているようだ」

「そうなのか?」

「ああ、そうだ。

 お前はいい加減な男だが、余計な力みのない悠然とした雰囲気がある。

 結局救えもしない相手を救っていい気分に浸る、偽善的な面もあるのかもしれない。が、モンスターまで面倒をみようという、本当の優しさを宿しているようにも感じる。

 普段は戦いを避けるくせに、どうしても必要なら瞬時に戦う覚悟を決める強さもある。……お前の心は、触れる程に温かい。だから……わたしは、お前ならいいと思ったんだ」

「そっか……。評価してもらえたのはすごく嬉しい。けど、リナリスさんとしては、どうしていきたいんだ? 俺と今後どうなりたい? さっきは俺に訊いてきたけど、そっちの気持ちとしてはどうなの?」


 リナリスはすぐには返事をしない。俺は急かすことなく。次の言葉を待った。


「……今日のことは、もうなかったことにはできない。お前のことを、ただの他人として見るのも難しい。

 もし、よければ。わたしを傍に置いてくれないか? 恋人とか、嫁とかいう関係でなくていい。お前にとっての、大切な人のうちの一人として、傍に置いてくれ。あのスライムのように。そうすれば、この死にたくなるような恥ずかしさも、多少はましになる」


 さっき一度言葉を切ったのは、これを言いたかったのかな。伝えるのに、リナリスとしては少し前置きが必要だったわけか。


「……そっちが望むならダメとは言わないけど、本当にいいのか? そういう半端な立場で。リナリスさんは、正妻の立場がいいんじゃないの?」

「なんでもいいさ。肩書きにこだわりはない。それに、お前が他の誰を抱こうとどうでもいい」

「あ、そうなんだ……。少し意外だ。ちなみに、俺の傍にいるってことは、リナリスはヴィリクの護衛を辞めるってこと?」

「そうだな……。それもいいかもしれない。ヴィリク様にとって、わたしは大勢の護衛のうちの一人。わたしがいなくなったとしてもたいした問題でもない」

「そっかー」


 なんだろう。成り行きとはいえ、他人の女を寝取ってしまったような気分。ヴィリクに恨まれるだろうか?


「……なんだかもう考えるのも億劫だから、一つ打ち明けさせてくれ」

「ん? なんだ?」

「お前が先日指摘したように、わたしが、ヴィリク様に少なからず好意を持っているのは事実だ。しかし、わたしはヴィリク様を忘れたいんだ。あの人は、どうせわたしのことなど相手にしてくれない。わたしにはもっと相応しい相手がいるとかなんとか言うに決まっている。

 あの人は根が優しい故に、わたしを突き放す。それが、わたしにとって本当によい未来のためだと信じている。

 それはわかるけど……わかるけど、あの人のそういうところが、嫌いだ」


 リナリスがぎゅっと俺を抱きしめる。その背中が震えていて、泣いているのがわかった。

 普段強い女性が見せる弱さって、どうしようもなく心をえぐってくる。


「あの人を忘れるために、お前を利用するのを許してほしい。お前は甘いから、こんな話をされても、わたしを拒絶なんてできないだろ?」

「……リナリスさんも性格悪いな。こんなに自分の弱さをさらけ出してきた相手を、俺が突き放せるわけないさ。リナリスさんは、好きなだけ俺を利用すればいい。最終的にどうなるのかは、また後で考えよう」

「そうだな……。先のことはまだわからない」


 話が一段落しても、リナリスは俺に抱きついたまま。


「……こんな、見た目だけ取り繕った不安定な女を受け入れてくれて、感謝する。……にしても、なんだか少し疲れてしまった。もう寝る。横になるけど、わたしのことは抱きしめたままでいてくれ」

「おう」


 リナリスを正面から抱きしめた状態で、ベッドに横になる。

 緊急事態ということで色々したが、ここまでやっていいのだろうか? セリーナに後で怒られそうだな……。

 まぁ、俺の甘さが招いた結果だ。怒られるかもしれないし悲しませるかもしれないが、その分、帰ったらセリーナを目一杯愛でよう。お互いに甘い人間だから、セリーナもきっと許してくれる。

 リナリスの安心した寝息を感じつつ、俺もしばし眠りについた。

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