指名

 スラミを一部セリーナに預け、俺はエニタと共に店を出る。並んで歩きながら、エニタが恐縮して軽く頭を下げてきた。


「今日は、お休みのところ急に呼び出してしまって申し訳ありません」

「エニタのせいじゃないよ。もとはヴィリクの指示だろ?」

「……そうですね」

「ま、世の中金持ちは強いもんさ。一般人はそれに振り回されるのが常ってもんだよ」

「そうかもしれません……。ラウルさんは私とそう変わらない年齢なのに、どこか達観してますね。お金持ちが優遇される環境なんて、嫌じゃないですか?」

「気に入らないことはあるよ。けど、金持ちが保つ世界の中にも幸せはあるもんさ。それでいいんじゃねーかなー、と楽観的に考えてる」

「……本当にそれでいいんでしょうか?」


 エニタは不満を抱えている様子。あまりガラではないが、少し考えでも述べてみるか。


「それでいいかはわからん。こんなこと言ってられるのも、俺が一番大事なものを、この世界の不条理に奪われたことがないからかもしれん。

 ただ、人が作る社会なら、誰の主観も反映されない公正で平等な世界なんて無理だとも思う。

 現状に不満があったとして、それなら誰の作る世界ならいいのか? って考えると、結局答えはよくわからない。神様が作る世界がいいか? でも、神様が作ったとしても、それに不満があれば人間はそれさえ否定するだろうな。

 結局、全人類の希望が等しく叶えられるような世界を作るなんてのは到底無理な話。人間が多用で、色んな考えを持っているのなら当然だな。

 今の世界で、誰かがどっかで甘い汁を啜ってたとしても、そんなのはある程度放っておくしかないんじゃねーかな? 今の支配者層を排除しても、別の誰かが同じポジションにつくだけだろ。

 よほど酷い状況なら革命でも起こす必要があるんだろうけど、そこまでのものは感じてないんだよなー。

 世の中、わかりやすい悪として魔王がいるわけでもないし、何かを倒せば皆の幸せが約束されるわけじゃない。どうすればよりよい社会になるのかは俺にはよくわかんねー。

 まっとうな思想があって、社会の仕組みを一から考えられる優秀なやつが導いてくれる状況じゃないと、目の前の不満だけ解消しても上手くはいかないさ。

 世界をどうすればいいのかとかは、俺にはちょっと話が大きすぎるや」

「……確かにそうですね。私にも世界のことはわかりません。現状維持がいいとは思いませんけど、私の理想通りの世界になるなんてありえませんよね……」

「まーなー。人類全体に共通した理想を植え付けでもしないと、理想の世界なんてどこにも現れやしないさ。

 とはいえ、やっぱり変えるべきところはたくさんある。差別が残っているとか、貧困にあえぐ人がいるとか。その辺の、明確にダメなところは変えなきゃだよな」


 それを変えたいと思っているのが、メア達なんだろう。支配者層に楯突くというのではなく、できる範囲で変えるべきところを変えようとしている。

 エミリアの話を聞くとまだまだ勢いだけという状況なのだろうが、これから変化していくだろうと思う。


「ま、あんまり難しいことは考えてもしょうがないさ。俺達は支配者層に踊らされる運命かもしれんし、それを見て笑ってるやつもいるかもしれん。

 でも、その舞台でこっちは勝手に幸せになればいいじゃん? あっちの連中が羨むくらいに。支配されてるけどそれが何か? ってね」

「……そういう考え方も、ありますね」


 エニタが曖昧に微笑む。納得はしきれないが、多少は意識が変わった、というところか。

 俺の言ってることは、所詮負け犬根性から来ているのかもしれない。どうせ何も変わらないなら期待するだけ無駄、とか。

 俺だって、いつかはこんな考えを改める日が来るのかもしれない。ただ、それは今ではない。いくつかの不満を抱えているだけで、今ある幸せまで全部を否定するのは違うと思う。


「……こんなこと考えられるのも、セリーナのおかげなのかな」


 誰に聞かせるわけでもなく、小声でぼそりと呟く。

 世の中に無数にいる、不幸しか知らない連中が聞いたら、俺の言葉は腹立たしいものにしかならないだろう。でも、俺は俺でしかなくて、他人にはなれない。誰もが納得する思想を研究してるわけでもないし、完全無欠の答えなんてわからない。

 そんな話をするうちに冒険者ギルドにたどり着く。そして、建物内に入ったところで、昨日見たエルフの銀髪少女が目に入った。背中に弓を、腰には二本の短剣を装備している。名前は確かリナリス。ヴィリクの姿はない。


「……なんであいつが?」

「別室でご説明します。リナリスさん、ラウルさんをお連れしましたので、ご一緒に宜しいですか?」

「わかった」

「では、お二人とも、こちらにお願いします」


 エニタに導かれ、俺達二人は別室へ。少し込み入った事情がある依頼クエストの際にはここに案内されることがある。

 テーブルを挟んでエニタが正面に座り、俺とリナリスが隣り合う。


「リナリスさんは既にご存じとは思いますが、まずは依頼クエストの内容をご説明いたします」

「うん」

「ヴィリク様のご依頼ですが、お二人でパーティーを組み、毒花の姫君ポイズン・プリンセスを討伐してほしい、とのことです」

毒花の姫君ポイズン・プリンセス……? Aランクモンスターの?」


 毒花の姫君ポイズン・プリンセスは吸血鬼の一種で、名前の通りに毒を使う厄介な相手。純粋な戦闘能力も高いが、ばらまく毒のために、通常の人では接近することさえ困難。セリーナなら毒耐性のスキルがあるから平気かもしれないが、戦闘能力としてはセリーナでは歯が立たない。様々な種類の毒を駆使して、一つの町を支配下に置くくらいは簡単にできるやつだ。


「その毒花の姫君ポイズン・プリンセス澱みの森ダーク・フォレストで見かけたという報告があります。おそらく近いうちに人里にやってきて、甚大な被害をもたらすでしょう。事前に討伐してほしい、という依頼です」

「……なるほどな。早急に対応しないといけない。それはそうとして……そういうのって、領主レベルから来る依頼じゃないの? なんでヴィリクから?」


 大勢の人が危険に晒されているような場合には、個人ではなくその土地を治める権力者から依頼が出てくるもの。もしくは、軍隊が派遣されることもある。


「本来ならそうですね……。しかし、まだ本当にいるかは未確定というのと、実際の被害も出ていないということで、討伐依頼が出されていないんです。目撃情報だけが共有されていまして……。被害が発生してからでは遅いのですが……」


 エニタが申し訳なさそうに目を伏せる。ここに来るまでにちょっと話をしたが、ヴィリクのことより、討伐依頼を出さないお偉いさんに憤っていたのかもしれない。


「……んで、そんなときに、ヴィリクが依頼を出してきたの? っていうか、その情報知ってたの?」

「ご存じではありませんでした。先程ふらっとギルドにいらっしゃって、何か困ってることはないか、とお尋ねになったので、ギルドからこのお話をしました。すると、自分のお金で依頼を出すとおっしゃいました。ただ、リナリスさんとラウルさんを行かせるのが条件でした」

「なんだか妙な話だな……。なんで俺を同行させるんだ? 俺、まだCランクだよ?」

「ランクはCですが、実力がそれ以上であることはわかっています。ただ……私としても抵抗はあります。Aランクモンスターを相手にすれば命の危険もあるでしょうから」

「……それでも、ヴィリクは俺に行けって言うわけか? なぁ、リナリスさん。なんで俺を巻き込むんだ?」


 隣に視線をやり、尋ねる。リナリスは俺に全く関心がないかのように、視線も合わせずに答える。


「ヴィリク様は、お前を取り込もうとされている。金で動かないのなら、別の方法で説得しようとされているのだ」

「……はっきり言うなぁ。俺が同行するのに意味があるか? ってか、この依頼内容からすると俺は死ぬかもしれないぞ? いいのか?」

「わたしとて、お前が同行するのは反対だ。本来ならわたしだけでも討伐は可能だし、足手まといを守るという余計な仕事が増える。しかし、共に一つの目的を達成することで、お前にわたし達に対する仲間意識を芽生えさせるのが狙い。少なくとも、わたしはお前を守る。命は落とさない」

「……守ってもらえるならありがたいね。でも、その狙いって言っていいのか?」

「口止めなどされていない」

「あ、そ。ヴィリクってよくわかんねぇやつだな。悪いやつではないんだろうけど」

「お前のような凡人には、ヴィリク様のお考えは理解できまい」

「おい、仲間意識植え付けようとしてるのに、あんたが積極的に俺から反感を買ってもいいのか?」

「ヴィリク様の狙いはさっき述べた通りだが、わたしは余計なことを考えずに素のまま振る舞えばいいと言われている。わたしはお前が好きではないから、その通りに接している」

「ふぅん……。あんまり考えてもしょうがないか。ちなみに、俺が引き受けなかったらどうするんだ?」

「お前達にとってよくないことが起きる。例えば、ヴィリク様が働きかけて、エミリアが他の町の商人と取引できないようにする、とか。町の人との直接の商売にまでは干渉できないが、商人同士の取引はどうにでもできる」

「……性格悪いなぁ」

「性格は悪くない。余計な感情を廃し、合理的な判断をするだけだ」

「そうかい。とりあえず、俺が引き受けてる間に妙な真似はしないっていう認識でいいか?」

「それでいい。ヴィリク様はお前を仲間にされようとしている。余計な反感を買う真似はしない」

「ならいいか。ちなみに、リナリスさんって、ヴィリクが好きなの?」


 少し呆れながら問うと、リナリスがさっと顔を赤らめる。それだけでもう答えだった。急に乙女になったな。


「……お前には関係ない」

「確かに。ちなみに、もう十八歳は越えてるよね?」

「……はぁ? なんだその質問は。わたしは二十三歳だ。それが?」

「いや、なんでもない」


 ロリコンという言葉はこっちにはないが、あのおっさんが年端もいかぬ少女と淫らな行為をするのはどうかなと思っただけ。二十三歳なら関係ないな。合法ロリだ。ロリってほど幼女な雰囲気じゃないけれど。


「ま、とにかく、俺は断れないみたいだから引き受けるよ」


 俺が観念すると、エニタもホッとした表情。


「ありがとうございます。ちなみに、実際に毒花の姫君ポイズン・プリンセスがいて、討伐に成功した場合、報酬は十万ルクです」

「……たっか。まぁ、難易度からするとそれくらいか」


 報酬は高いが、下手すれば命が危ない依頼クエスト。気を引き締めていこう。

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