待機
セリーナを薬屋に送り届けたのだが、その後も俺はしばらく店に滞在することにした。今度はヴィリクが何を仕掛けてくるかわからないし、いざというとき対応できるようにするためだ。
セリーナが開店準備をするのを手伝いつつ、軽く話しかける。
「サラーの過去のこと、知ってた?」
「いいえ。わたくしも初めて知りました。エミリアからは、たまたま見かけて雇うことにした、としか聞いていません」
「なるほどな。ま、過去のことは本人から聞くべきだよな」
「そうですね。……でも、強い方ですね。まだわたくしとそう変わらない年齢でしょうけど、悪漢にも動じませんし、仲間の死を乗り越えて明るく生きようとしています」
「本当にな。あんな子はなかなかいないだろうよ」
「……彼氏はいるとおっしゃってましたよね?」
「……言ってたけど、今ここでその話が出るのはなんでかな? 俺が狙っているとでも?」
「いえ……そんな心配はしていませんよ?」
セリーナが悪戯っぽく笑う。ある意味ネタとしてからかわれてるわけね。別にいいけど。
会話しながらも準備を進め、セリーナはソラの絵をカウンターの目につくところに置いた。A5サイズの白黒の絵で一枚三ルクとしているが、売れるだろうか。俺なら買うけど、俺が買っても意味がないよな。
「……手紙用の便箋とか封筒とかに絵を描いてもいいよな。それに、花の絵を添えるなら、紙に香水とかで匂いをつけると遊び心を感じるかな? ガリ版印刷ができればある程度の量産もできるし、薄利多売でやってもそこそこ儲かりそうだ」
なんとなく思い付きを言っただけなのだが、セリーナは目を丸くして俺を見る。その反応に俺の方が驚きだ。
「あ、あれ? なんか変なこと言った?」
「……変ではありません。斬新で良いアイディアだと思います。わたくしが薬屋の片隅に置くだけではなく、雑貨屋で大々的に売り出してもいいのではと思うくらいですね」
「そう、かな? こういうのもエミリアに相談してみるか……」
「……エミリアがもう少し落ち着いたら話してみてもいいでしょうね。それにしても、ラウルは商人の方が天職だったのかもしれません。それだけ色んなアイディアが出てくるのなら、一生くらいはお金に困ることなく生活できるでしょう」
「……そんなに? うーん、実感湧かない話だな」
日本での知識をある程度流用している面もあるから、自分の実力とも言えない。自惚れてはいけないよな。
「……ラウルはやはり不思議な人ですね。他の人がなかなか思い付かないようなことを思い付いて、それを特に誇るわけでもなく……。エミリアと協力した方が……ああ、でも、それはやっぱり嫌ですね」
「ん? 協力するの、ダメ?」
「協力するのがダメではなくて……ラウルとエミリアが結ばれて、二人でお店を経営する方がよいのかも、と思っただけです。それは嫌だな、と」
「俺はエミリアと結ばれるつもりはないよ。結婚っていう意味ではね。そりゃー、すごく魅力的なのは確かだけど、俺はセリーナが好きだから」
セリーナがほんのりと紅潮しながら微笑む。開店前にイチャイチャしたくなってしまったよ。流石にせんけど。
「……嬉しいです。ただ、エミリアに協力してほしい気持ちはありますから、それは遠慮しないでくださいね」
「おう。わかった」
それから、俺はしばらく奥の部屋で待機する。そうしながら、今後の対策について考えた。
自分達の身の安全を考えるのなら、メア達を味方につけるのは必須であると思う。ノーマルレベルの敵は俺とスラミで対応可能だが、敵が強すぎれば俺にも対応できない。
ただ、後ろ楯があったとしても、メア達が常に身近にいるわけではないから、身近な者の中に味方は必要だろう。この町を拠点にしているAランクの冒険者は、
「金持ちはセキュリティに大金を使う、とも言うしな」
入ってくる金が全額自分のものになるわけではない。それでも相当な稼ぎになるのは確かだから構わないだろう。
「とりあえず、後でセリーナを連れてギルドに行ってみるか」
Aランクの二人に接触できるかはわからないが、エニタに伝言くらいは頼める。ただ、そのAランク冒険者だっていつもこの町にいるわけではないから、他にも対策は必要か。とはいえ、完璧な対策はどうしたって無理だよな。
などなど、考えを巡らせる。その間、スラミには避妊具の生産を頼んだ。部屋が避妊具で埋まるという大変セクシーな状況になるが、今は考えないことにする。
正午近くなり、そろそろセリーナも休憩に入るかなというところで、セリーナがドアを開いて顔を覗かせる。
「お、休憩?」
「ラウルにお客様です」
「客?」
客がいるからか、セリーナの声が少し固い。にしても、自宅ではなくセリーナの店に来るとなると、わけありな客のように感じる。
「……誰?」
「知りません」
「……ん?」
セリーナの様子に少し違和感。固いというより冷たい印象。
「まぁ、いいや。とりあえず俺に用があるなら、相手をするよ」
剣を持って立ち上がる。妙な気配は感じないが、念のためだ。
部屋を出て店内を見回すと、見知った女性が立ち尽くしていた。
「あれ? エニタさん? どうしたの?」
「あ、ラウルさん。よかった。ここにいらっしゃったんですね」
エニタが、いつもより柔らかな雰囲気で微笑む。職場から離れて緊張感が抜けているのかもしれない。
「どなたですか?」
セリーナの冷ややかな声。あ、もしかして、俺が知らない間に別の女と仲良くなってると思ってる?
「エニタさんだよ。冒険者ギルドの受付やってるひとで、色々お世話になってるんだ」
「……それだけですか?」
「それだけだよー。ギルドの外で会ったこととかほぼないし。わざわざ向こうから会いに来たのも初めてだし」
「……そうですか」
セリーナの雰囲気は固いまま。なんにもない相手なんだけどなぁ。
「エニタさん、どうしたの? わざわざ来るほど、急ぎの
「……そうですね。ご指名で」
「指名?」
「ヴィリク様より、ご指名が入っています」
「……俺に? ヴィリクから?」
何かしらのアクションはあると思っていたが、意外な動きだ。俺に何をさせるつもりだ?
「それ、断れない感じ?」
「無理ではありませんが、ギルド長からも、是非受けてもらうように説得してきてくれ、と……」
エニタも困り顔。不穏な気配を感じつつも、長から言われれば断れない、ということか。
「……わかった。とりあえず話を聞く」
「ありがとうございます。ちなみに……こちらが、ラウルさんの恋人ですか?」
エニタが視線をやると、セリーナが冷たい眼差しで応じる。
「うん。そうだよ。将来的には嫁になる予定」
そう言うと、セリーナのまとう空気が多少は柔らかくなる。
「あ、そ、そうなんですね。もう婚約を?」
「正式にはまだかなー。口約束程度ならそんな話もしてるけど」
こちらでは、婚約についての作法のようなものは統一されていない。男性から何かしらのアクセサリーを贈るのが通例だが、言葉だけで終わることもあるし、手紙や花束を贈ることもある。俺は日本の作法に則って指輪を贈ろうと思っているところ。まだなんの準備もしてないけれど。
「そうですか……。確か、まだお付き合いされてそんなに経ってないですよね?」
「まぁ、そうだな」
「なら、まだなんとでも……」
「ん?」
「いえ、なんでもありません。とにかく、
「わかった。とりあえず、ここで話を聞くことはできない?」
「申し訳ありませんが、内密にとのことでしたので……」
「了解。ギルドに行けばいいかな?」
「はい。お願いします」
「セリーナ、ごめん。ひとまず話を聞いてくる」
「わかりました。気をつけてくださいね」
「うん。じゃ、行ってくんむ?」
セリーナから、突然キスされた。しかも、軽く触れる程度ではなく、濃厚なやつだった。
卑猥にさえ感じられるキスをして、セリーナがゆっくりと唇を離す。
「……無事に帰ってきてくださいね?」
「……うん。もちろん」
「エニタさん、またお会いしましょう」
セリーナの口調は普段通り。しかし、それがかえって不思議な迫力を持っていた。
「……またお会いしましょう」
エニタの声が固い。
俺のよくわかっていないところで、二人が何かしらのやり取りをしているのは、なんとなくわかった。
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