意外と
ぼちぼちエミリアとの話も区切りをつける。エミリアは今日も忙しいらしいので、新しい商売についての話はまた後程ということになった。
部屋を出て、スラミの分身を回収しつつ店を離れようとしたところで、開店準備をしていたサラーに声をかけられた。
「ラウルさん、今度は生理用品を作ってくださったんですね! 避妊具に引き続き、本当に感謝ですよ!」
「あ、聞こえてた? 俺じゃこんなことしかできないけど、感謝してもらえるのは嬉しいよ」
「こんなこと、って。ラウルさんのおかげでどれだけの人が助かってると思ってるんですか? 避妊具のおかげでわたしも彼氏と思う存分いちゃつけますし、他の無数の男女だってそうです。女からすれば、望まない妊娠を避けられるっていうだけで性生活が全く変わってくるんですよ。
それに加えて、いい生理用品があれば、世の女性は毎月の憂鬱な日を多少はましに過ごせます。少し大袈裟に言えば、ラウルさんは女性にとっては救世主です」
本当に大袈裟だと思うが、被災地なんかでも、生理用品の不足が問題になるって聞くしな。食料と同等くらいに必需品だとかなんとか。
「……まぁ、その苦労は俺には実感としてはわからんけど、助かる人がいるなら俺も嬉しいよ。っていうか、そんだけ価値のあるものならもっと早く誰かが作ってそうだけどな」
「その辺は、この社会はまだ男性優位ってことですよ。特に、大商人って皆男性なんです。だから、誰かがいい生理用品を作ったとしても大々的に売ろうという人はいませんし、それを商品とする発想がそもそもないのかもしれません。発想があったとしても、そういう商売で儲けるのは恥ずかしいとか考えてるんじゃないですかね?」
「ふぅん。男って変なプライドとかあるからなぁ。……でも、確かに、俺って一部では避妊具の人って覚えられてるもんな。俺はもはやどうでもいいけど、生理用品の人、って覚えられるのが嫌な男も多いかもなー」
「それが男性のプライドってやつですかね? あ、ちなみに、生理用品はなんて名前にするんですか? 今度はスラァとか?」
スラァだと音楽の記号になっちゃうな。こっちでは違うんだろうけど。
「んー……アンネ、とかにしようかな」
日本で初めて売られた生理用品はそんな名前だったんだぜ、とかこっちでは本当にどうでもいい豆知識。
「……アンネ、とは誰ですか?」
気軽に言ったつもりだが、隣にいるセリーナから妙に鋭い声。浮気を疑われているかのようだ。
「え? あ、別に誰ってわけじゃないよ? 俺が好きな響きの名前っていうだけでさ?」
セリーナには嘘つきたくないなぁ……。でも、本当のことを言っても混乱させるだけのような、言わない方がいいとどこかで確信しているような……。
「本当ですか? 後になってそんな名前の女性が現れたりしませんか? 例えば、昔そういう名前の女性が好きだったとか、そういう話でもないのですか?
わたくしは別に浮気を疑っているとかではありません。ただ、後になって、実はこんな女性がいたんだ、とか打ち明けられると少し悲しくなります。隠さなくてもいいことなのに隠し事をされてしまったのは何故だろう、わたくしが何かふがいないことをしていたのだろうか、とか……」
「大丈夫だよ。アンネなんて女が俺の人生に関わったことはない。まぁ、世界中探せばどこかにアンネさんはいるかもしれないけど、俺とは無関係だから」
セリーナが俺の目をじっと見つめて、十秒ほど沈黙。俺もそれを見つめ返した。
やがてセリーナが力を抜いて、上目使い。
「……わかりました。信じますよ?」
「うん。信じていいよ」
「……すみません。本当に、ちょっとしたことでむきになってしまって……」
「そんな暗い顔しないでよ。俺がなんだかふわふわしてるのが悪いんじゃん。俺の方こそごめんな」
「いえ、ラウルは何も……」
「お二人さんはうちの特別なお客様ではありますけどー、いちゃつくならセリーナさんのお店でやってくださいね?」
サラーがニヤニヤしながら割って入ってきて、俺とセリーナは赤面。指摘されると恥ずかしいね。
「あ、ごめん。じゃあ、俺達はこの辺で。また来るよ」
「はーい」
「あ、そうだ。ちなみにだけど……」
ヴィリクが俺達のところに来たように、サラーとエミリアにも何かしらを仕掛けてくる可能性がある。エミリアにはひとまずスラミの欠片を渡しているが、サラーにも渡した方がいいかもしれない。そう思ったところで。
「エミリアってのは、どいつだ?」
太い声が聞こえて、振り返る。店の前に、筋肉質の厳つい男が二人立っていた。片方は剣を、もう片方は斧を持ってきている。構えてはいないが、いつでも戦闘可能という状況。冒険者……か? 冒険者ギルドでは見ない顔だから、冒険者崩れかもしれないな。
サラーには少々辛い相手ではないかと心配になるけれど、サラーは朗らかに連中に問いかける。
「店主に何かご用ですか?」
「ああ、そうだ。で、どいつだ?」
「先にご用件をお伺いしても?」
「用件なんざどうだっていいんだよ。早くエミリアを出せ」
「……乱暴ですねー。店主は忙しいので、お約束のない方は取り次いでいないのですよ」
「ぐだぐだ言ってねぇでさっさとエミリアを出せ!」
剣の男が吠える。応対していないセリーナの方が少し怯えて、俺の方に寄ってきた。念のため、後ろに庇う。
ここは俺が対応すべきか? しかし、サラーの表情には全く怯えがない。
「不穏ですね。お約束のない方の対応はわたしに任されているので、ひとまずわたしにお話をしてくださいませんか?」
「必要ねぇ! お前に用はねぇんだよ! エミリアは奥にいるのか!?」
二人の男がずかずかと前進。奥の部屋に入ろうとするのだけれど。
「許可がない限り、誰も入れてはいけないことになっているんですよー」
サラーが二人の巨漢の手首を掴む。すると、二人がそれ以上進めなくなる。
あれ? もしかして、サラーって強い子?
「お引き取り願います。人間に対して暴力を振るうのは嫌いなんです」
「お、お前、何者だ?」
「こいつ、ただの店番じゃねぇのか?」
「ただの店番ですよ? 正直、わたしはあんまり商売は得意ではないので、本格的に店主のお手伝いをすることはできません。でも、店番はできますし、あなた達のようなヤンチャなお客様を追い払うくらいはできます」
サラーの手が、二人の男の手首にギリギリと食い込む。二人の表情が苦痛に歪んだ。
「この、離せっ」
二人が、サラーを殴ろうとする。が、サラーはその二人を引っ張り、ひょいっと店の外に放り投げた。
「見たところ、冒険者崩れでしょうか? ランクはCくらいですかね? 冒険者を諦めて別の仕事を始めたのは懸命かもしれませんが、わたしの相手としては力不足ですね。お引き取りください。じゃないと……わたしも本気にならないといけなくなりますよ?」
サラーが拳を握り、戦闘の構え。それだけでプレッシャーが変わり、男二人がたじろいだ。
「……ちっ。行くぞ」
二人がいそいそと去っていく。力の差がわかる程度には強い、ということかな。
サラーが構えを解いて、ふぅ、と息を吐く。
「失礼しました。このお店が最近好調なので、妬まれることもあるんですよ。どこの市場を荒らしているわけでもないので、八つ当たりのような妬みですね。
まぁ、あの程度の連中を雇うのはたいした相手ではないので、一度追い払えばおとなしくなります。余計な心配はいらないでしょう」
「……大変だね。俺達は大丈夫だったからいいけどさ。でも、サラーがそんなに強い人だとは思わなかったな。元冒険者だったりする?」
「実はそうなんですよ。冒険者崩れなのはあの連中と一緒です」
「へぇ……。意外だな。どうして冒険者辞めたのか、訊いてもいい?」
その問いに、サラーは数秒迷った後、口を開く。
「……ダンジョンでわたし以外の仲間が全滅しちゃったんです。しかも、結構グロい死に方で……。それ以来、ダンジョンとかモンスターがダメになってしまいまして……。あ、スライムは平気なので、スラミさんは大丈夫ですよ」
「……そっか。辛かったね」
「そうですね。まだ心の整理がついていない部分もあります。皆が、わたしだけでも生きろって必死に逃がしてくれましたけど、本当にそうしたのが正解だったのかなー、とか。でも、せっかく生き残ったので、やれることをやっていきますよ」
「そうだな。それがいいと思う。死んだ人の気持ちなんて想像するしかないけど、一緒に命かけて戦ってきた大切な仲間だったら、とにかくサラーには生き残って幸せになってほしいって願っていたはずだよ」
「……きっとそうだと思います。逆の立場だったら、わたしもそう願ったでしょう」
サラーの顔がくしゃりと歪む。泣き出さないうちに、調子を切り替えて言う。
「あー、ともあれ、サラーがいればエミリアは安心かな」
「お任せください。何やら不穏な空気もありますが、わたしも元Cランク上位の冒険者です。パーティランクはBでした。大抵のことはなんとかできます」
「それはよかった。それじゃ、またな」
「はい。いつでもいらっしゃってください」
サラーは強いようだが、念のためスラミの欠片を渡して、俺達は店を後にする。サラーは花のような笑顔で見送ってくれた。サラーがどんな風に立ち直ってきたのかはわからないけれど、ソラもいつか、あんな風に笑える日がくればいいな、と思う。
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