あきれる

「えっと……金の使い道については一旦置いといて、ちょっと見てほしいものがあるんだ」


 そう切り出して、昨日セリーナに渡した生理用品をエミリアに見せる。軽く使い方などの説明をすると。


「また、お前はとんでもないものを……」


 エミリアが深い溜息を吐いた。やはりあまり反応がよくなくて、俺としてはちょっと残念。


「えっと、何かダメだった?」

「ダメではない。使い勝手によるが、世界中の女から感謝される代物だ。避妊具と同じかそれ以上に。しかし……避妊具を売るのも大変なのに、今度は生理用品か。私を殺したいのか?」

「あ、えっと……すまん」

「ラウルが謝ることではないがな。ただ、色んなところと契約契約で奔走していたのに、これからまた同じ規模で一仕事するとなると少し気が重い。こっちの都合で手放しで喜んでやれなくて申し訳ない」


 くぁー、とエミリアが伸びをする。そういえば、少し痩せたかもしれない。俺は気ままに商品を作るだけだけど、エミリアは色んな取引先と細かい交渉をこなしているんだよな……。そりゃ疲れるわな。


「ああ、ちなみに、私に売ってくれる前提で話をしたが、こっちも専売契約をしてくれるのか? それとも……これはヴィリクに、か?」

「エミリアに売るよ。ヴィリクに売るとなんだか大変そうだし。俺もスラミも、避妊具と生理用品を作るだけの生活がしたいわけじゃないからな」

「そうか。感謝する。

 ……本当に、ラウルのおかげでどんどん世界が変わっていく。ようやく目標に届く算段がついてきた。正直、金銭的なお礼だけでは足りないと思っているよ」


 エミリアの視線が妙に熱っぽくなる。チロリと舌を出すのも意味深だ。


「……それ、どういう意味?」

「わかってるだろ? 私も多少は経験があるから、気持ちよくさせられると思う」

「……えっと」


 俺が視線をさ迷わせていると、エミリアがふとにおかしそうに笑い出す。


「ははっ。セリーナが怖い顔をしているな。別に冗談で誘っているわけではないが、この話はまた今度にしようか」

「うん……」

「あ、私とラウルが二人きりになるのがダメなら、三人でもいいぞ?」

「全然また今度になってないぞ!?」

「興味はあるだろ?」

「そりゃあるけどさ……」


 ふぅ、と隣のセリーナが軽く溜息。気分が一気に冷え込むね。

 俺の様子を見てエミリアがクツクツ笑い、気を取り直すように言う。


「少なくとも、私は無断でラウルと寝たりはしないから、そこは安心してくれ」

「そうですね……。それは心配してませんよ。ただ……ラウルが他の女性に興味を持つことまで禁止しませんが、そうなるのが気分のいいものではないのも確かです」

「……浮気性でごめんな」

「仕方ないことだと理解しています。けど、わたくしも大切にしてくださいね?」

「それはもちろんだ」


 セリーナが俺の手を握ってくる。どこにもいかないように、とでも思っているのか、力が入っている。こういうの、可愛いなと思う。


「私は少し席を外そうか?」

「……始めたら少しでは終わらないので結構です」

「ほほぅ。セリーナも女になってきたもんだ。ラウルが上手くやっているということだな。独りよがりの男が相手では、セリーナはこんなに積極的にならなかったろう。私も楽しみだよ」


 クツクツと艶っぽく笑うエミリア。扇情的で、下半身が反応してしまいそうだ。

 このままではいけないと、俺は話を変える。


「ち、ちなみに、商売について、俺にも何か手伝えることある? 少しでも負担を軽くしてやりたいんだけど」

「……基本的に、商売のことはこっちでやる。冒険者が下手に首を突っ込むと話がこじれそうだ。

 まぁ、店頭に立っての販売とかは手伝ってもらいたいときもあるかもしれない。あと、場合によっては用心棒として雇うことはあるかな」

「わかった。いつでも言ってくれ。優先的に来るよ」

「頼もしい。そのときは頼む」

「うん。あ、あとさ、もう一つ話があって」

「……金になる話か?」

「……うん」


 エミリアの頬がひきつる。


「あ、また今度にしようか……?」

「いい。話せ」

「そう? えっと、これなんだけど……」


 昨夜、スラミと共にガリ版印刷の機材を再現してみた。スラミが変幻自在な3Dプリンターみたいな役割を担ってくれるので、比較的容易に作成できたのだ。

 実演販売じゃないが、ロウ原紙代わりの薄いスライムシートに、やすりを下敷きとして文字を書く。それを別の紙の上に置き、謄写版で挟んでインクのついたローラーを転がす。詳細は省くが、作業としてはざっとこういう感じだ。

 すると、紙の上には文字が印刷されている。それを三枚分繰り返し、エミリアに見せた。


「……どう?」


 エミリアが実に神妙な顔をする。そして、今にも泣き出しそうに眉を潜めた。


「なんだそれは! どこの国の技術だ!? そんな技術があったら、世界が激変してしまうではないか! 本がもっと簡単に作れる! 手に入る! 知識が様々な人に行き渡る! なんでお前はそんなに無頓着に、安易に、世界を変えようとするのだ!?」


 エミリアは泣かなかったが、珍しく吠えた。特別な技術を持ち込んだつもりはないし、誰かが発明してもおかしくないものなのだが、インパクトは大きいようだ。


「……なんか、すまん」

「はぁー……。こいつは天才なのか? アホなのか? もう、そんなに色々手掛ける余裕はないぞ……。あー、でも、生理用品は女性の必需品になるし、本も世界を変えるだろうし……。いや、本を普及させるのは既存の業者や権力者とのいざこざが……。本はまだ後がいいか……」


 エミリアがぶつぶつと何かを呟く。それから、ふぅー、と息を吐いて、セリーナに問う。


「ちなみに、生理用品の使い心地はどうだ?」

「多少の改善の余地はあるでしょうが、快調です。全て吸収してくれて、漏れることもありません」

「そうか……。素晴らしいことだな。私も使わせてもらおう」


 頷いているところで、俺がまた一言挟む。


「あ、ちなみに、シートの生理用品は赤ん坊のおむつにも応用できるはずだぞ」

「だぁあああ! もう黙れ! どれだけの規模の商売をさせる気だ! 人手が足りん! だけどお前達は関わらんでいい! 何とかするから待ってろ!」


 エミリアがついに涙目である。申し訳ないことをしたのかな……。

 こういうことはあまりやらない方がよかったのか、あるいはむしろやるべきだったのか。

 ただ、たまにだけれど、俺がこっちに来た理由を考える。なんのための転生だったのか、と。別に魔王がいるわけではなく、俺がやるべきことはわからなかった。適当に過ごしていればいいのだと思っていた。

 だが……こういうことをするのも、俺がここにいる意味にもなるのかもしれない。英雄視される行いではないのだけれど、確実に多くの人に感謝はされている。

 セリーナもスラミもソラもエミリアもいて、俺はどうやら世のためにもなっている。他に望むことは、そんなにないよな。

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