指摘

「ローレン商会が動き出したか……。面倒なことになったな」


 翌朝、まだ開店する前から、俺とスラミとセリーナはエミリアの店にやってきた。店の準備があるようだったが、それはスラミにも手伝ってもらい、エミリアに時間を作ってもらった。

 店の奥の部屋でテーブルを挟んで座り、まずは昨日のヴィリクとの出来事を話すと、エミリアは神妙な顔で唸った。しかし、すぐに表情を切り替えて、笑顔を見せる。


「しかし、ラウルが大金の誘惑にも負けず、私との取引を優先してくれたことには感謝しかない。私にとっては、ここが人生の分岐点と呼べるほどに重要な局面なんだ。ラウルに見捨てられれば、希望も見失って、相当精神的に辛かったことだろう。本当にありがとう」


 エミリアは、テーブルに頭がつきそうなくらい、深く頭を下げてくる。


「そんな畏まらなくていいって。契約したんだから、それを守るのは当然だろ? それに、俺はエミリアの今後の活躍も見たいんだ。これからどんどん躍進してくれるなら、それが一番のお礼だよ」


 そう言うと、エミリアも顔を上げ、力強い笑みを見せる。


「……わかった。そうしよう。ラウルにとっても、私にとっても、最高の結果が出るように尽力する」

「おう。頼むよ」

「わかった。しかし、ヴィリクとの契約を突っぱねたのは、ラウルとスラミにとっても良いことだと思う。ヴィリクは凄腕の商人だが、合理的過ぎたり強引だったりする面もある。

 いかに効率よくスラミを利用し、ラミィを大量生産するかだけを考え、その人格を無視していたかもしれない。ラウルに対しても、十分な稼ぎがあるのだからもはや冒険者である必要もない、とにかく生産に集中しろ、などと言ってくる可能性もある。

 事前の契約金も単価も高いかもしれないが、その分の見返りはきっちり要求してくるだろう。そして、ヴィリクの意図に反することをすれば罰金、とかかな。交渉次第だろうが、いつの間にかヴィリクにとって有利な契約を結ばされるのは容易に想像がつく。

 ラウルは頭もいいから、そう簡単に向こうのペースに乗せられることはないだろう。しかし、想像しているほどいい契約にはならないと覚悟すべきだ」


 エミリアの言葉がじわじわと脳に染み渡る。ヴィリクは悪い人間ではないのかもしれないが、良い人間でもないのだろう。あいつの話に乗っていたら、大変なことになっていたかもしれない。そう思うとゾッとする。


「……確かに要注意な男だったな。でも、そもそもヴィリクとの契約の意思はないから大丈夫」

「ならいいが。しかし、やつが次に何をしてくるかはわからない。やむおえず、私との契約を守れないときも来るかもしれん」


 今回はルー達のおかげでなんとか切り抜けたが、これからはどうなるかわからない。


「もしかしたらそうかもしれない。どうしようもなくなったときには、悪いがエミリアとの契約の優先順位は低い。セリーナ、スラミ、ソラの身に危険が及ぶなら、俺は三人の安全を優先する」

「……それは構わない。ラウルにとって重要なものを見誤ってはいけない。ただ、少し不満があるとすれば……」

「何かあるのか?」

「私のことは優先してくれないのだなぁ、と思ってな。契約の話ではなく、私のことを、ね」


 不満そうに、でもどこか挑発するように、エミリアが溜息を一つ。そんな、好きな相手に大事にしてもらえない不満を溢すような態度を取られても……。俺達、そんなに深い関係じゃないよね?


「あ、それは……えっと……エミリアのことも大事だと思ってるよ? エミリアのことだって優先して考えるさ」


 慌てて言い繕うと、エミリアがクククと笑う。


「そう慌てるな、ちょっとからかっただけだ。ラウルは私を優先してくれるだろうことはわかっているよ。今言った中では私が一番下かもしれないがね」

「……どうかな」

「まぁいいさ。私はまだラウルの女でもないし。ちなみに、他にも話はあるか?」

「いくつか。他にもちょっと起きてて、エミリアに色々相談したいことがあるんだよ。とりあえず、これから稼ぐ金の使い道についてなんだけど……」


 メアから、有り余る金を寄付してくれと頼まれたことを話す。すると、エミリアは少し渋い顔をする。


「金の使い方については難しいところだな。ラウルの好きに使えばいいと思っていたが、それはあくまで自分のために使うという前提だ。家でもなんでも買えばいい、と。

 しかし、メア達の話に乗り、金を社会貢献などに利用するなら、よく考えるべきだ。良いことのために金を使ったつもりが、全く意図せぬところで不具合を生じさせるかもしれない。

 例えば、村に学校を作り運営するための金が、何故か村長が豪遊するために使われるとかな。本当に有意義に金を使いたいなら、適当にばらまくだけではダメだ。想定通りの結果が得られるように、きちんと監督できる範囲で使うべきだ。


 それに、私の商人としての感覚から言うと、寄付などではなくて投資を勧める。金を出すなら、それは時間をかけてでもきっちり回収するんだ。

 学校を作るなら、そこで学んだ者達から、将来的に、学校の設立と運営に関する費用を全額回収する。村で学校に通うことなく過ごしていたら、得られなかっただろう収入の一部からな。言わば、後払いの授業料だ。

 逆に、学校があろうとなかろうと生涯に得られる収入になんの変化もないのなら、その学校には数字の上ではあまり意味がなかったということになる。

 もちろん、数字には現れない幸福度というのはある。だが、それはあまりに曖昧で、金を出した方としても自分の行いに本当に価値があったのかがはっきりしない。指標も何もないのはよくないな。

 そもそもの話だか、学校を作り運営するのにどれだけの苦労があるかわかっているのか? 学校を改めて建設するのか、既存の建物に人を集めるのか? 教師となる人材はどこから連れてくる? わざわざド田舎までやって来て、慣れない環境の中で教師をやってくれる者がどれだけいる? いたとして、そいつは本当に何年も何十年も真面目に勤務してくれるのか?  あるいは、田舎の無知な子供達を私的に利用して搾取したりしないか? 特に、男が教師なら、女の子に悪さしないか心配だな」


 エミリアは淡々と懸念を口にするなか、俺とセリーナは顔を見合わせてしまう。あまり深く考えていなかったが、メア達の目標達成は想像以上に大変そうだ。

 さらに、エミリアは続ける。


「それに、貧しい地域に物資を提供する、という話。これも根本的に考え直すべきかもしれない。

 なんと言うか、発想が冒険者的なんだ。モンスターに襲われている人間が目の前にいて、モンスターを倒せば一件落着、助けられた人間からも感謝されて万々歳。

 そんな発想があるのかもしれないが、貧しい地域の不幸を取り除くには不十分。

 敵はモンスターではない。貧しさがどこから来るのかを見極める必要がある。

 領主が重税を課しているのか、賊が支配しているのか、土地が痩せているのか、人々の精神がすさんでいるのか、教養のある人間が存在しないのか、宗教上の理由が関わるのか……。原因として考えられることは無数にある。

 一時的に生活の補助をしても、結局は解決に至らない可能性の方が高い。逆に、半端に施された住民が、救ってもらえることを当然と勘違いし、延々とメア達にたかってくる可能性さえある。そこで、支援は打ち切るからあとは自分達で頑張れ、と突き放しても、身勝手なやつらだと罵られるだろう。

 言ってしまえば、これは偽善ではないかな。本当にその地域を救うつもりなどなくて、目の前にある脅威をちょっとだけ軽減させて、何か良いことをした気分に浸りたい、というな。

 

 ラウルなら、誰かを真に大切にする大変さはわかるだろう? ソラ一人だって、真に救いだすのには時間も手間もかかる。メア達がやろうとしているのは、ソラを奴隷屋から買い上げて、さぁ君はもう自由だ好きに生きろ、と放り出すようなもんだ。それじゃ、ソラは途方にくれてのたれ死ぬだけ。


 なんとなくいいことをした気になって満足するだけでは、本質的には金を無駄にしていても気づけない。もっと上手くやれば、持っていた金でより多くをなすことができて、より多くの人を本質的に幸せにできたはずなのに、そこに考えが及ばない。

 金をかけるなら、見返りをきっちりもらい、数字で結果が見える仕組みを作るべき。そして、目の前に見えている表面的な問題だけでなく、根本的な部分を見極めて対策を考えるべきだ。

 そうすることで、継続的な発展にも繋がるし、真の救いにも繋がる。

 ……私はこう思うが、これは商人としての発想かもしれない。ただ、冒険者が素人発想の慈善家精神で突っ走るとろくなことにはならないと覚悟しておくといい」

「なるほど……」


 やはり、エミリアに相談したのは正解だった。商人の視点は多少片寄っているかもしれないが、メアのどこかふわっとした発想とは違い、シビアで具体性がある。メアの志と、エミリアの実行力が組み合わされれば、より良い結果が得られるように思う。


「エミリアの話は、すげー参考になった。メア達にも伝えてみるよ。っていうか、一度会って話してみてもいいかもな」

「そうだな。私としても、Aランクの上位パーティーとコネができるのはありがたい」

「……そういう言い方がやっぱり商人なんだよなぁ」

「私は商人さ。だからこそ、だいたいの男は私を避けていく」


 エミリアが自嘲気味に笑う。それがとても寂しそうに見えて、少しでも紛らせてあげたらいいな、とは思った。

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