お話の前に

 紅蓮の刃レッド・ブレードの連中は修練場に置き去りにして、俺達はセリーナの店に向かうことにした。メアとフィラが待機しているらしいが、俺としてはやはり心配になったのだ。なお、行動制約の魔法をかけるのは、また後日ということに。

 修練場を後にするときには、他の冒険者の俺を見る目は少し変わっていたように思う。が、話しかけてきたのはエニタだけ。時間のあるときに少しでもいいのでプライベートで会えませんか、という話だったのだが、とりあえず時間のあるときに連絡する、と伝えた。ルーがまた妙にニヨニヨしていたのはなんだろう?


「ま、あんな雑魚はどうでもいいと思うんだけどさ」


 歩きながら、ルーがぼやく。


「あいつらも雑魚ではないんだけどな。チームでAランクって、そう簡単になれるものじゃないし」

「まーねー。でも、物理的な強さの話じゃなくてさ。問題はあのヴィリクだよ。この国では大きな力を持つ大商人。厄介だな」

「……確かに、一筋縄ではいかなそうなやつだよな」

「少なくとも、悪人ではないという意味ではまだいいかもしれないね。黒い噂とかは聞かない相手」

「……割と腹黒い手を使ってきたけどな」

「でも、扱ってる商品はまっとうなもののはず。麻薬とかには手を出してないんじゃないかな。そういう関連の依頼クエストで名前を聞いたことない」

「あー、そういう意味ではクリーンなわけね」


 俺はあまり裏社会のことについては詳しくない。冒険者として普通に働いているだけだと、そんな話までは入ってこない。

 しかし、やはりSランク間近な実力者になると、もっと世界の深淵を覗くこともあるのだろう。


「今回のは軽い様子見だろうね。あの雑魚を焚き付けては来たけど、あれで本当にこっちをどうにかできるとは思ってなかったはず。次はどう来るか……。んー、あたしはやっぱり考えるの苦手だ。考えるのはメアとフィラに任せよっと」


 真面目な雰囲気から一転、ルーがニハハと笑う。


「……とりあえず、俺はもうちょっと真面目に自分の立場を考えないといけないのかもな」


 俺は億単位の金を動かす商売の中心にいる。となれば、当然利用しようとする者は出てくるわけだ。ソラを家に置いて来てしまったが、危険だったろうか。

 俺の不安を払拭するように、スラミがぽよんと跳ねる。


『ボクがついてるから大丈夫! ボク、あの核食べてからかなり強くなったよ!』

「おー、そっか。なら安心かなー」


 一度、スラミのステータスを確認してみてもいいのかもしれない。俺よりステータス高かったらどうしよう……。嬉しいような、寂しいような……。

 さておき、話しているうちに、セリーナの薬屋に到着。中に入ると、セリーナがメアとフィラの二人と話していた。俺の姿を認めると、話を切ってセリーナが声をかけてくる。


「あれ? ラウル、どうしんたんですか? まだお店を閉めるには早い……あ、ルーさんも一緒……?」


 セリーナが、ルーを見てきょとんとする。


「お久しぶりー! ちょっと見ない間にラウルと結ばれちゃったんだって? おめでとう! 脱童貞と脱処女のお祝いをしに来たよ!」

「……あ、ありがとうございます」


 セリーナが顔を若干顔を引きつらせる。そして、メアがルーの頭を叩いた。


「申し訳ない。この子は気遣いに欠けるのだ」

「いえ……。これくらいは平気です……。えっと、ラウルはどうしてルーさんと一緒にいるんですか?」


 戸惑いの中に、僅かな嫉妬が見え隠れしている。セリーナを不安にさせるようなことは一切ないのだが。


「ええと、メア達からは何も聞いてない?」

「え? ええ、何も……。えっと、どういうことですか?」


 セリーナがメアとフィラを交互に見る。


「……黙っていてすまない。不安にさせたくなかったのだ」

「不安……? どういうことですか……?」


 戸惑うセリーナに、先ほどここを離れてからの話をざっくり説明。そして、知らぬ間に危険が及んでいたことを知り、セリーナが表情を曇らせる。


「……そんなことが。でも、確かに、大金が動くのであれば、何が起きてもおかしくないですよね……」

「悪い。俺も油断してた。今日はたまたまこの三人がいてくれたけど、そうじゃなかったら、セリーナが危ないことになっても、俺はどうにもできなかったかもしれない」

「……そうですね。私が危険になることはないのでしょうけど、エミリアとの契約は守れなかったかも……。あ、ちなみに、エミリアは大丈夫でしょうか? ラウルとの交渉より、エミリアに直接何かを仕掛ける可能性も……」


 不安そうなセリーナに、メアがきっぱりと言う。


「エミリアは大丈夫だ。使役している召喚獣に様子を見させているが、特に妙な動きはない」

「あ、そうでしたか……。安心しました。というか、顔見知りでしたか?」

「一応な。女性なのに男性にも全く引くことなく商売をしている、ということで、多少は有名なのだ。

 しかし、まだ油断はできない。ヴィリクが次にどう動くか……。それに、動くのがヴィリクだけとは限らない。

 私達も、ずっとお前達の保護をしているわけにはいかない。国から仕事の依頼が来ることもあるし、それは断れない。私達がいないときには、ラウルに皆を守ってもらわねばなるまいな」

「おー、俺か……。かといって、俺も体は一つ……スラミは三つまで分裂してもかなりの戦力を維持できるけど、そもそも相手が強かったら厳しい……」

「必要ならば、護衛を雇うことになるだろう。もしくは……」


 メアが言い淀む。そして、言いにくそうに続ける。


「その前に、ラウルと少し話がしたい。良いだろうか?」

「俺と? えっと……もしかして、三人は俺に用事があってこの町に来たの?」

「まぁ、そういうことだ。ラミィの制作者がラウルであることはわかっていたからな。

 先にヴィリクなどという大物が出てきて、さらにきな臭いところもあるから、警戒させてしまうかもしれないが……。私達も、結局はラウルが将来的に手にするだろう大金目当てでやって来たことには変わりない。だが、少し話をさせてほしい」


 大金を持てば色んな人が寄ってくる……というが、本当だったな。しかし、金を持つ前から集まってくるのは意外だ。


「今回は助けてもらったし、とりあえず話くらいは聞くよ」

「ありがたい。内密に話ができる良い場所はあるだろうか?」

「それなら……セリーナ、ちょっと奥を借りて良い?」


 セリーナが立つカウンターの奥には、狭いが部屋がある。簡易的な休憩所でもあるし、魔法薬の調合作業をするスペースでもある。


「……基本的には部外者の立ち入りは禁止ですが、ラウルの関係者ならいいでしょう。お客さんはお店に来ますので、大声は出さないでくださいね」

「おう。わかってる」


 場所が確保できたところで。


「ねぇねぇ、二人はその部屋でこっそりやらしいことしてるのかな?」


 ルーがまた好奇心旺盛な質問。セリーナが面くらいつつ、俺を見てきた。答えにくそうなので、俺が答える。


「こっそりじゃないぞ。ここはもうほぼセリーナのお店だからな。お店を閉めたあとに堂々とやる」

「わぁ! いいね! 職場とか燃える! 羨ましい!」

「ルー、ちょっと静かにしてろ。話が進まない」

「はーい」


 ルーがニヤニヤニマニマしながら俺とセリーナを見比べる。静かになっても賑やかなやつだ。

 セリーナについては、まだ店が営業しているのでそのままカウンターに立っていてもらう。三人だけを奥に案内。本棚や調合器具、在庫品などが部屋を占拠し、人が動けるスペースは少ない。他にも少々の家具があるが、その中に、ルーは小さなベッドを見つけてニヤニヤ。

 元店主のおっさんは家を別に持っているのだが、この部屋でたまに寝泊まりすることもあったらしい。それがそのまま残っている。


「こういう狭いベッド……燃えるよね?」

「おう。なかなかいいぞ」

「いいなぁ。このひっそりした空間もいいよね。あたしとか最近メアとしかしないけど、定住して恋人作って、男の人と、こういう自分達の場所でしたいときもあるなー」

「え? あ、そういう関係なの?」


 ルーの暴露に、メアが赤面。


「迂闊にそういうことを言うな!」

「いいじゃん別に。隠すことじゃないしさー。行く先々で男を取っ替え引っ替えするよりずっといいでしょ? 女だって性欲くらいあるし、だけど実力の合わない男をエッチのためだけに連れ歩くわけにもいかないし。もうパーティー内でするしかないでしょ?」

「なるほどな。まぁ、言い分はわかる。それに、体の関係持つと一体感とかも強まるよな」

「そうそう。お互い、この人と絶対生き残る! って思うもん」

「じゃあ、フィラともそういう関係?」

「フィラはシャイだから一人でしてる。いつでもしてあげるのね」

「そっかー」

「ルー! なんでもかんでも暴露しないで!」


 今度はフィラが赤面。ルーにはこの二人も手を焼いていそうだ。

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