ローレン

 ルーの言葉を鼻で笑い、ヴィリクが言う。


「悪徳商人は酷いなぁ。私は決して人の道に背いたつもりはない。誰かを陥れて自分を利するわけではないのだ。

 ラミィを売るにしても、今すぐにでも欲しいという者は国中どころか世界中に無数にいる。私は、他の誰よりも迅速にラミィをより多くの人のもとに届けることができる。

 値段については少々高くつけはするが、決して法外な値をつけたつもりはない。全国各地に届けるのには当然コストも高くつくから、その分を回収するだけのこと。だいたい、まっとうに稼ぎのある大人であれば気になる金額ではないはずだ。

 それに、値段は徐々に下げてゆけばよい。数年間は二ルクで売ってまずは利益を確保する。やがて競合が出てきたときには、値段を下げて価格競争に対応していく。

 競合相手としても、まずは二ルクより少し安い金額で売ること想定して原価や利益を考える。そのときには、こちらも値段を下げて対応だ。逆に、五十フラルより少し安く、という想定で競合が商品を作り出すと、値下げ競争が苛烈になりすぎる。双方に利益のない商売になってしまう危険がある。

 まぁ、競合が現れなかったとしても、徐々に値下げした方が消費者はお得感を得られるし、販売者に感謝の念さえ覚える。逆に、安くて当然、と思っていると、もっと値下げしてくれればいいのに、などと身勝手な不満を抱くことまである。

 さて、私は私なりに考えた上でこの交渉を持ちかけているのだが、悪徳商人と呼ばれる要素はあったかね?」


 流石は大商人というところか。己の利益最優先で動くゲスというわけではなさそうだ。あるいは、己の利益を最優先にしているが、他人をないがしろにしないことが結局は己の利益に繋がる、と理解しているのかもしれない。

 ルーも、ヴィリクの言葉が意外だったのか、少々気勢が削がれている。


「で、でも、エミリアという商人は不利益を被るはず! それに、自分の思い通りにするために脅迫するなんて卑怯だ!」


「まぁ、エミリアとしては望ましくない結果を招くかもしれないが、これは彼女の甘さが招いたこと。商人であれば、勉強料とでも思うべきところだな。

 脅迫、というのは私にはよくわからないが、もし私がそのような行いをしていたとして、それはある種優しさではないだろうか? 大金に釣られて契約を反古にした、というのは心証が悪い。エミリアに対してもそうだし、世間に対してもそうだ。脅されて仕方なく、と言える方が、その後も過ごしやすかろう。大金を手に入れられる上、友情にも傷が入らない。素晴らしいことではないかな?」


 このおっさん、やはりなかなかの曲者だな。人として善なのか悪なのか、いまいち判断がつかない。本当は悪どい人間であるかもしれないが、相手を思いやるような発言も織り混ぜて、良い人間であるかのように印象を操作したいのかもしれない。

 相手が商人であると考えれば、その発言が単に真心から来ることはないだろうが……。


「な、で、でも……その……。とにかく、あんたのやり方は気に入らない! なんか胡散臭い!」


 ルーの反論に、ヴィリクは苦笑するばかり。


「そう感覚的にものを言われてもね。根拠もなく胡散臭いなどと言う方が失礼ではないかな?」


 ヴィリクの指摘に、ルーがたじろいだ。ヴィリクはそれ以上は追求せず、隣の少女に問う。


「ところでリナリス、この娘は、ルー・ウィリアと言ったかな?」

「はい。そうです。単独でもAランクの冒険者で、チームランクもA。ただし、チームでの実力はSランクに匹敵するのではないかと噂されています。特別に強大な敵が身近に現れていないため、実積を作れずにAランクに留まっているという見方をされています」


 ヴィリクはほうほうと鷹揚に頷いたのち、ニヤリと笑う。


「勝てるかね?」

「単独であれば、可能かと」

「なるほど。ただ、ルーの方も実力を隠しているかもしれない。二人が戦ってみれば、実に面白そうだな」


 その言葉で、リナリスと呼ばれた銀髪少女の目付きが一層鋭くなる。ルーも身構え、一触即発の空気。

 しかし、そこでまたヴィリクがのほほんと言ってのける。


「とはいえ、二人が本気でぶつかれば、この一帯が廃墟になってしまうな。またいい機会があれば試してみてほしいものだ」


 リナリスが一気に戦意を喪失し、穏やかな雰囲気になる。雇い主の発言に忠実なよき護衛だなぁ。

 

「しかし、誰かが説得を成功させてくれるなら、特別な報酬を用意してもいいとは思っているんだ。誰か、こういうのが得意な者がいてくれたらありがたいねぇ。

 ……まぁ、そんなに都合よくはいくまい。私は一旦引こう。だがもし、気持ちが変わったらいつでも私を訪ねて来てくれ。ローレン商会に行けば、場所はわかるようにしておくよ」


 ヴィリクが不敵な笑みを浮かべ、リナリスと共にこの場を後にする。だが、後ろにいた三人が残った。


「……ご主人様は帰りましたよ。あなた方もお帰りになっては?」


 促しても、三人はニヤニヤするのみ。わかっちゃいたが、こうなるよな。

 俺は溜息を吐き、ルーはギロリと三人を睨む。


「帰んないの? まさか、あたし達と一戦交えるつもり?」


 ルーの威圧を受け流し、剣士が言う。


「いやぁ、ほぼSランクパーティー様にそんなだいそれたことはしねぇさ。ただ、ちょっと稽古つけてもらえたらいいなぁ、と思ってんだよ。どうかな?」

「稽古? ふぅん……。なかなか血の気の多い人達だなぁ。じゃあ、稽古つけてあげる代わりに、約束して。稽古で二対の三試合をして、あたし達が勝ったら、もう金輪際関わってこないこと。行動制約の魔法もかける」

「おお、いいとも。もし、逆に俺達が勝っちゃったりしたら……ルーは俺達のオトモダチになる、ってことで。そして、そっちのスライムマスターは考え直す、と。それでいいかな?」


 下卑た笑みを浮かべる三人。まぁ、こうもわかりやすい悪人面であると、こっちもやりやすいか。俺とルーは一度顔を見合わせたのち、答える。


「……わかった。それでいいよ」

「うん、いいよ!」


 ルーは自信ありげだが、大丈夫なんだろうか。俺はまっこうから戦うタイプではないし、勝てるかどうかは相性次第。


「さ、こうなったら頑張ろうね! ラウル!」

「……そうだな」

「もう、もっと元気だしなよ! あたしとラウルのコンビで勝てないわけないでしょ? あ、スラミを含めたらトリオかな?」


 スラミが俺の頭の上でぽよんぽよん跳ねるのを見て、ルーが訂正。


「はっ。こんなスライムマスターとコンビなんて、足を引っ張られるだけだろうに」

「ハンデありで勝つ、っていう自信か? 足元掬われなきゃいいけどなぁ」

「こんなのに関わらずにいればよかったって、後で嘆いてもおせーぞ」


 ククク、と三人が笑う。まぁ、これだけ見ると負けフラグにしか見えないがな。

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