不審な人

 ソラはまだ眠っている。起こさないように注意しつつ、スラミを半分残して玄関に歩いていく。

 扉の向こうには……強そうな気配が四人分と、もう一人誰かがいる。

 居留守でも使ってやりたいところだが、どういう性質の相手かわからない。対応を間違えて変な真似をされても困る。ひとまず、扉越しに応対。


「……俺が確かにラミィの生産者ですが、何かご用ですか?」

「少し、話がしたくてね。開けてくれないかな?」

「どういうお話でしょうか?」

「君にとって得になる話だ」

「へぇ。それはありがたいですね。で、なんのお話ですか?」

「顔を見て話をしたいんだがね」


 物腰柔らかな雰囲気を出しつつ、やや強引に自分のペースに持っていこうとしている様子。

 このままでは埒が明かないので、仕方なく扉を開ける。


「……げ」


 扉を開けた先には、五人の男女。初老の男性と、その傍らに立つ少女については初見。しかし、その奥に控える三人の青年は、紅蓮の刃レッド・ブレードの面子。この三人がいる時点で、もうまともな話じゃないのは察しがつく。

 ともあれ、にやにやしている三人については、一旦置いておく。

 まずは初老の男性だが、恐らくは商人。五十には届かないくらいで、体型が崩れることもない凛々しい立ち姿。その上品さと身なりの良さから、なかなかの金持ちであることもわかった。

 その傍らに立つのは……耳の長さと麗しい顔立ちから、エルフであると思われる。見た目は十五歳前後だが、エルフはやや年の取り方が遅いので、二十歳くらいは越えているかもしれない。目付きは鋭く、刃のような瞳で俺を睨んでいる。


「……俺にどういったご用件で?」


 突然相手が飛びかかってくることはない、と信じたい。が、それでも、とっさに動けるように構えておく。


「私はヴィリク・ローレン。商人をしている。用件は簡単だ。ラミィを私に売ってくれ」


 ヴィリク・ローレン……。この国じゃ割と有名な商人の名前だ。広範囲にこの名前を冠した店が展開している。言うなれば大企業の社長さん。

 しかし。


「それはできません。エミリアという女性と専売契約を結んでるんで」

「そんな紙切れ一枚、どうにでもできる」

「……どうにでも、とは? 契約書を燃やして、なかったことにでもするつもりですか?」

「まさか。契約を結んでいても、それを反故にしたとて、せいぜい違約金が発生するくらいではないかね?」

「……そうですね」

「いくらだね?」

「それを教えると、俺に何か得がありますか?」

「私が肩代わりしよう。そうすれば、もう契約などないも同然だ」


 金額を聞く前から事も無げに言ってくる。どんな金額を言われても平気、という途方もない財力があるのだろう。

 なるほど……。なかなか一筋縄ではいかない相手。エミリアは、こういう連中と日夜戦っているのだろう。


「……あまり他人に話すことではありませんので」

「ふむ。もっともだな。しかし……そうだな。おそらく、五万から十万ルク程度ではないかね?」


 鋭いおっさんだ。現状の違約金は、五万ルク。経験からここまでわかるものなのかね。


「……ご想像にお任せします」


 そう答えると、ヴィリクがどこか得意気に笑って頷く。恐らく、金額を聞いて俺がどう反応するのかを見ていたのだろう。


「概ね正解、といったところか。安いな。あの娘もまだまだ……。商談の大きさと、違約金の額が釣り合っていない」

「そんなもんですかね」

「年間で億単位の売上が見込めるというのに、たった数万の違約金では抑止力にならない。君もそう思わないかね?」

「まぁ、そう言われると、確かに安すぎますね」

「五百万出そう。ラミィを私だけに売ってくれ」

「五百万だぁ?」


 五百万ルクって……。六億円相当の金額だぞ? それを、まだ売上にもなっていないうちから出そうって言うのか? 正気か?


「えっと……からかってます?」

「まさか。本気だよ。なぁに、私が売りに出せば、五百万などすぐに回収できる。エミリアであれば、ちまちまとこの町で売りに出し、徐々に徐々に販路を拡大する程度。しかし、私は既に国中に支店を持っている。運ぶのにコストと労力がかかるが、それ以外は、商品を置けば売れる状態。資金の回収も早い。

 ちなみに、一ついくらでエミリアに売っているのかね?」

「それも言えませんが……」

「そうか。しかし、一つ五十フラルで売っているのなら、それ以下であることは間違いあるまい。十五から二十フラル程度ではあるだろうな」


 いちいち勘の鋭いやつだ。


「……まぁ、想像にお任せしますよ」

「私なら、三倍以上の金額を君に渡せる。一つ、六十フラルで買おう」

「……えっと」

「足りないかね? まぁ、流石の私も、一つ一ルク、などとは言えない。あまり単価を高くしすぎてもね。しかし、売ってくれるというのなら、少々の値上げは考えよう」

「……ちなみに、一ついくらでそれを売りに出すつもりですか?」

「二ルク、といったところかな。この町では既に一つ五十フラルが定着してしまっているから、四倍の値段への値上げは難しいかもしれない。しかし、外では二ルクであっても十分に売れるだろう」

「……なるほどね。それは大変な儲けになりそうです」

「エミリアのつけた値段は安すぎる。社会貢献をしているつもりなのか知らないが、みすみす儲けのチャンスを逃すというのはいけない」

「……そうですか」


 俺としては、エミリアのやり方に好感を持っている。自分の儲けよりも、多くの人にとって利益になる形がいい。偽善的と言われることなのかもしれないが、そうだとしても、偽善であってもひとのために何かを成そうとする心が好きだ。

 始めからこいつの話を断ることは決まっていたようなもので、そう告げたいとは思っているのだけれど……。


「……断ったら、武力行使ですか?」


 紅蓮の刃レッド・ブレードの三人と、ヴィリクの傍らに立つ少女。後者の方が強そう、かな。


「そんな無粋な真似はしない。私は商人だからね。ああ、後ろの三人が気になるかね? 別に気にしないでいい。君の家に案内してもらっただけの話だ」


 案内をしただけ……にしては、いつでも戦えます、って雰囲気なんだけどね。


「まぁ、もし君が断るというのなら……仕方ない。私はおとなしく帰らせてもらおうかな。ただ……君には大切な恋人もいるそうだね。とても美人で、薬屋をやっているとか。何事もなければいいが……。この町は犯罪は多くはないが、ゼロではないしなぁ……」

「……わかりやすい人ですね」


 目の前の三人と一人は、それだけで十分に脅威。セリーナが心配だからと、今から颯爽と駆けつけるのは難しい。が、俺の返答次第で、セリーナの身に危険が及ぶ可能性がある。

 優先順位を考えるなら、一番はセリーナ。エミリアには悪いが、セリーナに何かあるようなら、俺はこの怪しい男の話に乗らざるを得ない。

 まずいことになった、と反省。こういう事態になりうるのなら、もっと事前に準備をしておくべきだった。

 まだ実感は湧いていなかったが、億単位規模の商売がどれだけの影響力を持つかを考えなければいけなかった。


「……少し考えさせてもらえませんかね?」

「いやいや、そんなに考える時間など必要ないだろう。君はビジネスパートナーを替え、より多くの金を手にする。私の出す条件に、何一つ君が損するものはない。何か考えるべきことがあるかね?」


 男はどこか勝ち誇った笑みを浮かべる。事前準備の段階で、もはや俺には勝ち目がない、ということか。

 俺だってそこそこの実力のある冒険者。多少は戦える……かもしれないが、戦っている間にセリーナが危険な目に遭うかもしれない。となると、俺は何もできない。

 エミリアには本当に申し訳ないと思うが……ここは、もはや打つ手なし、かな。エミリアには何か別のものを提供して納得してもらうか。


「……仕方ない、か」

「仕方なくないよ? あたしはそんな強引なやり方は嫌いだなぁ!」

「え?」


 突然、ルーの声が聞こえて、戸惑う。どこに? と探してみたら、頭上からルーが降ってきた。屋根の上にいたのか?


「ルー……。聞いてたのか?」

「聞いていたよ! あたしが来たからにはもう安心さ! つまらない脅しなんかに屈しないで、ラウルの好きなようにやればいいよ! あ、ちなみに、おっかない女の子はメアが迎えに行ってるよん」

「あ、おお、助かる。マジで」


 思わぬところから救世主が来てくれた。ルーがいてくれなかったら……と思うと、本当に怖い。


「さぁ、悪徳商人! ここはおとなしく引きなさい! でないと、あたしが成敗しちゃうぞ!」

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