ソラは複雑

 冒険者ギルドに戻ると、エニタが真っ先に駆け寄って声をかけてくれた。


「ラウルさん! ご無事でしたか!?」

「おう、無事だぞー。ちょっと服が汚れたけど」

「汚れたって……。普通はそれだけで済む相手ではありませんよ……。どうやって追い払ったんですか?」

「んー、それは秘密」

「……そうですか。でも、やはりラウルさんはお強いのですね」

「敵との相性によるよ。いつでも勝てるわけじゃない」


 二人で話していると、ソラがやや不機嫌そうに歩み寄ってくる。


「随分と仲がいいのね。何人の女にちょっかい出してるの?」

「いやいや、別に出してないって。エニタはただの仕事上の付き合いだけだし。なぁ?」

「……そうですね」


 エニタの声が急に暗い。え、どういうこと?


「ラウルに興味があるなら、先に正妻のセリーナに声をかけることね」

「せ、正妻? もう結婚されてるんですか?」

「……ただの例え」

「あ、なるほど……」

「まぁ、私はただの奴隷だし、あとは当人同士で勝手にどうぞ」


 ソラが出口へと歩いていく。


「あ。ソラ、一人で行くなって。じゃ、エニタ、またな。あの男は、とりあえずルーって子がなんとかしてくれるみたいだから、今後は安心なはずだ」

「え? ルー? それ、ルー・ウィリアさん? Sランクパーティーも間近って言われている、虹色の慈雨レインボウ・レインの?」

「あ、たぶんそれ。わからんけど。じゃなー」


 なるほど、Sランクパーティーに近い連中だったのか……。足りないのは実績だけ、とかだろうか? どれだけ強くても、強大な敵を倒さなければSランクとは認められない。ある意味、なれるかは運次第。

 それでも、とにかく強いのは確か。妙な繋がりができちまったもんだ。

 さておき、俺はソラを追いかける。

 必死に早足で歩いているのはわかるのだが、まだ足元が覚束ないので一般人なら通常の歩き程度の速度。


「私は一人で帰れる」

「だとしても、一人にはしない」

「エニタはどうでもいいわけ?」

「どうでもよかないが、プライベートで会うこともないし、今はいいよ」

「なんで? 会えばいいじゃん。きっとエッチさせてくれるよ?」

「俺、そんなに飢えてるように見える?」

「セリーナとはほぼ毎日でしょ? 迎えに行って、セリーナの家でエッチしてから帰ってくるじゃん。もっと色んな子としたいんでしょ?」

「誰彼構わずじゃねーよ」

「私は、ラウルとはしたくない」

「それでいいって言ってるだろ? 無理にしろとは言わないよ」

「私のことなんて、本当は面倒くさいでしょ」

「そんなことないし、俺はソラがいないと嫌だ」

「……なんで追いかけてくるの。たまたま買っただけの奴隷なんて放っておけばいいじゃん」

「俺、ソラのことは奴隷とは思ってないから」

「バカみたい」

「バカでもいいだろ? 一人前に生きてはいるんだから」


 ソラが無言で歩いていく。女心がわからんので戸惑いはあるが、これだけしっかり歩く姿には感動を覚える。

 結局、無言のまま家までたどり着く。そして、ソラはすぐにベッドに寝転んでしまった。お散歩終了か。


「楽しかったか?」


 無言。


「……ま、いっか。のんびり過ごそう」


 ソラの傍らで、スラミと軽く遊ぶ。そうするうち、ソラがようやく口を開く。


「……ごめんなさい。奴隷のくせに、生意気で、不安定で」

「俺はソラを奴隷だなんて思ってないんだってー。ワガママでもなんでも言えばいいぞ」

「……この頃、私の中に感情が戻り始めてるように思う。そのせいで、今までどうでもよかったことに反応してしまって……。それが辛いこともある……」

「そっか。不満でもなんでも、言ってくれればいい。俺が全部聞く」

「どうだか。きっとすぐに嫌になる」

「俺の罵詈雑言耐性舐めるなよ? 幼少期、親兄弟姉妹からどれだけ酷いことを言われてきたか……。ソラから何言われたって、俺は平気だね」

「……そう。感心すべきか、憐れむべきかわからないけど。……それなら、こんな私でも、これからも宜しく、と言ってもいいの?」

「いいぞ。宜しくされた」

「そう……。ねぇ」


 ソラが一度言葉を区切り、ためらいがちに言う。


「私、セリーナが羨ましい……。余計なことなんてなんにも考えないで、ただ心の感じるままに、素直に振る舞えればいいのに……。そしたら、きっと……」


 ソラが口を閉ざし、目を閉じる。そのまま寝息を立て始めた。

 歩き回って疲れたのだろう。そっとしておくことにした。


「きっと……なんだろうな?」


 俺を好きになれる、とか? 都合よく考えすぎ?

 判然としないが、この続きはいずれ本人から聞けばいいだろう。

 さて、まだ日は高いが、かといって今から依頼クエストという時間でもない。

 何をしようかと迷っていると、ドアがノックされる。

 ルーかな? と思ったが。


「ここに、ラミィの生産者はいるかね?」


 渋い男の声がして、警戒心を高めた。

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