助ける

「申し訳ありません。まだ勤務中ですので、お話はまた今度……」


 エニタが困り顔で言うが、相手の男は引かない。


「お仕事なんて気にするなって。君だって、ギルドの受け付けなんて本当はしたくないだろ? 俺とついてくれば、そんなつまらない仕事しなくていい生活を送れるようになるぜ?」


 その男は、まだ若く二十代前半に見えた。体格がよく、赤銅の短髪が攻撃的で、纏う鎧もかなりの上物。背中にはこれまた高級そうな緋色の槍が一本。助けなきゃ、と思ったけれど、相手が悪いのではないかと思わないでもない。

 が、ここで引くわけにはいかないわな。


「エニタ、どうしたの?」

「あ、ラウルさん……」


 エニタが安堵の顔。ぬか喜びにならないようにしてあげなきゃな。


「なんだ? お前、邪魔すんのか?」

「邪魔っていうか、何してるのかなー、って」

「見てわかんねぇか?」

「見たところ、強引に女を我が物にしようとしている風に見えたけど?」

「はぁ? 強引じゃぇねぇ。きっちり段階を踏んでるお誘いだ」

「なら、エニタの返事を聞いてみよう。エニタ、こいつのデートの誘いに乗るの?」


 エニタが首を横に振る。


「申し訳ありませんが……お断りします」

「だってよ。話はついたろ? 帰りなよ」

「話は終わってねぇ! お前がしゃしゃり出てこなきゃ、上手くいってたんだよ!」

「……その自信はどっから来るんだよ」


 冒険者としての実力はありそうだし、そのせいで女は皆自分の思い通りになると思っているのかもしれない。はた迷惑な勘違い野郎だ。

 男ってのは強ければいいわけじゃない。女心なんてまだわかっちゃいないが、乱雑に扱われるだろうと思う男に、心を開く女性は少ないはず。


「とにかく、話は終わったろ。帰りなよ」

「おい。俺の邪魔をした罰だ。ちょっとツラ貸せ」


 ヤンキーみたいなことを言ってくる男だ。いや、本当にヤンキーなのかもしれない。


「俺は逃げたい」

「逃がさねぇよ? 邪魔しといてただで帰れるわけないよな?」


 男がニヤリと笑う。そして、遠巻きに見ていた他の冒険者達がひそひそと語り合う。


「バカだなあいつ……。Aランクの剛炎の槍フレイム・スピアの邪魔するなんて」

「放っておけばまたどこかに流れていくだろうに……」

「しかも、あいつ、スライムマスターじゃん。死んだな」


 ふむふむ。どうやら、こいつは流れの冒険者で、たまたまここにやって来たということか。

 状況はわかったが、単独でAランクというのは格上過ぎるな。本当にやらかしたかもしれない。


「えっとー、どうするつもりなの?」

「ここじゃなんだしな。ついてこい」

「嫌だと言ったら?」

「この場で殺す」

「そうかい……」


 仕方なく、俺はこの男についていくことに。


「あ、ラウルさん……」


 エニタが心配そうに見てくる。


「ま、心配しないで。ソラ、少しだけエニタと一緒に待っててくれる? スラミも半分置いてくから」

「……私は、邪魔になる?」

「かも。わかんね」

「……わかった。待ってる」

「エニタ、この子を頼む。すぐに戻るから」


 そう言い残して、俺は赤銅の男についていく。

 向かった先は、郊外にある人気のない区画。


「おとなしくついてくるなんて、お前もバカだな。じゃ、死ね」


 男が槍を手に取り、問答無用で一突き。予想はできていたので、横に跳ねて初撃はかろうじてかわす。


「ほぅ、これを避けられるとはな。思ったよりやるじゃないか」

「……いきなり殺そうとしてくるなんてひどいやつだな」

「俺の邪魔をしたお前が悪い」

「……そうやって、どれだけの人を殺したんだ?」

「さぁ? 興味ないね」

「……冒険者で、実力があるとしても、人をためらいなく殺せるってのはやっぱりいけないよな」


 冒険者はどうしたって殺しには慣れる必要がある。モンスターを相手にすることも多いが、人間の盗賊と戦うことだってある。その時には、殺人を犯す必要はあるものだ。

 だとしても、殺す相手を選ばなくなったら、それは人としての大切なものを失ってしまっている。

 とはいえ、俺にはこの男を処罰する権利などない。切り抜けるだけで終わりにするべきだ。


「もうちょっと、本気出してやろう」

「やめてくれよ。本気で来られたら死んじゃうだろ?」

「いいことじゃないか。その潔さだけは評価してやる」


 男がもう一度渾身の突きを繰り出してくる。俺はさらに横に跳ねて回避。

 しかし、避けるだけでは勝ち目がない。


「スラミ、頼む!」


 スラミを拳大に分割し、それを男に向かって投げる。男は、嘲笑しながらそれを一突き。スラミの分身が粉砕された。ように見せて、霧状にバラけさせた。


「は! いったいなんのつもりだ!? 戦う気があるのか!?」

「こんなにあっさり粉砕されるとはね」

「スライムマスターが調子に乗りすぎたな。おとなしく死ね」

「それは勘弁」


 俺は剣を抜き、戦おうとするフリ。男は俺に向かって槍を振るって来るが、俺は全てをひたすら回避する。


「おらおらおら! 仮にも冒険者が、ただやられるだけで終わるのか!?」


 戦闘狂なのか、興奮しながら叫ぶ。それでも、俺はひたすら回避を続ける。時折、追加でスラミの体の一部を投げた。

 そして、三分ほど逃げ続けたところで。


「うぐぅ!?」


 男が苦しそうに胸を押さえて膝をついた。勝負あり、だな。

 男が何かを言おうとする。が、喉を押さえるだけで言葉にはならない。


「何をした? って顔だな。まぁ、素直に教えてやる義理はないんだが。ヒントとしては、人間の体ってのはとても脆いんだ。ちょっと呼吸を阻害するだけでも、もうまともに動くことができなくなる」


 簡単に言えば、スラミを一度小さな霧状にして、呼吸と共にこの男の体内に取り込ませた。そして、ある程度溜まったところで気管を塞ぐように固まってもらったわけだ。人間と言わず、相手が生き物であればたいていはこれだけで片が付く。かなりせこい技ではあるが、これがスライムマスターの戦い方だとも思っている。


「俺の勝ちだな。この戦いのことは誰にも言わないでおくから、もう俺にもエニタにも構うな。そして、流れの冒険者なら、この町から出ていってくれ。約束できるなら解放するぞ」


 男は頷かない。悔しげに俺を睨むだけである。

 こちらの身の安全を考えるなら、ここで逃がすのは危険かもしれない。だが、かといってこいつを殺すなんて真似はできない。殺されかけた、といってギルドに突き出すのもありだが、結局遺恨を残してしまいそう。

 考えているうちに、男が酸欠で気を失う。殺してはまずいので、スラミに気道を確保させた。


「……こういうときは、行動を制限する魔法が使えるといいんだけどな」


 俺はあまり器用な真似はできない。しばらくスラミの分身にこいつの中に残ってもらって、いざとなればどうにでもできるようにするか……。


「ラウル! なかなか面白い戦い方をするね! いやぁ、やっぱりあたしが目をつけただけあるなぁ!」

「この声は……」


 いつか、黒い竜と遭遇したときに出会った女の子の声。

 振り返ると、天真爛漫なあどけない笑顔を浮かべつつ、青い髪のルーが立っていた。


「やっほー。久しぶり! 色々旅してるんだけど、ちょっと用事があって立ち寄ってみたんだ! ラウルに会いたかったから丁度よかったよ!」

「ああ……。どうも。久しぶり」

「もう、かんわいい女の子に声をかけられたんだから、もっとテンション上げなよ!」

「自分で言うかぁ?」

「あたしが自分を不細工って言う方が嫌みじゃん?」

「それはそうだな。ってか、俺に何か用事?」

「まぁね。でも、それは後でいいや。とりあえず、ギダラはどうするの? 殺されかけたみたいだし、殺しとく? あたしが代わりにやろうか?」

「おいおい。可愛い顔して怖いこと言うなよ」


 俺が顔をひきつらせると、ルーが明るく笑う。


「冗談だってぇ。あたしだってそんな簡単に人殺しはしないよぉ。でも、こういう迷惑なやつがいると、冒険者は素行が悪いって言われちゃうんだよねぇ。本当に迷惑! てい!」


 ルーが割と本気めでギダラの頭を蹴飛ばす。鼻血が垂れ始めた。恐ろしいやつ……。


「まぁいいや。フィラに任せよ。行動制約の魔法くらい使えるし。あ、フィラって、あたし達の仲間の魔法使いね? あのおっかない女の子に助けてもらった子」

「おっかない……」

「あの子は元気? もうエッチした?」

「……会話にためらいなくそんなことを織り混ぜてくるなよ。まぁ、したけど」

「おお! やっちゃった!? そっかそっか。ラウルも大人になったんだねぇ。お姉ちゃんは嬉しいよ」

「って、ルーって何歳だよ。俺より年下じゃね?」

「そんな細かいことは気にしちゃダメだよ?」

「……まぁ、いいけど」

「よし! じゃあ、ちょっとしたお話もあるし、脱童貞のお祝いもかねて、一緒に食事をしよう!」

「おいおい。勝手に……」

「それじゃ! とりあえずこの迷惑男を懲らしめてからまた会いに行くね! あ、場所がわかるようにこれ持ってて!」


 ルーが一枚の栞を手渡してくる。何かの魔法陣が描かれていて、居場所を知らせるものだと推察。


「じゃ、またねー!」


 ルーが、ギダラを抱えてひょいひょいっと建物の屋根を跳び跳ねながら去っていく。この前は気にしてなかったが、恐らくはAランクの冒険者なのだろう。チームで言うとSランクにすらなるのかもしれない。


「恐ろしいやつ……」


 いいやつだとは思う。ただ、敵には回さないように気を付けたいところだ。

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