散歩2

 セリーナの薬屋を後にして、俺達はエミリア商店にやって来る。一時期は避妊具を求める人でごった返していたが、今は避妊具を専門で売る露店をひっそりと出しているので、平常運行に戻っている。なお、従業員も増やしている。ただ、相変わらず野菜等と一緒に避妊具の販売を継続中。普段の買い物のついでに買えるというのが良いし、避妊具だけを買うのに抵抗のある人もいるので、その配慮である。


「いらっしゃーい。あ、ラウルさん……と、そちらはどこかの暗殺者さんですか?」


 サラーが、俺の背後に立つソラに向かってそんな冗談を言う。顔も隠しているし、そう見えなくもない。


「暗殺者じゃないよ。名前だけは知ってるだろうけど、この子がソラ」

「あ、ソラさんですか! なるほどぉ。店主からすこーしだけお話はうかがっていますよ。ではでは、せっかく来てくださったので、これはサービスです!」


 サラーがさくらんぼを一粒、ソラに差し出す。ソラも素直にそれを受け取った。本当にささやかなサービスだが、他の客の目もあるし、ソラの事情をわかっているから、少量にしたのだろう。


「うちで仕入れる果物はとても美味しいのです! この場で食べてくださっても結構ですよ! 気に入ったら、もっとたくさん買って行ってください!」


 ソラは、マフラーをずらしてさくらんぼを食べる。モニモニと口を動かした後、種を手の中にぺっと吐き出した。サラーがゴミ箱を持ってきてくれたので、それに種を放り込む。


「……美味しかった」

「でしょう! ご主人様にねだって、もっとたくさん買ってもらうと良いのです!」

「……そんなにいらない。けど、少しなら……」


 素直におねだりはしてくれないが、俺はサラーからさくらんぼを二十粒ほど購入。スラミにもひとまず一つあげた。


「ありがとうございます! 他のもたくさん買って行ってくださってもいいですよ?」

「それはまた今度。他にも行くところがあるからさ。エミリアはいる?」

「残念、今日は不在なのです。商売が好調すぎて、色々と出回ることが増えてしまいました。ちょっと寂しいのですけど、仕方ありません」

「そっか。なら、また今度だな」

「いつでもいらっしゃってください。その気になれば、いつでも来られる場所でしょうからね」


 サラーがにっこりと明るい笑顔を見せる。ソラに向けてのものだったのだろうが、ソラは気まずそうに目を逸らす。まだ散歩を始めた程度では、サラーの元気一杯な雰囲気は眩しすぎたかもしれない。


「じゃあ、そろそろ行くよ。頑張ってね」

「はい! 店主のために頑張ります!」


 サラーに見送られ、店を離れる。サラーはすぐに別の客の応対を始めた。明るく元気で、きびきびと働くいい娘である。エミリアが雇っているだけのことはあるな。


「……いい子だね」


 歩きながら、ソラがぼそりと呟く。


「まーなー」

「ラウルも、ああいう奴隷が良かったでしょ」

「そんなことはないさ。俺はソラといる方が落ち着くよ」

「……私には何もない。だから、静かにしてるしかできないだけ」

「絵が描けるじゃん」

「あくまで素人」

「だとしても、これからに期待だ」

「私のことは、いつ捨てても構わない」

「捨てないさ。ソラが立派に一人立ちするなら、好きにすればいいけど」

「どうして私に固執するの? いらないでしょ。セリーナとも二人で存分にいちゃつけるし」

「ソラがいなきゃ、セリーナとの出会いもなかったよ。それに、ソラといると、妙に力が沸いてくるんだよなぁ。ソラが安心できるようにもっとしっかりしなきゃ、とか思う。俺はソラに支えられてるんだよ」

「……そう」


 そこで一旦区切り、ソラが改めて問いかけてくる。


「ラウルは……私のこと、好き?」

「うん。好きだよ」


 即答すると、ソラが顔をしかめる。


「どういう意味で?」

「色んな意味で」

「まだ私と寝るのを諦めてないの?」

「諦めてない。ソラが色々なものに折り合いをつけて、元気になって、また誰かを素直に愛せる日が来るのを、俺は待ち望んでる。それが俺であったらいいなとは思うけど、別の誰かでも構わない」

「……浮気者」

「そうだよ。俺は浮気者だ。恋多き男と言ってくれ」

「恋なんてしてないくせに。寝たいだけのくせに」

「寝たいだけじゃない。俺は、ソラを幸せにしたいんだ」


 ソラが複雑そうな顔で俺を睨む。それから、聞こえるか聞こえないかの小声で、ぼそり。


「なら……本当に、幸せにしてよ。約束だからね」

「うん。約束だ」


 ソラがそっぽ向いて、俺からは表情が見えない。赤くなってそうだなぁ、とは思うが、顔は隠れているし、あえて確認することはしない。

 ソラが散歩を始めたこともよい兆候だろうし、俺に好意の片鱗を見せてくれたのもそうなんだろう。まだまだ先は長いかもしれないが、良い変化が見られて俄然やる気が出てきた。

 また少し歩いて、俺達は冒険者ギルドも覗いてみる。周辺にはガラの悪い連中も多いので、なるべく遠巻きにした。


「ふぅん。こんな感じなんだ」

「初めてか?」

「近くまで来るのは初めて。危ないやつもたくさんいるから近づくなって言われてた」

「それが賢明だな。変なのに絡まれると大変……だ?」


 そう話しているところで、ギルドの近くで女性が冒険者に絡まれている。よく見たら、女性の方は割と懇意にしてくれているエニタだった。絡んでいる相手はよくわからない。知らない顔だ。新しくホルムの町に来たのかもしれない。

 見た感じ、エニタにデートのお誘いをしているようだが、エニタは嫌がっている。


「……一人では来るなよ。ああいうことがあるから」

「まぁ、来ないけど。どうするの? 放置?」

「というわけにはいかないかな。あの人、ギルドの職員で、エニタっての。色々世話になってる」

「やらしいことで?」

「そういうのじゃねーよ。んー、一人にするのは怖いから、ついてきてくれ」

「いざというときには囮にするのね?」

「んなわけあるか」


 俺はソラを伴い、困り顔のエニタのところへ向かった。


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