そして……

「あー、え、で、でも……」


 脳裏には、ソラの姿が浮かんでいる。ソラは俺に好意を持っているらしい。ここでセリーナと何かあってしまうのは、少し悪いような……。

 俺の迷いに応えて、セリーナが言う。


「大丈夫です。ソラさんには、断りをいれています」

「あ、今朝、二人で話してたやつ?」


 セリーナがコクリと頷く。え、っていうことは、朝の段階で、こういうのを想定していたの?


「その……今日とは、わたくしも思っていませんでした。ただ……ソラさんがまだ元気になれないうちにわたくしは動くかもしれない、と伝えました。ソラさんは、それを承諾してくださいました。自分のことは考えなくてよい、と。それに、手紙も預かっています」


 セリーナがポケットから一枚の紙を取り出し、俺に手渡してからベッドに戻る。


「読んでみてください」

「うん」


 折り畳まれた紙片を開くと、ソラの字で短いメッセージが記されている。


『私はラウルの望みを叶えられない。けど、ラウルが我慢して辛そうにしているのは見ていたくない。ラウルの足かせにもなりたくない。私のことは考えなくていいから、そのときがくればセリーナと結ばれるといい。ラウルが幸せでいてくれることが、私の幸せに繋がると思う』


「……そっか。うわー、なんだろ、切ないような、嬉しいような」


 ソラが俺のことを好意的に見ているのならば、このメッセージを書くのは辛い面もあったんじゃないだろうか。自分の幸せよりも、好きな人が幸せでいることを望む、とか? 好きだからこそ、今は身を引く、とか?

 ソラはどんな気持ちでいるんだろう。俺には考えてもわからないけれど、少なくとも、ソラを全てに優先させるようなことは、ソラの望みではないんだろう。それなら。


「……とりあえず、ソラのことは一旦忘れようかな」

「そうですね。ソラさんもそれを望んでいます。それで、少し続けますけれど」

「うん」

「これまでのささやかな交流でも感じてはいたのですが、今日のダンジョン探索で、はっきり自覚しました。わたくしは、ラウルさんのことが好きです。普段の優しさ、心の広さに惹かれたのに加えて、傍にいてくださることに安心感や頼もしさがありました。怖かったはずなのに、奥深くでは、恐怖を忘れてドキドキと心臓を高鳴らせていました。

 どうしようもなく、わたくしはラウルさんが好きです。ラウルさんと、ずっと一緒にいたいです。そして……あなたに、抱いていただきたいです。今は、それ以外のことは考えられません」


 セリーナの真摯な眼差し。迫力さえともなって、俺の心臓を掴む。


「俺も、その……セリーナのことは、素敵だと思ってるよ。正直言うと……好きだ」


 明確にすることは避けていたけど、セリーナの迫力の前では、もう誤魔化せない。

 俺が告げると、セリーナが安堵の微笑み。可愛すぎて辛い。


「……こちらに、来てくださいませんか?」

「……うん」


 心臓の鼓動が早い。これはつまり、そういう展開だよね? 単に、キスだけとか、ハグだけじゃないよね?

 隣に座ると、セリーナが俺に体を預けて来た。肩に、コテンとその小さな頭が乗る。ダンジョンから帰還したばかりだが、着替えるついでに香水でも使ったのか、花の香りがする。俺の手に、セリーナの手が重なった。ついでに、スラミが空気を読んで俺から離れた。


「……好きです」

「うん。好きだ」

「初めて、なんですよね?」

「うん」

「わたくしもです。申し訳ありませんが、上手くはできないと思います」

「それは、俺もだから」

「ずっと、その、我慢されてきたんだと思いますけれど……優しくしていただけますか?」

「もちろん」

「よかった……。ラウルさんなら、安心ですね」

「あ、ただ、その……まだ、あれは試作品なもので」

「大丈夫です。ちゃんと上手くいきます。それに……もしものときには、産めばいいだけの話でしょう? ダメですか?」

「そりゃー、産んでくれるんなら、嬉しいさ」


 まだ遊びたいお年頃。だけど、セリーナと結ばれる未来なら、もうそれでいいかなとも思う。


「ラウルさんの子供なら産みますよ。何人でも」

「あんまり子沢山だと、収入がなぁ」

「大丈夫ですよ。わたくしも実感はありませんが、避妊具を売れば大金も手に入るんでしょう? あ、こんなこと言ってますけど、お金目当てではありませんよ?」

「言われなくてもわかってる」

「なら、いいです。ところで……そろそろ、いいですか? ラウルさんと結ばれたくて、心臓が、痛いです」

「俺も、ちょう痛い」


 セリーナが離れ、二人で見つめ合う。セリーナも紅潮しているが、たぶん、俺も負けてない。

 セリーナがそっと目を閉じる。唇を重ねようとして……コツン、とおでこがぶつかり合った。初めてのことで、距離感が掴めない。

 セリーナが目を開いて、お互いに至近距離で笑い合う。


「……ごめん」

「いえ。いい具合に緊張が解れました」

「それは良かった」

「はい。では、次こそ」

「うん」


 セリーナが再び目を閉じる。そして、俺は慎重に近づき、唇を重ねた。

 初めて唇で感じる、女の子の柔らかさと温もり。熱いはずもないのに、全身を焼く熱が俺を襲う。

 きっと、ただ欲望を吐き出すためだけの行為だったら、こうはならなかったのだろう。性欲をもて余して性奴隷を買おうとしてしまったけれど、初めてがセリーナで本当によかった。

 唇だけのキスを続けて、それから一度離し、また至近距離で見つめ合う。


「……これで終わりですか?」


 セリーナが挑発的に言う。


「まさか」


 俺はもう一度唇を重ね、さらに内側に侵入する。セリーナもたどたどしく応えてくれて、二人で拙いキスをした。

 それは、想像以上に生々しい、欲情を誘う行為で……俺は、セリーナに溺れていく。

 まぁ、最後にもう一言付け加えるなら……スライムは、おっぱいの感触によく似ていることが判明した。

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