セリーナの部屋

 姉を除けば初めて女の子の部屋か……と感慨深い。こっちは日本ほど多彩な家具や可愛らしいものは売っていないので、内装は俺の部屋と大差ない。

 それでも、花瓶に花を挿してあるだけでも空気が変わると思う。ソラもいるし、俺の部屋に置いてもいいかもしれない。

 部屋は二つあるが、片方は物置程度様子。生活に必要なものは全て今いる部屋に置かれている。

 ベッドや本棚の他、机と椅子が一脚ずつあり、そこに座るように促される。


「ゆっくりしていてください。向こうの部屋でちょっと着替えてきます」

「ああ、うん」

「……覗かないでくださいね?」

「そんなことしないって」

「……あんまり興味なさげに言われるのも少し落ち込みますが」

「いやいや、興味はあるよ? この場で着替えてくれたら大興奮!」

「フフ。ちょっと面倒なことを言ってしまいましたね。では、少々お待ちを」


 セリーナが隣室に入っていく。防音性能はいまいちなので、しゅるしゅると服を脱ぐ音が聞こえる。見えない分余計に想像力が働いてしまっていけないな。


「スラミ、今日は本当にありがとなぁ。スラミがいないと、俺も死んでたかもしれない」


 気を逸らすため、スラミを撫でながら話しかける。

 お安いご用だい! とぷるぷる震えるスラミ。本当に可愛い。

 ついでに、俺もスラミに軽く体を綺麗にしてもらう。老廃物なんて取り込んで気持ち悪くないのかな、と思ったこともあるが、全然気にならないらしい。生き物丸のみしたら腸内の排泄物も一緒に取り込むのに何を今さら、という感じだとか。大抵のものはなんでも食べるし、スライムってたくましいね。ついでにゴミ処理なんかにも活躍しそうだけど、ひたすらゴミだけ食べさせるのは申し訳ない。

 体も綺麗になり、スラミをぷにぷにしながら待っていると、再度扉が開く。


「お?」


 セリーナはいつも魔法使いのローブ姿なのだが、珍しくワンピースを来ている。普段は隠れている鎖骨も露出していて、妙に色っぽい。


「お待たせしました」

「お、おう。なんか……今日は雰囲気違うな」

「に、似合いますか?」

「うん。似合う似合う。すごく綺麗」

「そうですか……。よかったです。ああ、お茶でも用意しますね」

「うん。ありがとう」


 セリーナがぱたぱたとキッチンに行き、お湯を沸かしてお茶を準備。この町ではお茶と言えば紅茶で、緑茶もコーヒーも普及していない。

 無言で待つこと少々。お茶を用意して、セリーナが手渡してくれる。セリーナは、近くのベッドに腰かけた。


「ありがとう。でも、疲れてるんだから、休んでいいんだぞ?」

「……いえ。確かにダンジョン内は辛かったですが、外に出たらだいぶ落ち着きました。普通の家事くらいはできます」

「そっか。セリーナは結構心が強いんだなぁ。俺、初めてダンジョン潜ったときは、出てきたあとになんにもする気になれなかったよ」

「それ、何歳の頃ですか?」

「十三歳かな」

「それと同じにしないでください」

「確かに」


 お茶を飲んで、ホッと一息。命の危険があるダンジョンに潜り、やはり疲れていたのだろう。お茶の温かさが身に染みる。

 まったりできるのはいいのだが、セリーナが妙に静かだ。家事くらいはできるというが、やはり疲れているのだろうか。あまり長居しては悪いか。


「……具合、悪い?」

「いいえ。具合は悪くないです。ただ……」

「うん。どうした?」

「緊張は、しますね。男性を家に招いたのは初めてで」

「まぁ、それは俺も同じかなぁ。女の子の部屋って初めてだ」

「お姉さんはいらっしゃるんでしょう?」

「まぁな。嫌な連中だったけど」

「わたくしには、男の兄弟はいません。男性というものを少し遠くに感じて生活してきました」

「……そっか。そんなもんだよな」

「はい」


 そこで、セリーナが少し俯く。やはり、いつもより元気がない。


「……えっと、一人の方が落ち着くんじゃない?」


 尋ねると、セリーナが慌てた様子で首を横に振る。


「そんなことはありません! ここにいてください!」

「あ、そう……」


 また、沈黙。何か話かけた方がいいのか、静かに過ごしたいのか。

 カップ一杯分のお茶を飲み干す時間が経って、セリーナが口を開く。


「ラウル、さん」

「ん?」

「……こちらに、来ませんか」

「……こちら、に?」


 セリーナが座っているのはベッドである。隣に座らないか、と言っているのか? それとも?


「……はい。こちらに」


 セリーナが上目使い。その頬はあからさまに赤い。カップを持つ手が僅かに震えている。

 俺は鈍感なタイプだと思う。しかし、流石にセリーナが何を言いたいのかは察した。

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