帰還
「セリーナ、大丈夫か?」
脅威が去ったところで、俺はセリーナに駆け寄る。
「はい……。わたくしはなんともありません。それに、この子も無事です。スラミさんに止血していただいて、その間に
「そっかそっか。それは良かった。スラミもよく手伝ってくれたなぁ」
分裂していたスラミの方も撫でてやる。体は分割していても人格は一つらしいのであまり意味はないかもしれないが、気分の問題だ。
うへへ、とスラミが笑みをこぼすように震える。
「……スラミさん、本当に有能ですね。治療も手伝えて、モンスターも退治して……」
「だろー。ま、ここまで育てたのは俺だがな」
冗談のつもりでドヤ顔してやったら、セリーナが微笑みながら俺を称賛。
「本当にそうなのでしょうね。スラミさんはモンスターなのに、本当に優しい心を持っています。言葉はわかりませんが、わたくしへの気遣いも感じられました。ラウルさんがいたからこそ、こんなにも美しい心を育んだのでしょう」
「お、おう。まぁ、な」
真面目に返されると気恥ずかしいな。
俺達が話し込んでいるところで、戦っていた魔法剣士二人が話しかけてくる。
「サポート感謝する。スライムを使う、モンスターテイマーかな? スライムを連れているなんて珍しいが、あの有用さを見ればそれも納得だ」
「本当にありがとう! フィラのことも助けてくれて! 正直、あたし達だけじゃ負けていたかもだし、フィラの命はなかったと思う……」
青髪の少女がフィラの傍らに膝をつき、血の気のない頬を撫でる。呼吸を確認して、はらはらと涙を流し始めた。
「本当に、よかった……。助けてあげる余裕もなくて、そのまま死んじゃうって、怖くて……」
「もう大丈夫です。安心してください」
セリーナが優しく声をかける。
「うん。ありがとう。えっと、あたしはルー・ウィリア」
「私はメア・フューダ」
「俺はラウル・スティーク」
「セリーナ・ファラスです」
簡単に自己紹介した後、金髪のメアが俺に半分に割れた黒い結晶を差し出してくるので、受け取った。
「取り分として妥当かわからないが、結晶核の半分を渡しておく。売ってもいいし、何かの素材にするのもいいだろう。ドラゴンの体の方は……牙でも持っていくか?」
「持ち運べる量だけ、ちょっともらおうかな。それにしても、ここ、何? 俺、ここに何度も来てるけど、この部屋は初めてだ」
「そうだったか。君は、ボスの倒し方によって出現する階段が変わることは知っているか?」
「あ、そうなの?」
「あまり知られてはいないが、そうなのだ。私達はたまたまそれを引き当ててしまったようでな。察するに、一階層と二階層のボスを初手で塵にするというのが条件だ。あるいは、時間も関係しているかもしれん」
「……ああ、そういう倒し方をしたわけね」
おっかない人である。首を両断するとかじゃなく、塵にまでしてしまうのか。
「あ、宝箱!」
青髪のルーが華やぐ。ボスを倒したことで宝箱が出現したのだ。仕組みは知らん。
「えっとー、中身、分けれなかったらどうしよっか?」
「俺達はもう結晶核で十分だよ。一番頑張ったのはそっちだし、俺達はおこぼれに預かっただけ」
「そう? 本当にいいの? 中身を見て、やっぱりほしいとか言っても譲らないよ? 男に二言はない?」
「ないない。持っていきな」
「やったー! ラウル、ありがとう! お礼に……サービスだよっ」
ルーが俺の頬に軽くキスをする。赤面する俺を見て、えへ、っと可愛らしく小首を傾げた。
「ラウル、反応がウブだなぁ。え、もしかして童貞?」
「……そうだよ」
「うっそぉ。そんなに強いのに? なんで?」
「強いのは俺じゃなくてスラミだし」
「スラミって、そのスライム? まぁ、それはそうかも。でも、ラウルだって強いんでしょ? 見ればわかるよぉ。あのドラゴン見ても全然怯んでなかったしさ。ま、いいや。そっちの女の子が怖いので、あたしはたいさーん」
ルーがそそくさと離れ、宝箱へ駆け寄る。開けると、中には腕輪が一つ。
「おお! これ、たぶん召喚の腕輪だよ! いいのもらっちゃった!」
召喚の腕輪か。Aランクの魔法具。少し惜しいことをしたかもしれないが、今さらどうしようもない。
それより。
「セリーナ、どうかしたのか?」
セリーナがルーを睨んでいる。
「……なんでもありません」
これ以上の追求はするな、という雰囲気。俺は口をつぐんだ。
それを見て、金髪のメアが微笑む。
「悪いことをしたな。あの子は少々天真爛漫すぎるところがあるのだ。だが、これ以上は何もしないように監視しておく」
「……そうですか」
「それでは、私達はもう帰還する。フィラを休ませなければ。君達は?」
「俺達も帰ろうかな。セリーナも疲れただろうしさ」
「そうですね。わたくしは見ているだけでしたが、それでもかなり精神的な疲労があります」
「いきなりあんなのと対峙したらそうなるさ。腰抜かして気絶しなかっただけでも十分」
笑いかけると、セリーナも少し表情を緩めた。
それから、俺達は宝箱の隣に出現した、出口に向かう転移用の魔法陣に乗る。階下へ続く階段も出現していたがそちらは無視。
光に包まれた後、俺達はダンジョンの出入り口に戻ってくる。非常に便利でありがたい。出てくるのも簡単だが、次回来たときには、出てくる直前にいた階層へ行くこともできる。仕組みはもちろん知らん。
メア達と共にボチボチ歩いて町へと帰還。門を抜けたところで別れた。
「お疲れ様。今日はもう帰ってゆっくり休みな。とりあえず送るよ」
「はい……」
どこか思案げなセリーナ。口数が少ないのが気になるが、とにかく家まで送り届ける。
セリーナの家は、俺の家と似たり寄ったりな、三角屋根のこじんまりとした木造一軒家。
「じゃ、またな」
「あの」
手を振って別れようとしたところで、セリーナが呼び止めてくる。
「どした?」
「……寄っていきませんか。たいしたおもてなしもできませんが」
「……へ?」
「あ、その、ラウルさんもお疲れでしょうし、少し休んでいかれても……。どうでしょうか」
セリーナの視線が左右に泳ぐ。頬も若干赤い。
え、これ、どういうこと?
「嫌、ですか?」
「そんなことは、もちろんないよ」
「では、どうぞ」
セリーナが家の扉を開き、俺を招き入れる。
今までは、セリーナの家に入ったことはなかった。招かれたこともなかった。単純に、言葉通り、休んでいけということで、あってるよな……?
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